第23話
翌朝。即ち、婚礼の儀まで残り一日。
どこに行っても完全にその空気で、それ以外考えられていない。
いつ見ても嫌い。うん、嫌い!
「わたくしのように高貴なお人の前では
違うだろ、というツッコミはさておき、秦芙蓉の横を通り過ぎようとしたとき。
彼女の
「………」
気まずいが、変に
無視し──。
「まさか芙蓉様の地位を奪おうなんて、思ってないわよね?」
……しかけたけど向こうから絡まれた。
思い出した。この女官の名前……確か、
「!
しまった、こればかりは否定がきかない。
私が秦芙蓉の地位を奪おうとしているのは事実だ。
もちろんそれが広まれば、私がここで悪女になるのに時間はかからない。
「わたくしの野望が叶う日は明日です。あなた様に何の抵抗ができますの? この
途端に
私も精一杯睨み返すが
「まずは、自分の格を再確認することからです。本当貧相で見すぼらしくて、生きていることが奇跡のようですね」
あざ笑いと、丁寧な
私が言い返さないことをいいことに、秦芙蓉はさらに続けた。
「醜くて汚い豚のよう! わたくしの前に現れて恥を感じないのか不思議でたまりません」
湧き出る
「まあ、仕方ないわね。あんな取りえのない田舎生まれの、教養のない
……そうだよ、そんなの分かってる。
でも、
「
足掻いても無駄だと分かってる。確かに、希望は持っている。
叶わぬ夢はないと、信じているから。
「可哀想に! 貧しい生まれで運命を決められる……まあ、世の中では当たり前ですから。いい勉強になったのではないでしょうかね」
家柄で全てが決まる世界なんて……分かっていたけど、でも、でも。
変えられるって、信じたかった。
「明日を楽しみに待ってくださいね、全て終わりますから」
全て終わる? 何の全てが……?
そう顔を上げると、秦芙蓉は一瞬顔をしかめた。すぐにプイッとそっぽを向き、きびすを返す。
鼻で笑った秦芙蓉の後ろ姿を見やりながら、拳を握りしめた。手のひらに爪が食い込むが、気にせず。
……悔しい。
あんなやつに、
あんなやつが楊明さんに
ぽろぽろと
* * *
「どうしたのです玉蘭様!?」
「な、泣いてる……」
「大丈夫〜、玉蘭〜?」
部屋に入るなり、一斉に話しかけられた。
ダメ、泣き顔なんて……今さら泣くなんて、恥ずかしい。
それに、あんなことで泣けるのは小さい子だけ。十八にもなった私が泣くなんて……。
「だ、大丈夫……」
「その顔は大丈夫じゃない顔だよ!!」
慌てて拭おうとしたとき、
「何があったのか、話してくれる〜?」
止まらない
ひとつひとつ、丁寧に言葉を
「さっきっ……秦芙蓉に会って……女官と一緒に罵られてっ……」
「うん」
「あんなやつが……楊明さんの正室にっ……なってほしくなくてっ……」
「うん」
「悔しくて……っ」
ダメだ、こんなことで泣くなんて。
私は……もう、くだらないことで泣くような年齢じゃないのに……。
こんなんで……ダメな女だ……。
「それは、玉蘭様が、それだけ
ポツリポツリと、
「我慢する必要なんか、ちっともないです。泣きたいときは、思う存分泣けばいいんです」
「蘇菲……」
すると馬小鈴が私の頭を
「そうだよ玉蘭〜、我慢は体に毒だよ〜?」
花青蝶も私を抱き寄せて、言った。
「そうそう! 泣きたいときに泣かなきゃ!」
……みんな優しいなぁ……余計泣きたくなっちゃうよ。
* * *
私はしばらく泣いてから、涙を拭って顔を上げた。
もう大丈夫、と伝えるとみんな安心したように笑った。私もつられて笑う。でもすぐに真面目な顔になって現実を見る。
「で、どうする〜?」
花青蝶が切り出すと、蘇菲は首を横に振った。私は言った。
「もう秦芙蓉の悪行を暴くのは無理かもしれない」
すると花青蝶も馬小鈴も
「うん……そうだね……」と。
でも私は
「だけどさ……このまま何もしないなんて嫌だよ!」
声を荒らげた後、ハッと我に返って首を横に振る。
「あ、ごめん……私、
「ううん、全然我儘じゃない。玉蘭がそう思うなら……やろうよ」
花青蝶はそう言うと、すぐに言うのだ。
「秦芙蓉の悪行……暴くよ!」
* * *
しかし名案が浮かばぬまま日は暮れてしまった。
私は部屋で一人、涙を拭う。
「秦芙蓉……!」
あんなやつに楊明さんを渡さない。
そう決意したはずなのに、結局何もできなかった。
悔しくて堪らないのに、涙しか出ないなんて……!
もういっそ泣いてしまおうか? でも明日が婚礼の儀だっていうのに、泣き
ああもうどうしよう! 私は頭を抱えた。
すると突然部屋の扉が開く音がして、驚いてそちらを見る。そこには
「楊明様……?」
「玉蘭殿? ……泣いていたのか?」
「あ、いえ……」
慌てて涙を拭う。楊明さんはゆっくりと私に近づいてきて、隣に座った。そして言うのだ。
「玉蘭殿……婚礼の儀が明日に迫ったな」
「……はい」
私は
驚いて顔を上げると、そこには優しく
しかし……彼は明日、秦芙蓉を正室に迎え入れる。もう
「大丈夫です。……覚悟は、決まりましたから」
引き
楊明さんの表情は、
結局楊明さんは部屋を去り、そっと扉を閉めた。私は、楊明さんが去っていった扉を見つめる。
そしてぎゅっと
明日が婚礼の儀でよかったのかもしれない。
「この、思い上がり者め……」
思い上がり者とは、私のこと。
たかだが少しばかり出世して、少しばかり活躍しただけで、この想いが叶うなんて、馬鹿馬鹿しい。
少し寄り添えただけで、私が正室なんて……夢のまた夢だ。
……私は、秦芙蓉に負けたくない。楊明さんを奪われたくない。その一心で動いていたけれど、結局何もできなかったのだ。悔しいなぁ……。
頬を流れる涙を拭いながら、また拳を握りしめた。
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