第11話

「何か分かったのか?」


 楊明ようめいさんに訊ねられ、はい、と笑う。

 ……ははーん。


「全部分かりました……はい」


 憶測に過ぎない箇所もあるけど……何となく分かった気がする。

 ビビッと頭がきたんだ。


「あの鉱物は、鉱物じゃありません」


 どういうことだ? と首を傾げる楊明さんを、鉱物庫に案内する。

 これで分かるでしょう。


「これを見てください」


 そういい、さっきの黒く底光りするあれを見せる。

 ちなみに、周りの黄色い何かは、すでに取っている。


「………」

「分からないのですね。なら、答えを言いましょう。これは黒曜石こくようせきです」


 黒く底光りする、鉱物のようで鉱物じゃないもの。

 それが黒曜石だ。


「黒曜石? なら鉱物では──」

「勘違いされやすいですが、黒曜石は火山活動によって岩漿マグマが急速に冷却・固化することで生成されるもので、鉱物ではありません」


 火山が生み出した賜物たまものとでも呼ぶべき黒曜石は、古くから石器の材料として使われてきた。

 今では、貴族の装飾品としても親しまれている。


「しかし黒曜石は、いわくつきのものです」


 私は信じていない、でも信じる人は信じるがある。

 それは。


「呪いの石、死の石、災厄をもたらす石、憑依ひょういの石などです」


 いい伝承もあるけど、悪い伝承もある。

 それが、この黒曜石。


「一部の大工は、取り扱いに注意したり、避けたり……その伝承を信じる者は、徹底的に黒曜石を避けます。宮中で信じる者は少ないでしょうが、いる可能性もあります」


 ちなみに我が村では、半々。結構信じてる。

 特に老人と幼子が信じる。


「雑に扱いますと、呪われたり、災難に遭ったり……」


 という「伝承」である。

 つまり、その伝承に漬け込みさえすれば、迷信信者大工を追い込むことは可能、ということ。


「黒曜石に、黄色の薄い布が巻かれていました。恐らく霓裳げいじょうです」


 *霓裳:貴族の女性が好んで着用した、羽衣に似た美しい衣装。


 霓裳を持っているのは、上流階級の女性。

 華凛ファリン妃が持っていても、おかしくない。


「つまり犯人は、黒曜石に霓裳を巻いて……!?」

「それだけではなく」


 私は、張功さんの言葉を遮って続けた。


「楊明様、白粉おしろいを持ってきてくれますか?」


 楊明さんに持ってきてもらった白粉を、自分の着物の端切れに塗り、水に濡らす。と、


白濁はくだくとした……」


 そして、水中の布は、綺麗に白粉が染まり、白くなっていた。

 粉っぽさもない。結構、綺麗に。


「霓裳に白粉を塗ると、同じ現象が起こります」


 霓裳に白粉を塗り、水に濡らすと、水は白濁とし、綺麗に白粉がつく。

 まさにその現象が、あのとき、杯の中で起きていた。


「すなわち、そういうことか……!」


 珍しく楊明さんが、声を荒らげた。

 気づいたようだ。


「あのとき黒曜石を覆っていたのは、恐らく霓裳でしょう。それに白粉を塗り込めば、濡らす前は粉っぽく、水に濡らすとしっとりとした石に見えます」


 試しに、自分の着物の袖をちぎって白粉を塗り、水に入れる。

 もちろん起こるのは、同じことだ。


 表面の白粉がしっとりと水分を含み、余計な粉が取れて水を濁す。

 肝心の布は、しっとりとした白粉に塗られ、美しく真っ白になっていた。


「白粉も霓裳も持っているのは、貴族の女性でしょう」


 昨日見かけた、瘋癲ふうてんの貴族の女性、華凛妃。

 その精神の異常さが、ここまで影響を及ぼすほど深刻なものなら。


「まさか、華凛妃が……!?」

「もちろんこれでは根拠として弱いですから、一概に言い切ることはできません。しかし、これが黒曜石なのは確かです」


 角を失い丸々とした黒曜石を、楊明さんに手渡す。

 一瞬目を見開いたが、すぐにニコッと微笑む。


「今回の調査、見事なものだった、玉蘭殿ぎょくらんどの

 そうおもむろに頭を下げられて、私はあたふたする。

 いや、何で私、頭下げられてるの、太守に!?


「い、いいえ! 私はただ職務を遂行しただけで、そのような御礼を言われる立場ではございません」


 慌てて頭を下げて、必死に言葉を手繰り寄せる。


「いいえ。この一件は、玉蘭殿のおかげで解決したのです。貴方の力はとても大きなものですから、是非ともこれからも贔屓を賜りますよう切にお願い申し上げます」


 つらつらとご丁寧なお礼を述べられては、タジタジするばかり。

 いや、こんな丁寧にお礼を言われるなんて、慣れない……。


 * * *


 と、色々終えて回廊を歩いていたとき。

「あっ」

 あからさまに意図的に、肩をぶつけられた。

 犯人は、この女……秦芙蓉しんふようだった。


「ちゃんと前を見て歩いて下さる?」

「あっそうですか。ごめんなさい」


 一切の感情も込めず、適当に謝罪をしておく。しかし秦芙蓉という女はしつこい。


「さっき、楊明様と仲良くしてらっしゃったわね」

「……」


 しつこい女は嫌われるぞ、と心の中で言って、はぁとため息をつく。

 秦芙蓉の顔さえ見たくなくなってきた。隣から凄まじい視線を感じる。気が休まらん。


「あなたのような見すぼらしい女が楊明様と馴れ馴れしくしているのを見るのは不快ですわ」


 額の間に青筋が浮かんだ。両手をギュッと握り締める。

 ふと横を見ると、秦芙蓉の後ろに、数名の婢子ひしがいるのが見えた。ずいぶんと邪険な顔だ。

 *婢子:未婚の令嬢に仕える、女性の使用人。


「あなた様は宮女以下なのです!」

「身の程知らずめ」

 *宮女:後宮の雑務を担当する、最下層の女性の使用人。


 宮女以下。そんなこと、私が一番分かっているんだよ。

 自分が本当は冷遇されるべき存在で、こんな扱いを受けるはずはなかったこと。宮中の人間にお目にかかる機会など本当はなかったこと。

 そんなことも分からないほど、私は馬鹿じゃないんだ。


「そんなこと、私が一番分かってる……」


 そう弱々しく吐き捨てて、その場を立ち去った。

 幸い秦芙蓉が私を追いかけることはせず、自室まで、一言も呟かず帰った。


 * * *


 部屋の窓から、宮中の様子を眺めた。

 あの後、華凛妃はどうなったのだろう。私のせいで、何か問い詰められ、責められただろうか。

 妃の地位を奪ってしまったかもしれない。今更、涙が溢れる。


 頭がスッキリしたせいで、ベラベラと余計なことまで話してしまったかもしれない。

 罪悪感に襲われて、自分が嫌になる。


 家族も、私を心配しているはずだ。会えなくなって。

 なのに任務を遂行して解決して、饒舌じょうぜつになって余計なことをした私は、なんて愚か者なんだろう。


 ごめんね、みんな。

 お姉ちゃん、しちゃいけないことしちゃった。


 夜空にぼんやり浮かぶ満月と叢雲むらくもを眺めながら、今日のことを悔やみながら、自己嫌悪。


 月に叢雲花に風。

 後宮はその繰り返し。


 この醜い世界線を隠すように、目もくらむような鮮やかな花が咲き誇るだけ。

 目に見えるのは、全体の一割だけ。

 残りの九割は、闇という毒薬で溶かされて葬られ、なかったことのように。


 その一方で、宮中で地位を得た私は、また昇進して。

 また、階段を上った。


 ……ああ、御釈迦様おしゃかさま。私はひどい愚か者でした。

 機会かもしれないと軽い気持ちで宮中に足を踏み入れた、陸玉蘭ことこの私は、なんと馬鹿なのでしょう。


 宮中に来たのは、正解か失策か。


 そんなこと、知っている人がいたら私はうれいていない。

 ……突っ走ってみる?


 さてこれから、私はどうするべきか。

 明日私は、何をすれば良いのか。

 おぼろげな月の模様を指で描きながら、涼しい……いや、肌寒い夜風に吹かれる。


 そのとき、コンコンと扉を叩く音がして、振り向いた。

「玉蘭殿」

 楊明さんの声だ。夕餉ゆうげだろうか。それとも今日の一件で、何か悪い報告だろうか。


「今行きます」


 後ろめたい気持ちで、部屋を出た──。


【あとがき】

伏線、いかがでしたか?(究極あっさりの後書きすぎて草)

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