4話

 扉を開けると冷たい風が2人の間を吹き抜けた。ボス部屋は広大で天井も高い。それなのに異様な圧迫感を感じた。壁には古代の戦士たちが立ち並び、彼らの無表情な顔が葵とセリナを見下ろしている。


「いかにもボス部屋って感じだね」


「そうですね、どこもこんな感じですよ」


 中央には儀式で使いそうな祭壇が置かれ、その周りを囲うように魔法陣が描かれている。ゲームなら近づいた瞬間、何かが起きそうね。


「葵さん、来ますよ!」


 セリナが警戒しながら魔法陣に近づくと、突然祭壇が黒い霧で覆われた。そして鎧を身につけたアンデッドの戦士が現れた。


「よくきたな、冒険者ども、ここに挑んだ愚かな奴らは皆、我が葬り去ってきた。お前らも地獄に堕ちろ!」



〈うわ、いかにもボスがいいそうなセリフだな(笑〉

〈こいつを倒せば出られるよね?〉

〈こいつやばいよ。普通にSSランクのボスだよ!〉

〈流石に勇者様でもキツいでしょ?〉

〈2人とも頑張って!〉


 

「セリナちゃん、ここは私に任せて」


「えっ、でも大丈夫ですか?」


「うん、私に良い考えがあるの。それにセリナちゃんが戦ったら尺が持たないからね」


 葵は相棒の自撮り棒を構え、戦士に向けた。


「あなたの相手は私よ!」



〈行け! 葵ちゃん!〉

〈負けるな! やっちゃえ!〉

〈葵ちゃんならできる!〉

〈頑張れ葵ちゃん!〉

〈やばい、緊張してきた〉

〈無理だけはしないで!〉

〈あんな敵、倒しちゃえ!〉

 

 

 視聴者の応援と共に葵は力強く一歩を踏み出すと、戦士に向かって駆け出した。


「はぁああああ!!!!」


 掛け声と共に自撮り棒を振り下ろすと、戦士も剣を抜いて受け止める。


「まだまだ!」


 相手は剣、葵が使っているのは自撮り棒。殺傷力で言えば相手の方が上、しかしリーチは葵のほうがある。敵と一定の距離を保ちながら繰り出す攻撃は確かにダメージを与えた。



〈良いぞ葵ちゃん!〉

〈やっぱり葵ちゃんも強い!〉

〈そういえば普通に葵ちゃんも強かったな(笑〉

〈セリナちゃんがおかしいだけで、葵ちゃんは十分強い!〉

〈頑張れ葵ちゃん!〉



「ちょこまかとうざいやつだな!」


 戦士は無理やり前進して間合いに入ると、剣を大きく放り上げた。


「葵さん、危ないです!」

 

「大丈夫、平気だよ!」


 葵はポケットからスマホを取り出すと、戦士に向けてライトを照らした。 


「くっ、目眩しか⁉︎」


「その通り、文明の力を侮らないでね!」


 葵は自撮り棒を強く握りしめると、渾身の一撃を放った。戦士の鎧を砕いて後ろの壁まで吹き飛ばされる。


「なかなかやるではないか」


「当然よ、私、トップダンジョン配信者になるのが夢なんだから!」


「ふん、くだらない夢だ。我が終止符を打ってやろう」


 戦士は剣を置いて身につけていた鎧を外すと、さっきまでとは桁違いの速さで迫ってきた。


「えっ、速⁉︎」


「ふん!」


 武器がない分、身軽になったことで戦士の素早さが跳ね上がる。そのまま勢いを乗せた右ストレートが、葵のお腹にめり込み、鈍い音が響く。


「うぐ……」


 2~3メートルほど吹き飛ばされた葵は、お腹を抑えて悶絶する。口元からはヨダレが垂れて、猛烈な吐き気が喉元まで迫る。攻撃の衝撃で自撮り棒も飛んでいき絶体絶命……


「葵さん!」



〈酷い! 葵ちゃんに何するの!〉

〈やっぱりボスは強すぎる!〉

〈セリナちゃん、もうやっちゃって!〉

〈俺たちの葵ちゃんに何をするんだ!〉

〈やっぱりSSランクは強いな……〉

〈負けないで葵ちゃん〉



「もう終わりか? 口ほどにもないな」


 戦士が剣を握りしめて葵を見下ろす。流石に命の危険を感じてセリナが助けに入ろうとしたが……

 

「そこよ!」


 葵の掛け声と共に自撮り棒が鋭く伸びて、戦士の胴体を貫いた。


「なぁ……これは?」


「ふふっ、油断したでしょ? 私の自撮り棒は自由自在に伸びるの」


 葵はお腹を抑えながら、ちらっと舌を見せて答えた。


「まさか、武器から手を離したのは……」


「もちろんこのためよ」



〈葵ちゃんすげぇ!!!〉

〈全て計算通りってことか⁉︎〉

〈いいぞ、葵ちゃん!〉

〈さすが葵ちゃんだ!〉

〈やっぱり葵ちゃんは凄い!〉



「ふん、しかし我はアンデットこの程度で死ぬはずがなかろう」


 戦士は胸に刺さった自撮り棒を抜き取ると、それを乱暴に投げ飛ばした。命懸けで与えた傷口は一瞬で塞がっていく。


「そんな……嘘でしょ?」


「これで終わりだ」


 戦士が止めを刺そうとするが、すかさずセリナが葵の前に現れて、敵の攻撃を受け止めた。


「セリナちゃん?」


「なんだお前は? お前から先に殺してやろうか?」


 セリナは無言で戦士を見上げると、拳を握りしめた。後ろからだから葵には表情が見えなかったが、それでも怒っているのが伝わる。


「葵さんにした事は、きっちりとその身で反省してもらいます!」


 セリナが繰り出したパンチは戦士の胴体を突き破り、ついでに後ろの柱まで衝撃波によって粉砕する。彼女にとって少し力を入れたパンチは、この世界の魔物にとって致命傷になる一撃だった。


「あれ? もう終わりですか? 口ほどにもないですね」



〈セリナちゃん強すぎ!〉

〈流石勇者だ!〉

〈葵ちゃんを守ってくれたありがとう!〉

〈本物の勇者は強すぎる!〉

〈セリナちゃんかっこいい!〉

〈いいぞ、もっと言ってやれ!〉

〈でもあれだね、なんかもう勇者だけでよくない?〉

〈正直前半は茶番だね〉

〈セリナちゃんだけでも勝てたね〉



 葵は無理やり体を起こすと、ドローンに装着されたタブレットを見ながらコメントを確認した。


(そうだよね……なんだか私って必要なかったよね……)


「葵さん、大丈夫ですか?」


「うん……大丈夫……セリナちゃんって何でも出来るんだね……」


「えっ、そんな事ないですよ。だって葵さんがいなかったら私……」


 セリナは何かを言おうとしたが、それよりも先に眩い光が2人を包みこみ視界が真っ白になった。

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