30話

 おしゃれなカフェに入ると、コーヒーのよい香りと共に心地よい音楽が流れていた。2人はカウンター席を選ぶと、メニュー表を広げた。


「私はブラックコーヒーとパンケーキにしようかな?」


 葵が注文を済ませるとセリナは「じゃあ、私はサンドイッチとミルクティーにします!」と元気よく答えた。


 注文を済ませ、2人は今日の思い出を振り返るように談笑しながら料理が来るのを待った。やがて、ふわふわのパンケーキにクリームとシロップが乗った一皿と、新鮮な野菜がたっぷりと挟まれたサンドイッチが運ばれた。


「わぁ、すごく美味しそうですね!」

 

 セリナは目をキラキラと輝かせて感嘆の声を上げる。


「早速食べよっか!」


 葵はパンケーキを小さく切って口にして、ホットコーヒーを飲んで一息つく。セリナも大きく口を開いてサンドイッチを頬張りながら楽しんでいた。


「ねぇ、セリナちゃん、一口食べる?」


「えっ、いいのですか⁉︎」


 葵はパンケーキを一口大に切ると、クリームとシロップをたっぷりつけて、セリナの口元に近づけた。


「はい、あーんして」


 セリナは大きく口を開けて、一口でパンケーキを平らげると、満足そうな表情を見せた。


「これ、すごく美味しいです!」


 セリナが頬に手を当て微笑むと、葵も満足そうに頷いた。


「あっ、セリナちゃん、口にクリームがついているよ」


 セリナが慌てて拭こうとしたが、葵がそっと人差し指で取ると自分の口元に運んだ。


「あっ……ありがとうございます、葵さん」


 セリナは少し照れくさそうにお礼を言う。コメント欄ではそんな2人の甘ーいやり取りを見て熱狂する。



〈もうカップルじゃん!〉

〈早く付き合っちゃえよ!〉

〈美味しそうだな~〉

【5000円】〈もう最高……ありがとうございます……〉

【2500円】〈尊すぎ……一生見て入れれる」

【4000円】〈ご馳走様です。もっとイチャイチャしてほしい!〉

〈セリナちゃん、本当に食いしん坊だね(笑〉

〈いいな~ 久しぶりにカフェテリアにいきたいな~〉

【10000円】〈よければこれでまた2人でデートをして下さい!」

〈本当に2人は仲良しだよね~〉



「ふぅ~ 美味しかったです」


 セリナは満足そうにお腹を撫でて背もたれにもたれる。葵もコーヒを飲みほして席を立った。とりあえず会計を済ませて店を出ようとしたところ、ふと目の端に見慣れた人? がカウンターの隅に座っていた。


「ねぇ、セリナちゃん、あそこにいるのって魔王だよね?」


「えっ、あっ、本当ですね。何か考え事でもしてるのでしょか?」


 カウンター席の一番端で魔王が何やら腕を組んで唸っている。一応ツノと牙は隠してあるし、普段の黒マントではなくて、普通のシャツとジーパンをはいている。うん、意外とかっこいいかも……


「ねぇ、魔王だよね? 何してるの?」


 葵が声をかけると、魔王はビクッと体を震わせて振り返った。


「葵とセリナなのか? 随分とおしゃれな服を着ているな」


 魔王は葵とセリナのドレス姿を見て、微笑みながら頷く。


「魔王だっておしゃれだよ。どうしたの?」


「これは変装をしてきたつもりなんだがな……」


 魔王は自分の服装を見てため息をつく。


「バレバレだよ。ねぇ、セリナちゃん」


「はい、バレバレです。何か悩み事があるのですか?」


 葵とセリナが隣の席に座ると、魔王は言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。


「ランベルトのことでな……あいつは昔の我に戻ってほしいらしい……力と恐怖だけで支配していた頃にな。しかし、それではダメだとこの世界に来てからわかったんだ」


 魔王は話を区切ると、葵のカメラに向かって続きを話した。


「お前たちは素直だからな。嫌なものは嫌だというし、良いものは心から評価する。力だけ示してもお前たちの心は動かない。恐怖で世界征服はできない」


 魔王は手を握りしめると、はっきりとした口調で断言した。


「視聴者の声をよく聞いて、人気を勝ち取り、影響力をつける。それこそが、この世界を征服する方法だ!」


 魔王の声には確かな自信と確信が込められていた。恐怖と力で民を苦しめていた魔王を知っているセリナは、あまりの変わりように目を丸くする。



〈やっぱり魔王様かっこいい!!!〉

〈ちゃんと寄り添う魔王様なら支配されてもいいよ!〉

〈力で征服しない魔王って新しいね(笑〉

〈影響力で世界征服。今の時代にあってるね!〉

〈魔王様ならきっと世界征服できるよ!〉

〈応援してます! 頑張って下さい!〉



「確かに力や恐怖で解決した方が簡単だと思うけど、本当の信頼は得られないよね」


 葵も納得した様子で頷きながら感想を述べる。


「きっとランベルトさんは昔の魔王の姿が懐かしいのかもしれません。でも今の魔王の方がずっと素晴らしいと思いますよ」


 セリナも穏やかな表情を浮かべて答える。


「……済まないな……お前たちにそう言ってもらえると少しは気が楽になる。ランベルトにも理解してもらえるよう。頑張ってみるとしよう……ところでお前たち、支払いは済んだか?」


「えっ、まだだけど……」


「なら、受け取ってくれ、話を聞いてくれたお礼だ。お釣りは持っていけ」


 魔王は財布から一万円札を取り出して葵に手渡した。葵とセリナは驚きながらも感謝を述べて受け取った。


「ありがとう魔王!」


「ご馳走様です!」



〈魔王様太っ腹!〉

〈魔王様大人だな~〉

〈魔王というか、紳士だね!〉

〈さすが魔王様! かっこいい!〉

〈しれっと奢るところが良いな~〉

〈2人とも嬉しそうでかわいいな~〉

〈またコラボ動画がみたい!〉



 会計を済ませて店を出ると、中央広場にある時計がもう5時を示していた。


「そろそろ帰ろっか」


「そうですね、今日はありがとうございました! とても楽しかったです!」


 葵とセリナは手を繋ぎ、ショッピングモールを後にした。夕暮れの街並みが美しく、心地よい風が吹き抜ける。この日は2人にとって忘れられない大切な思い出となった。




* * *


「これで完成だ……」


 静かな夜の橋の下で、ランベルトは慎重に魔法陣を描いていた。月明かりを頼りに最後の線を引き終わると、不気味な輝きを放ち始めた。


「さぁ、来い!」


 ランベルトが命令すると、その言葉に応じるかのように魔法陣から白い霧が立ち上がった。その霧は形を持たず、漂うように動いていた。


「お前が記憶を司るメモリスだな?」


「いかにも……召喚者よ何を望む?」


 メモリスの声が霧の中から低く響いた。ランベルトはその声を冷静に受け止めて目を細めた。


「昔の魔王様に戻ってほしい。そのために、残酷無慈悲だった頃の記憶を呼び戻してほしい」


 メモリスはしばらく沈黙したかのようだったが、突然、霧が渦を巻くように動き始めた。そして空間が裂けて巨大なゲートが現れた。


「ここに魔王を連れて来い」


 メモリスの言葉が響くと同時に、ゲートがさらに大きく開き、その先は白い霧で覆われていた。ランベルトはその光景を無言で見つめた後、静かに頷いた。

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