最終話
穏やかな日差しが差し込むリビングで、葵はソファーに寝そべりながらスマホをいじり、セリナは隣に座りながら雑誌を読んでいた。窓際に置かれた金色の槍は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「ねえ、セリナちゃん、何を読んでいるの?」
「旅のガイド雑誌です。どこも素敵ですね。一度は行ってみたいです!」
「旅行か~ 昔はお母さんと一緒に色んな場所に行ったな……今度は2人で行ってみる?」
「はい、是非!」
セリナは雑誌を閉じると、目をキラキラと輝かせて頷いた。すると、玄関のチャイムが部屋に鳴り響いた。
「誰かな?」
葵がソファーから起き上がり、扉を開けると、そこには魔王が立っていた。その姿はいつものように威厳に満ちているが、どこか遠くを見つめるような表情をしていた。
「どうしたの、バルケリオス?」
「うむ、実はお前たちに伝えたい事があってな……我はこの世界をもっと知りたい。だから旅に出る事に決めた!」
魔王の唐突な宣言に葵は目を丸くし、セリナも家の中から出て来た。
「どうして、急に旅に出るのですか?」
「我は知らない事が多すぎる。世界征服をするにはもっと多くの事を見て学ぶ必要があると思ったんだ」
彼の目には強い決意が宿っていた。葵は一瞬考えた後、何かを思い出したかのように家に戻り、分厚いガイドブックを持って来た。
「じゃあ、このガイドブックをあげる。色んな場所が載ってるよ。役に立つかわからないけど……」
「ありがとう葵。これは貴重な贈り物だ。大切に使わせてもらおう」
魔王は丁寧に葵から新品のガイドブックを受け取って微笑みを浮かべた。
「旅は楽しいけど、危険も多いから気をつけてね」
「心配するな、我を誰だと持っている? 魔王バルケリオス様だ。次に会った時は、またコラボ配信をしようではないか!」
魔王は自信に満ちた声で告げると、背を向けた。セリナはその姿を見送りながら小さく手を振った。
「お体には十分気をつけて下さいね、バルケリオス」
その声は、本当に相手を気遣う優しいもので、以前のような魔王に対する嫌味が全くなかった。
葵も同じように手を振り、彼が去っていく背中を見つめ続けた。どこか寂しさが胸に残るが、それでも彼の決意を尊重し、ただ静かに見送ることしか出来なかった。
* * *
「お客さん、見たことのない顔だね。観光に来られたのですか?」
タクシーの運転手は、バックミラー越しに座席の後ろでガイドブックを読んでいる魔王を見つめながら尋ねた。魔王は一瞬、薄い笑みを浮かべる。彼の目には深い知識と経験が宿り、どこか異世界風の奇妙さを感じさせた。
「そうだな……ある意味、観光のようなものだ」
魔王は窓の外に広がる広大な畑を眺めながら答えた。
「観光のようなもの? もしかしお仕事で来られたのですか?」
「そうだな、仕事に近いかもな。我は少し前までダンジョン配信をしていたんだ。以前は部下と共に企画を考えて視聴者を楽しませてきた」
運転手は驚いたように目を見開いて、もう一度バックミラーを見る。
「ダンジョン配信って、あのリアルタイムでダンジョンを攻略するのを見せるやつですよね? そんな危険なことを……でも、今は違うのですか?」
「あぁ、今はこの世界をもっと知るために旅に出ているんだ。まだまだ我の知らない事が多い。今はそれを見て学ぶことが何よりも大切だと思っている」
魔王は微笑みながら答え、運転手も感心したように頷いた。
「それはいいですね。もしよかったら、今度は旅配信をしてみたらいかがですか? 私はあまり配信について詳しくないですか、お客さんならきっとできますよ」
魔王はハッとした表情で運転手を見ると、しばらく腕を組んで唸り始め、ニヤリと笑みを浮かべた。
「それはいいアイデアだ! 早速試してみたい! カメラを回してもよいか?」
「えっ、今からですか? いいですけど……私が写ってしまいませんか?」
「構わない。そうだ、共にコラボ配信と行こうじゃないか!」
魔王はダンジョン配信をしていた時に使っていたカメラを取り出すと、自分に向けて再生ボタンを押した。
「やぁ、諸君、見えておるか? 今回から新しく旅チャンネルを始めようと思う。いずれ我がこの世界を征服するためには、知らなければならないことが山のようにある。そこで旅に出ることにした! 諸君らにもその様子を見せてやろう」
魔王が動画配信を始めると、瞬く間にコメント欄から応援のメッセージが送られてきた。
〈新しい企画だ! 楽しみ!〉
〈世界征服のための旅って最高にワクワクする〉
〈どんな場所を訪れるのか、めっちゃ気になります!〉
〈私の街にも来てほしい!〉
〈魔王様、応援してます! 新しい発見を楽しみにしてますよ!〉
〈魔王様が旅に出るなんて、絶対面白いに決まってる!〉
〈やっぱり魔王様、行動力がすごい!〉
〈世界の隅々まで探検して、全部教えてください!〉
〈魔王様、応援してます! 旅の安全を祈ってます!〉
〈魔王様なら絶対に世界征服できます! 頑張って下さい!〉
運転手は初めてのコラボ配信に緊張しながらミラー越しにカメラを見る。
「さぁ、運転手よ、我を未知の場所に連れて行ってくれ!」
「わっ、わかりました。お任せ下さい」
運転手はぎこちない口調で答えると、ハンドルを握る手に力をこめて田舎道を駆け抜けた。
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