5話

「あれ? ここは一体?」


「ボスを倒したから無事に出られたみたいだね…はぁ~ 疲れた~ 視聴者の皆んなありがとうね」



〈よかった~ 無事に帰ってこれたね!〉

〈お疲れ様です~〉

〈セリナちゃんに会えて良かったね♪〉

〈ヒヤヒヤしたけど楽しかったです!〉

〈チャンネル登録しました。次回も楽しみです!〉

【2000円】〈今日のおやつ代にどうぞ~ お疲れ様です〉



 葵は大きく伸びをすると、カバンから車のキーを取り出した。ダンジョンというのは街から離れた空き地に出現するため、都内に住む葵は毎回車で移動する必要がある。


「あの……その四角い物体はなんですか?」


「えっ、これ? 車だよ」


「車?」


「とりあえず乗ってみて」


 セリナは葵の手招きに従い、少し戸惑いながらも車に乗り込んだ。彼女の顔には興味津々の表情が浮かんでいる。


「これが車の中だよ。軽だからそんなに広くないけど、便利だよ」


 葵は笑いながら運転席に乗り込んだ。


「本当に動くのですか? この鉄の塊が?」

 

 セリナも隣に座りながら車の中を見渡した。


「うん、馬車より速いんだよ! じゃあ、動かすね」


 葵はキーを回してエンジンをかけると、低い音を立てながら震え始め、セリナの目が大きく見開かれた。


「すごい......! 動いている! でもこれが馬車よりも速いって本当ですか?」


 セリナは目を輝かせて、葵の言葉が信じられない様子で尋ねた。


「ふふっ、それじゃあ行くよ。安全のためにシートベルトを締めてね」


 セリナがシートベルトを装着したのを確認すると、葵はアクセルを踏んで車をゆっくりと動かし始めた。最初は静かに進んでいたが、次第にスピードが増していく。


「速い! 速いです! 葵さん!」


 セリナは景色がどんどん後ろに流れていくのを眺めながら興奮気味に叫んだ。


「馬車よりも圧倒的に速い!」


「ふふっ、そうでしょ? これならどこにだって行けるよ!」


「すごい……こんな便利なものがあるなんて……」


 セリナは目を輝かせたまま感嘆の声を漏らした。


 車は夜の街を駆け抜ける。高層ビルの明かりが輝き、ネオンの光が街をカラフルに照らしている。セリナは窓に顔をくっつけて、初めて見る夜景に心を奪われていた。


「こんな素敵な街があるなんて知りませんでした……」


 セリナはそっと呟くように言った。対向車のヘッドライトが流れ星のように見える。彼女の目には夜の街がまるで魔法の世界のように映っていた。


 葵にとっては普段通りの光景だけど、セリナの反応を見ていると改めて街の美しさが実感できた。当たり前に感じていた夜景もこうして見ると綺麗に見える。


「さぁ、もうすぐ着くよ」


 しばらくして、葵の車は控えめな外観の小さなアパートの前で止まった。


「ここが葵さんのお家ですか?」


「うん、この建物の一室が私の部屋だよ」


 葵は車から降りてセリナに手を差し伸べると、階段を上がり、自分の部屋に案内した。


「さぁ、どうぞ。少し狭いけど……居心地はいいよ」


 セリナが部屋に足を踏み入れると、こぢんまりとしたリビングが目に飛び込んできた。シンプルな棚と小さなテーブル。決して豪華とは言えないけど、綺麗に整理整頓が行き届いている。


「すごく居心地の良さそうな場所ですね」


「気に入ってくれて嬉しいな。今日は疲れたしお風呂に入ってゆっくりしよ」


「えっ、お風呂もあるのですか⁉︎」


「うん、今から入れるからその間にサクッと夜ご飯を作るね。適当にくつろいでいて」


 葵はキッチンに向かうと冷蔵庫から豚バラと適当な野菜を取り出した。


「何を作るのですか?」


「野菜炒めを作ろうと思うの。簡単で美味しいよ」


 葵は手際よく野菜を洗うと、セリナにも分かるように説明をしながら調理を始めた。




────────


簡単! 美味しい野菜炒め!


材料(2人分)


・豚バラ:200g

・キャベツ:1/4個

・ピーマン:2個

・玉ねぎ:1/2個

・にんにく 一片

・コショウ 少々


作り方


1 下準備


野菜をよく洗い、キャベツはざく切りに、玉ねぎは皮をめくり薄切りに、ピーマンは中のたねを取り除いて細切りにします。


2 炒める


フライパンに油をひいて温めます。温めたらニンニクを炒めます。香りが立ったら、肉から焼きましょう。肉の油がよく出たら野菜をいれて馴染ませます。


3 仕上げ


塩、コショウで味を整えます。最後に醤油を回しかけて、全体にさっと炒め合わせたら完成。


────────

 



 セリナは葵の説明を聞きながら、ごくりと唾を飲み込んで見つめた。


「さぁ、出来たよ」


 葵は出来立ての野菜炒めと解凍ごはんをテーブルに並べ、箸を2人分用意した。


「あの……葵さん、この細長い木の棒は何ですか?」


「箸だよ。食事をする時に使う道具なの」


 葵は箸を手に取り、使い方を見せるようにゆっくりと野菜炒めを挟んで見せた。


「こうやって使うの。ちょっと練習が必要だけど、すぐに慣れるよ」


 セリナは少し緊張した表情を浮かべながらも、興味深そうに箸を見つめた。そして、恐る恐る手に取り、葵の動きを真似しようとした。


「こうですか?」


 セリナは野菜を挟もうとしたが、うまくいかずに何度か失敗した。まるで餌があるのに待てと言われている犬みたいに、焦ったそうな目で料理を見つめる。


「初めてにしては上手だよ。少しずつ慣れていけばいいからね」


 葵は優しく笑いながら励ました。試行錯誤の結果、徐々にセリナの手が器用に動き出してうまく掴むことが出来た。


「やった! これで食べられます!」


「よかったね。これで一緒に食事ができるね」


 葵は一旦箸をおくと両手を合わせて「いただきます」と言った。セリナも同じように両手を合わせて「いただきます」と言う。そして口に入れた瞬間目を輝かせてほっぺたに手を当てた。


「美味しいです! 葵さんはお料理がお上手ですね!」


「そ、そうかな? ありがとう。簡単な料理だけどね」


 2人は食事を楽しみながら、今日の事を話し始めた。野菜炒めのシャキシャキとした食感や、冷凍ごはんのほんのりと暖かい香りが食欲をそそる。


「もっと葵さんの手料が食べてみたいです!」


「もちろん、今度は腕によりをかけて作るね!」


 食事が進むにつれて、2人の距離が縮まっていくのを感じる。温かい食事はお腹を満たすだけではなく、心まで温めてくれた。

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