13話
「ふぅ~ 今日は色々あって疲れたね~」
配信が終わり家に戻ってきた2人は、セリナに片付けを任せて、葵は晩御飯の準備に取り掛かった。
「葵さん、今日の夜ご飯はなんですか?」
「そうだね~ 生姜焼きでも作ろうかな?」
葵は丁寧に手を洗うと、手際よく必要な素材をキッチンに並べた。そして脳内アシスタントのナナコさんがオープニングソングと共に元気よくあいさつをした。
「葵先生、今日はどんなものを作るのですか?」
「そうですね、今日は腹ペコ勇者も満足するような、絶品生姜焼きを作ろうと思います」
「それは楽しみですね。では早速つくっていただきましょう!」
ナナコさんは脳内スタジオにセットされたカメラに手を振りながら笑顔を見せる。
「まず最初に、フライパンをよく温めましょう。出来れば鉄フライパンがおすすめです。温まる間に醤油、酒、味醂、砂糖かオリゴ糖を混ぜて、そこに生姜を入れます。ここでポイントなのが生姜を多めに入れることです」
「先生、フライパンから煙が出てきましたよ!」
「では、焼いていきましょう。まず肉を一枚ずつ焼いていきます」
「先生、一気に焼いたらだめなのですか?」
ナナコさんは綺麗に整った眉を顰めると、視聴者が思うであろう疑問を聞いてきた。
「ここは一枚ずつ丁寧に焼きましょう。面倒だからと言って一気に焼いてはだめです、肉の顔色を伺いながら調味料を加えます」
葵は焦がさないように注意しながら肉を焼くと、合わせ調味料を加えた。ジュワーと美味しそうな音と香りが広がり、客席にいた腹ペコ勇者がゴクリと唾を飲み込む。
「あとは盛り付けて、千切りにしたキャベツを横に添えたら完成です!」
「お疲れ様です先生。では今日はこの辺で終わりたいとおもいます! それでは皆さん、さようなら、さようなら、さようなら……」
脳内アシスタントのナナコさんはエンディングソングと共に画面の向こう側にいる人に手を振りながら消えていった。
「あの、葵さん、料理の最中、誰とお話をしていたのですか?」
「あれ? 声がもれていた? まあ、気にしないで」
セリナはテーブルに座り、「待て」をさせられている犬のようにじっと皿を見つめた。香ばしい香りが鼻をくすぐり、たっぷりのタレが絡んだジューシーな生姜焼きが盛られている。白米と味噌汁も隣に添えられ、見た目だけでも食欲がそそられる。
「それじゃあ頂きます」
彼女は箸を手に取り、生姜焼きを一口頬張った。途端に口の中に甘辛いタレの味が広がり、豚肉の柔らかい食感に目を見開いた。生姜のいい香りがふわりと鼻に抜ける。
「これ、美味しいです!」
「ふふっ、セリナちゃんはなんでも美味しそうに食べるね」
葵もご飯をかき込みながら、美味しく作れた事にほっと胸を撫で下ろした。セリナがこんなに喜んでくれるのなら作った甲斐があった。彼女の笑顔をみていると、なんだか自分まで嬉しくなる。
「葵さんの手料理は本当に美味しいです!」
セリナは思わず声を上げ、もう一口、さらにもう一口と箸を進めた。甘辛いタレの味と白米の相性が抜群で最後の一粒まで美味しく味わえるのがたまらない。
「セリナちゃん、今度は何を作ってほしい?」
「そうですね……なんでもいいですよ。葵さんの手料理ならなんでも美味しいと思うので」
「ふふっ、ありがとね。次も楽しみにしてね」
「はい!」
今までは手料理をしても食べさせる相手がいなかった。忙しい日々に追われて、自分のためだけに作っていた。そのせいで味付けや見た目は適当で、ひどい時は3日間同じメニューの日もあった。
でも、今は違う。どうすればセリナが喜んでくれるのか? 次はどんな料理を作るか? その事を考えるだけでも楽しい。何より2人で会話をしながら食べる食事は、今までの何倍も美味しく感じられた。
* * *
「ふぅ~ いいお湯でした~」
食事を終えた葵とセリナは、2人でお風呂に入りリラックスした気持ちでバスルームを出た。入浴中も笑いが絶えず、心も体も温まった2人は、浴室から出るとそのままベッドに向かった。
「セリナちゃん、髪を乾かしてあげるね」
葵はドライヤーを手に取り、セリナの長い髪を優しくほぐしながら乾かし始めた。暖かい風が髪を揺らし、心地よい振動がセリナの頭皮に伝わる。
「ありがとうございます。いつもお世話になってばかりですみません」
セリナは少し恥ずかしそうに微笑みながら、葵に感謝の気持ちを伝えた。
「そんな事ないよ、私もセリナちゃんのおかげで楽しい毎日が過ごせてるんだから」
葵も素直な気持ちを伝えながら、手を止めずにセリナの髪を乾かし続けた。ドライヤーの音が静かな部屋に響き、2人の間に心地よい沈黙が流れた。髪がほぼ乾き、最後の仕上げとして、葵はブラシでセリナの髪を優しくとかした。
「はい、終わり。これでサラサラだよ」
「すごい……こんなに綺麗なのは初めてです!」
セリナは満足げに自分の髪を撫でると、ベッドに腰を下ろした。長い銀色の髪が月の光を浴びて柔らかく輝く。まるで絹のように滑らかで指先で髪に触れるたびに、サラサラと心地よい音が耳をくすぐる。
「さてと、そろそろ寝よっか」
2人は部屋の明かりを落とすと、ベッドに入った。そして恒例になりつつある反省会を始めた。
「セリナちゃんが溺れた時は本当に心配したんだよ。もう無茶はしないでね」
「はい、ご心配をおかけしてすみません……」
セリナは申し訳なさそうに目を伏せながら謝った。岩場に足を取られてもがき苦しんだ恐怖は今でもよく覚えている。
でも、葵が助けに来てくれた時の安心感と感謝の気持ちは、恐怖を上回るほど強烈に心に刻まれていた。
「もう無理はしないでね」
「はい……気をつけます。本当にありがとうございました」
セリナは感謝の気持ちを込めて柔らかな笑みを浮かべた。彼女の瞳には暖かさと信頼が宿っていた。葵はその笑顔を見て、胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。
「でも、あの時の葵さんの姿は本当にかっこよかったです。まるで勇者様のようでした」
「ふふっ、私が勇者?」
葵は少し照れくさそうに笑いながらセリナの背中に腕を回して、包み込むように抱きしめた。
「セリナちゃんを助けるのは当然だよ。だって大切な仲間なんだもの」
「葵さん……」
「これからも一緒に冒険を続けていこうね」
「はい! よろしくお願いします!」
2人は手を握りしめて微笑むと、互いに体を寄せて眠りについた。
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