34話

「ねえ、魔王……起きてよ」


「魔王、起きてください」

 

 葵とセリナが魔王のそばで静かに彼の名前を呼んだ。その声が彼の耳に届いた瞬間、魔王はゆっくりと目を開けた。視界がぼんやりとしていたが、2人の姿が次第に鮮明になっていく。


 彼は一瞬、自分がどこにいるのか理解できなかったが、すぐに葵とセリナの優しい笑顔を見て全てを思い出した。


「……世話になったな、葵、セリナ、お前たちのおかげで戻ってくる事が出来た」


 魔王は感謝の気持ちを込めて、2人に穏やかな声で語りかけた。すると、彼らを包んでいた霧がゆっくりと晴れ始めた。周囲の景色が変わり、いつの間にか最初の橋の下に戻っていた。


「帰ってこれたね!」


「はい!」


 葵とセリナはみんなの無事を確認すると、ホッと息を吐いてドローンに向かって手を振った。


「えっと……今回はほとんど寝て、撮れ高はなかったけど、これで終わります。次はちゃんと攻略をするので楽しみにしていて下さい!」


 葵がぺこりと頭を下げて謝るが、コメント欄は今日も賑やかだった。



〈葵ちゃんの寝顔が見れたからよかったよ~〉

〈葵ちゃん可愛かったよ!!〉

〈たまにうなされていたけど大丈夫だった?〉

〈魔王様の寝顔かっこよかったです!〉

〈今回もよかったよ!〉

〈なんか眠くなってきたな~〉

〈次回も楽しみしてます!〉

〈皆さん、おやすみなさいzzz〉

〈今日は寝る回だったな(笑〉



「そういえばランベルトがいないね?」


「本当ですね」


 葵とセリナはキョロキョロと辺りを見渡し首を傾げる。


「あいつとは少し話をしないとダメだな……」


 魔王は腕を組むと難しそうな表情で呟く。


「また、何か相談があったらいつでも乗るよ。ねぇ、セリナちゃん?」


「はい、もちろんです!」


 セリナはその言葉にすぐに反応し、明るい声で答えた。彼女の笑顔は、まるで太陽の光のように温かかった。


「すまないな、その時は頼む」


 魔王は2人の言葉に安堵を感じ、少しだけ肩の力を抜いた。


「では、また会おう」


 魔王はそう言い残すとマントを翻して背を向けた。


(勇者に助けられ、相談相手になってもらうとは……昔の我なら信じられないことだな……)


 魔王は勇者との不思議な友情関係に苦笑するが、心の奥底では穏やかな感情が湧き起こるのを感じていた。




* * *


「ふぅ~ 疲れた……」


 葵は自宅に着くと、ソファーにダイブをした。疲れた体がふかふかのシートに沈んでいき、身動きが取れなくなる。


「大丈夫ですか葵さん?」


「うん……今日は特に疲れちゃった……」


 葵は目を閉じたまま答えた。死んだはずの母親との再会と別れが、心にかなりのダメージを与えていた。家に着いた途端、疲れが一気に押し寄せてきて頭がクラクラする。


「葵さんは先にお風呂に入っていてください。その間に今日は私がお料理を作ります」


「えっ、セリナちゃんだけで? 大丈夫?」


「任せてください!」


 自信満々なセリナに促されて、葵は着替えとタオルを準備すると浴室に向かった。熱々のお湯が疲れた体をほぐし、傷ついた心も少し軽くなる。


「はぁ~ いいお湯~」


 体を伸ばしてリラックスしていると、リビングの方から何やら皿が割れる音が聞こえた。さらにセリナの悲鳴も聞こえる。


「ねえ、大丈夫⁉︎」


 葵は急いで体を拭いて着替えると、慌ててリビングの方に向かった。すると、セリナが親に叱られた子供のように涙目になりながら割れたお皿を拾っていた。


「ごめんなさい……大切なお皿を……」


「大丈夫だよ。怪我はない?」


「はい大丈夫です……」


「よかった~ 心配したんだよ」


 葵はいらない新聞紙に割れた皿の破片を包むと、ガムテープで細かい破片も回収してゴミ箱に捨てた。


「本当にごめんなさい……葵さんがお疲れの様子でしたから、楽をしてもらおうとしたのに……」


 セリナはシュッと肩を落として謝るが葵は優しく首を振った。疲れていた自分を気遣って、慣れない事をしようとしたセリナの姿勢が何よりも嬉しかったのだ。


「そんなに気にしなくていいよ。誰にだってあることだから」


 葵はそう言って微笑みながらセリナを見つめる。セリナもその言葉に救われて、少し表情を和らげた。


「でも、晩ご飯はどうしましょう?」


「う~ん、カップラーメンでもいいかな?」


 葵はソース焼きそばを2つ取り出してセリナにお湯を沸かすように指示を出した。


「お湯はこれくらいでいいですか?」


「うん、大丈夫だよ。じゃあ、コンロに火をつけて沸かそうか。その間に準備をするよ」


 葵は封を開けると、中に入っているソースと青のりを取り出した。セリナも見よう見まねで封を開けて中のソースを取り出す。


「じゃあ、お湯を線のところまで入れてみて。ゆっくりで大丈夫だよ」


 セリナは真剣な表情で鍋を持ち上げて、そっと湧いたお湯を注いだ。まっすぐ見つめる瞳には、次は絶対に失敗しないという強い決意が込められていた。


「うん、いいよ。あとは3分待ったら完成だよ」


「えっ、待つだけでいいのですか?」


「うん、待つだけでいいよ」


 葵はそう言いながらスマホのタイマーをセットすると、異常なほどに長く感じる3分を待ち続けた。


 やがてタイマーのなる音が部屋に響き、葵は小さく頷いた。


「じゃあ、火傷をしないように注意しながらお湯を出そうか」


 葵は湯切りの場所を開けると、慎重にお湯を流した。セリナも手を震わせながら慎重に流す。そしてソースを絡めて青のりとかやくをまぶした。


「いい匂いですね!」


「うん、ちょうど食べ頃だね」


 セリナは興味津々な目で見つめると、お箸を手に取り、慎重に焼きそばをつまんで口に運んだ。そして一口食べた瞬間、セリナの目が輝いた。


「これ……すごく美味しいです! 麺がもちもちしていて、ソースの風味がしっかりと絡んでいますね。うん、この甘辛いソースが癖になりそうです!」


 セリナは感激しながらさらに続けた。


「それに、このキャベツのシャキシャキもいい感じのアクセントになっています! お肉も風味もちゃんとあって、簡単に作れるのに、こんなに満足感があるなんてビックリです!」


「ふふっ、セリナちゃん、食レポの才能があるかもね」


 葵は焼きそばを啜りながら、軽く冗談っぽく言った。セリナの食に対する情熱は凄まじい。どんなものでも美味しそうに食べるから、見ているこっちまで幸せな気持ちになる。


「手軽にどこでも食べられるし、ダンジョンを探索している最中でも作れそうですね」


「確かに、これならお湯を注ぐだけだからいいかもね」


 2人は食事を楽しみながら、ダンジョン探索の話や、食事のアイデアを語り合った。家で食べても美味しいけど、ダンジョン内で食べるカップラーメンはまた格別に違いない。


「ふぅ……ご馳走様。セリナちゃんもお風呂に入っておいで」


「そうでね、ではお言葉に甘えて」


 葵は食べ終わった容器を片付けて、セリナは着替えを持って浴室に向かった。1人になった葵は、歯を磨いてベットに横になり、ぼんやりと今日の出来事を思い返していた。

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