3話

「それでは新メンバーのセリナちゃんと一緒にダンジョン配信の続きをしていきます! セリナちゃんはなんと異世界から来た本物の勇者なので、ダンジョンを攻略するコツを聞きながら挑もうと思います!」


 葵は視聴者に説明をすると、セリナに目で合図をした。


「あっ、えっと、よろしくお願いします」


「早速ですが、ダンジョンに挑む際に気をつけるべき事はなんですか?」


「そうですね……いろいろありますが、まずはトラップには気をつけましょう。特に宝箱を見つけても不用意に開けないのが鉄則です」


「うぅ……宝箱を開けない……」


 セリナの鋭い言葉に、葵は引き攣った笑みを浮かべながら胸に手を当てた。


「ちなみにトラップの中でもワープ系のトラップには気をつけましょう。即死もあるので本当に危険です」


「ワープ系……」



〈セリナちゃん意外とSだね〉

〈もうやめてあげて、葵のHPは0よ!〉

〈葵ちゃん、めっちゃ凹んでるw〉

〈あれ? 確かここにトラップに掛かった人がいたような……〉

〈だから危ないって言ったのに……〉



「だって仕方ないでしょ? だって宝箱を見逃したら配信者として失格でしょ?」

 

 葵はプク~っと頬を膨らませると、自撮り棒でドローンを軽く突いた。



〈怒ってる葵ちゃんも可愛い〉

〈画面が揺れて酔いそう~〉

〈物に当たるのはよくないと思いまーす〉

〈ドローンが可哀想です〉

〈これから気をつければいいよ!〉



「葵さん、気をつけてください、前から何かが来ます!」


 視聴者と雑談をしていると、セリナがピタッと足を止めて暗闇を睨みつけた。


「あれは……ゴーレムですね」


 地面が揺れそうな足音を立てながら、鉄のゴーレムが2人の前に現れた。ゴーレムは構成されている素材によってレベルが違う。土や小石を媒体にしたものは下級レベル。でも鉄の場合は最低でもAランクはある。


「セリナちゃん気をつけてこいつはかなりの大物で……」


「はっあ!」


 葵が忠告をする前にセリナは軽々と跳躍すると、細い足からは想像もつかない強烈な蹴りを入れた。ゴーレムの体は粉々にされてただの鉄屑になる。



〈えっ、何? 今何が起きたの?〉

〈嘘でしょ? 蹴りで倒したの?〉

〈まじかよ、信じられない⁉︎〉

〈やべーまじもんの勇者じゃん!〉



 あまりにも現実離れした出来事に、葵は口を開いたままポカーンと彼女を見つめた。正直なところ完全に勇者だとは信じていなかった。でもそれが確信に変わった。彼女は本物だ。


「えっと……セリナちゃん、今何をしたの?」


「ゴーレムを倒すコツは核を仕留める事です。なので弱点に蹴りを入れました。剣があればもっと楽なのですが……あいにく私だけこちらの世界に飛ばされたので仕方がないですね」


 セリナはさも当然の事のように言って軽く足についた鉄屑を払った。確かに弱点を突くのは戦いの基本だ。そのためには敵の気を引きつけて、その隙に他の仲間が攻撃に出る必要がある。


 でも、最低3~4人は欲しいところ……それをたった1人で倒すのはあまりにも規格外すぎる。しかもたった一撃で仕留めるなんて……


「まぁ、この程度のモンスターなら剣がなくても問題ありません」



〈なるほど、最強系か〉

〈俺は知ってたぜ、あんたは本物の勇者だってな〉

〈ゴーレムを蹴りで倒す人なんてどこの配信者もやってないよ〉

〈これなら余裕で日本一、いや世界一の冒険者だな(笑〉



「次に進みましょう」


 その後もAランクやSランクの魔物が出てきたが、その度にセリナがサクッと返り討ちにしてしまった。圧倒的な実力と華麗な動きに視聴者の心も鷲掴みにする。当然それはすぐ近くにいた葵も同じである。


「多分この扉の先にボスがいます。少し休憩しましょうか」


 セリナはいかにもラスボスがいそうな扉の前で止まると、葵に休憩を提案した。


「それにしても、セリナちゃんすごいね。流石勇者だね!」


「ありがとうございます。戦うことしか取り柄はないですけどね」


 セリナは謙遜しながらも嬉しそうに微笑む。強くて謙虚でおまけに美人。まさにみんなが思い描く勇者だ。


「そうだ、非常食を持ってきたらよかったら食べて」


 葵は肩にかけていた斜めがけリュックからカロ◯ーメイトを取り出した。


「なんですか? この長方形の食べ物は?」


「まあ、食べてみて」


 セリナは半信半疑の目でみながら恐る恐る小さな口を開いて頬張った。


「んん⁉︎ これは美味しいです!!!」


 セリナは目を輝かせると、一口、また一口と、勢いよく食べてリスのようにほっぺたを膨らませた。


「しっとりとしていて、口に入れた瞬間チョコレートの味が広がって、美味しいです! それに空腹も満たされました!」


「じゃあ、こっちのも食べてみて」


「頂きます……んっ! これも美味しいです! フルーツ味でしょうか? 爽やかな香りが広がってこちらもとても絶品です!」



〈やべーなんか美味しそうに見えてきた〉

〈久しぶりに食べたくなってきたな~〉

〈セリナちゃんって意外と食欲旺盛だったりする?〉



 セリナの食レポはなかなかの腕前で、隣で見ている葵もお腹が空いてきた。


「よかった~ でもさ、口の中が少しバサバサしない?」


「そうですね……少しモサモサしますね」


「じゃあ、このウ◯ダーもあげる」


「えっと……これは飲み物ですか?」


「まあ、うん、そうだね。食べる飲み物かな?」


「食べる飲み物? 吸えばいいのですか?」


「うん、そうだよ」


 セリナは興味深そうに蓋を開けると、ゆっくりと吸い始めた。


「ん、んん⁉︎ これは初めての食感です。なんですか? この柔らかくて美味しものは⁉︎」


「ゼリーっていうの。美味しいでしょ?」


「はい! 美味しいです!」


 セリナは満足そうにお腹を撫でると、とろ~んとした目で壁に背中を預けた。


「なんだかお腹が膨れたら眠くなりました……少し仮眠を取りましょう」


「えっ、でもボス部屋の前だよ? 危なくない?」


「安心してください。ボスはボス部屋からは出られません。しかも他の魔物はこの部屋には近づきません。つまりここがダンジョンに置いて一番安全な場所なのです」



〈なるほど、それは盲点だった!〉

〈言われてみればRPGもボス部屋の前は安全だな〉

〈大抵そこにセーブポイントか前回復アイテムが落ちてるんだよな~〉



 謎の説得力に視聴者も納得する。葵はセリナの隣に座ると、配信を一度止めて仮眠を取ることにした。不意にセリナの銀色に輝く髪が鼻にあたり、石鹸の様な香りがする。


(セリナちゃんは食欲旺盛でいい匂いがする)


 葵は心の中でメモを取ると、緊張がほぐれたのか、寄り添うようにセリナに体を預けて眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る