第6章 記憶のダンジョン

31話

「魔王様、こちらが突如現れた謎のダンジョンです!」


 ランベルトは魔王を橋の下に案内してゲートを指し示した。約束通り魔王様を連れてくることに成功した。しかし、その隣には予想外の存在……葵とセリナがいた。


「皆さん、こんにちは~ 今日もダンジョン配信を始めます!」


 葵はドローンに向かって元気よく挨拶をする。そしてセリナはいつも通り律儀にお辞儀をした。


「魔王様……なぜ彼女たちがいるのですか?」


「決まってるだろ、コラボした方が視聴者が喜ぶだろう? だからDMで教えておいたんだ」


 イタズラっぽく微笑む魔王とは対照的に、ランベルトは心の中で舌打ちをした。これはバルケリオス様に昔の記憶を思い出してもらうための儀式……誰にも邪魔はさせない! 


 しかし今更2人を帰らせるのは不自然だ。何も問題なければいいのだが……


「わかりました。お2人はくれぐれもバルケリオス様の邪魔だけはしないようお願いします」


「「は~い」」


 葵とセリナは声を合わせて返事をすると、魔王と共に記憶のダンジョンの前に立った。すると、魔王が前を向いたまま小声で話しかけてきた。


「すまないな……お前たちを巻き込んで……」




 数時間前、


「おはようセリナちゃん!」


「おはようございます……」


 いつも通り葵が朝食の準備をして、セリナが眠たそうに目をこすりながらリビングにやって来た。そしていつも通り今日の予定を確認しながら食パンにかぶりついていると、ピコーンとスマホが鳴った。


「あっ、魔王からDMがきてる!」


「魔王からですか? なんでしょうね?」


「えっと……『早朝からすまないな、実はランベルトのことで相談がある。どうも奴は何かを企んでいるようで、今日、我に新しいダンジョンに案内すると言い出してきた。お前たちも来てくれないか? もちろんあとでお礼はさせてもらう』だって」


「なんだか大変そうですね、力になりたいです!」


「うん、そうだね、すぐに行こっこ!」


 葵とセリナは手短に朝食を済ませ、軽く身支度を整えると、魔王が待っている場所に向かった。




数時間後


「すまないな……お前たちを巻き込んで」


 ゲートの前に立つと、魔王が申し訳なさそうな声で謝る。


「大丈夫。困った時はお互い様でしょ?」


 葵は魔王の顔を覗き込んで無邪気な笑みを浮かべた。


「でも、何が起きるかわからないので気をつけましょう!」


 セリナは少し緊張した表情でゲートを見つめる。


「よし、では行くとしよう!」


 魔王を先頭に葵とセリナはゲートに足を踏み入れた。中は霧が深くてよく見えない。隣に皆んながいるはずだけど、姿が見えない……


「ねえ、セリナちゃん! 魔王! いるよね!」


 不安になって声をかけたが、返事がない。さっきまで側にいたはずなのに姿が見当たらない……


「ねえ、どこにいるの!」


 冷たい地面の感触が足に伝わり、心臓が高鳴り、不安が増していく。


「お願い、返事をして……」

 

 どれだけ呼んでも返事がこない。静寂だけが彼女を包み込み、何が潜んでいるのかわからない。霧がより深く感じられ、葵の心を締め付けてく。


 その時、遠くから微かに音が聞こえた。足音だ……誰かが近づいてくる。葵の胸に一瞬の安堵が訪れたが、次の瞬間、違和感が湧き起こる。


「えっ……どうして?」


 目の前に立っているのは、葵の亡き母親だった。母親は昔の記憶と同じように暖かな笑みを浮かべている。


「どういう事? お母さんなの?」


 恐る恐る近づくと、母親はゆっくりと手を差し出した。


「大丈夫よ、あなたはもう1人じゃないのよ。お母さんが一緒よ」


 その声はあまりにも懐かしくて、愛おしいものだった。不意に視界が滲み出して大粒の涙が頬をつたる。気がつくと葵は母親に抱きついていた。


「お母さん……お母さん!」


 葵は泣きながら母親に飛びつき、胸に顔を埋めた。涙が止まらず、喜びと安堵の感情が一気に押し寄せた。


「信じられない……ずっと、ずっと会いたかった……」


 葵は声を震わせながら叫んだ。母親も娘を愛しむ優しい目で頷いて葵の頭を優しく撫でる。


「あのね、お母さん、私、お母さんと同じダンジョン配信者になったんだよ! それでね、異世界のゲートが開いて本物の勇者のセリナちゃんに出会って、一緒にコラボ配信をしているんだよ!」


 葵はこれまでの出来事を勢いよく母親に話し始めた。母を失った悲しみ、母親が目指していた登録者数100万人を目指していること、そしてセリナちゃんのことを……話したい事は湯水のように沸き続けた。


「本当によく頑張ったわね……お母さん、葵のことが誇らしいわ」


 母親は静かに頷いて愛する娘を抱きしめた。葵は母親の腕の中で深く息を吸い込んで頷く。


「じゃあ、せっかくだから葵の成長を見せてもらおうかしら?」


「えっ、どういう事?」


 母親は葵から離れると、軽く指を鳴らした。すると霧が晴れて石造のダンジョンが現れた。

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