第22話

 婚礼こんれいまで残り三日。式場の準備もずいぶん整い、もはや万全というところ。


 私はその日、せいちょうしょうりんに呼び出され、蘇菲そひと共に後宮の裏庭に来ていた。

 今日は珍しく天気も良くて、暖かいから外で話すにはもってこいだ。


 で、呼び出された理由だけど……。

 しんようの悪行を暴くための作戦会議らしい。どうやったら当日、真っ当な根拠で悪行を証明できるか、それが何よりの課題だった。


「でもさ〜、証拠がなきゃ秦芙蓉を追い詰めるのは難しいよね〜」

「そうなんだよね」


 花青蝶と馬小鈴は頭を抱えている。

 蘇菲も考え込んでいるようだし……私は一人、何も思いつかなかった。

 いや、思いついたには思いついたけど……それはあまりにも非現実的で。


「ん……」

「ねえぎょくらん! なんかない?」

「え? あ……」


 私が言い淀んでいると、蘇菲が代わりに言った。


「玉蘭様は何かお考えですか?」


 私? 私か……。

 考えてるけど、非現実的だよ? と言い、ため息ついて話し始めた。


「実は……一つだけ、思いついたんだけど」

「何々?」


 花青蝶と馬小鈴は目を輝かせて身を乗り出してくる。蘇菲も興味深そうにこちらを見ていた。私は続ける。


「秦芙蓉の悪行を暴くには、やっぱり証拠が必要でしょ? でもさ……その証拠って、秦芙蓉様が自分で『やりました』って言うだけじゃダメなんだよね」

「それはそうでしょ〜」

「てか、秦芙蓉絶対言わないって」

「だから……」


 ああもう、本当に非現実的だ。私は馬鹿だ。もう嫌になりそう……どうしよう。


「なら、今まで秦芙蓉がやった物理的な嫌がらせを証明しよ〜って。秦芙蓉が破壊した物〜とか」

「それも他の人の失敗かもしれんよ?」

「う……」

「それに、秦芙蓉は周到だから、証拠なんて残さないよ?」

「あ……」


 とうとう馬小鈴も頭を抱える。仕方ないね、こればっかりは。難しい。

 それに、本当なら、彼女の婚約こんやく阻止そしなんて……ぼうなのだ。


「玉蘭様」


 蘇菲が口を開いたので、私は顔を上げた。すると彼女はほほんで言うのだ。


「そのお気持ちだけで充分です」

「え……?」


 私が首を傾げると、蘇菲はさらに顔を綻ばせて、


「玉蘭様がお優しい方だと、また分かっただけで、私は幸せです」


 と言った。

 ああもう……この子にはかなわないなあ。本当にいい子だ。私は思わず蘇菲に抱きついた。そして言うのだ。


「ありがとう、蘇菲」


 すると花青蝶や馬小鈴も抱きついてくる。私たちはしばらくそのままの状態でいたのだった。


 * * *


 で、我に返ったときにはチラチラと雪が降り始めていた。

 私は蘇菲に、秦芙蓉の悪行を暴く作戦は部屋の中で考えよう……と告げて中に戻るよううながした。

 花青蝶も馬小鈴も渋々しぶしぶうなずいて、みんなで私の部屋に戻ったのだった。


「作戦か〜いぎ!」


 蘇菲に書記を全任せして、私の部屋で作戦会議が始まった。

 ごめん蘇菲、なすり付けて……。


 花青蝶がしきり出したから、私は思いつく限りのことを挙げた。でもそれはことごとく却下され……そして今に至る。


「ねえ玉蘭〜、なんかいい考えない?」


 花青蝶に言われ、私は考える。

 彼女は猫被ねこかぶりが得意だからなあ……難しいな。

 私が考えている間にも、馬小鈴は何か思いついたようで口を開く。


「あ! だったらさ〜、女官の中から該当者がいとうしゃ見つけたらいいんじゃな〜い?」

「あ、それだ!」


 花青蝶も同調する。蘇菲は首をかしげた。私は言う。


「でも……それって、かなり難しいよ?」

「まあね〜。でもさ、秦芙蓉の悪行を暴くには、それくらいしなくちゃ」


 ああもう……この人たちって本当に……いい人すぎるな!


 * * *


 蘇菲の書いてくれた情報を共有し(一応全員文字は読めたらしい)、その日は解散になった。


 ・女官は、秦芙蓉と面識がある人に限る。

 ・証拠は主に証言と記録をもとにする。


 とまあ、ざっくりとした方針は決まった。

 蘇菲が記録係で、花青蝶と馬小鈴がちょうしゅ係だ。私は……どうしようかな?

 そう考えているうちに眠くなってしまって、その日は眠ってしまったのだった。


 * * *


 婚礼の儀まで残り二日となった今日。


 秦芙蓉に嫌がらせをされている女官にょかんたちの聞き取り調査が始まった。

 でも、なかなか証拠になりそうな話は聞けなかったらしい。


 そして午後になって……私の部屋に集まった四人(私、蘇菲、花青蝶、馬小鈴)は頭を抱えていた。


「なかなかいないね〜」


 花青蝶が呟き、馬小鈴も頷く。蘇菲は困ったようにまゆを下げた。私は口を開く。


「ねえ、秦芙蓉の悪行を暴くって……結構難しいんじゃない?」


 すると花青蝶と馬小鈴は揃って頷いた。


「でも、やるっきゃない」



 こうして私たちはまた手分けして秦芙蓉に嫌がらせを受けた人を探し始めたのだが……これがなかなか難しい作業だった。


 まず、もくしている人が続出した。


 加害者であっても黙り、被害者であっても黙り、部外者であっても黙り……面倒だった。

 恐らくは何か口に出したら面倒ごとに巻き込まれる、そう思っているからであろう。

 人間、自分にとって不都合な事柄には関わりたくない。愛憎渦あいぞううずく後宮なら尚更のこと。


 結局、秦芙蓉の悪行を暴く証拠集めは難航なんこうを極めた。

 それでも私たちは諦めずに探し続けたが……しっかり疲れて全員集合。


「あー疲れたぁ……」


 花青蝶がうんと背伸びしてから、バタンと寝っ転がる。

 完全に我が物顔……まあ、花青蝶だから許したる。


「全然見つからないねぇ〜」

「骨折れるよ……」

「これは先が思いやられます……」

「ありがとね……みんな」


 女官の中で、加害者と回答した女官が三人。被害者と回答した女官が一人。無回答が九割。

 この九割が曲者くせものなのだ。

 秦芙蓉に嫌がらせをされたと認めたくないから黙秘しているのだから、その人たちには話を聞くことすらできない。


「ねえ〜どうするのさ〜」


 花青蝶が言うので私は答えた。


「やっぱり……秦芙蓉の悪行を暴くには物的証拠か自白が必要だと思う」


 私が言うと蘇菲も馬小鈴も頷く。そして言ったのだ。


「では、物的証拠を集めましょう」


 * * *


 その物的証拠を集める作業も大変だった。


 というのも、証拠が見つからないから。

 恐らく、嫡女がこんな粗忽な人だと周知されれば一族の恥だから、という理由で秦家側が証拠を隠蔽いんぺいし、こつな女官のせいだと捏造ねつぞうしたのだろう。

 可哀想な女官だ。その女官の末路は想像しがたい。

 本当、余生の幸せを願うばかりだよ……。


「ねえ〜もうやめようよ〜」


 馬小鈴が駄々だだをこねる。花青蝶も言うのだ。


「そうだよ、玉蘭……秦芙蓉に嫌がらせを受けた人なんて見つからないよ」


 蘇菲は黙ったままだ。私は言った。


「でもさ、このまま何もしなかったら秦芙蓉の悪行は暴けないんだよ?」


 すると馬小鈴はため息をついた。そして言うのだ。


「それはそうだけど……」


 蘇菲も、すっかり書く手が止まった。もう夜も深い。じょはまだしも高位な女官はすでに就寝していることだろう。


「で、でも……やるっきゃない!」


 私の一言で、早速作業に取り掛かった。

 秦芙蓉に嫌がらせを受けた人を探し出し、その人の無実を証明するためだ。


 まずは被害者と回答した女官から始めることにした。しかし……これは難航を極めた。

 というのも被害者は黙秘していた。誰にも言わない、言うとしても私の協力者のみだ、そう念を押してもダメ。

 後宮って、そんな裏切りが多いの? と疑うくらいだ。


 婚礼の儀まで、あと二日。本当に時間がない。

 このままでは、秦芙蓉が最も上位の正室として迎え入れられる。

 そんな未来、想像するだけで嫌だっ……!


「ねえ、玉蘭。もうやめようよ〜」


 馬小鈴がまた駄々をこね始めたので私は言った。


「嫌」

「え……?」


 すると花青蝶も言うのだ。


「私も嫌!」


 ああ、蘇菲は……と目を向けると、彼女は頷いた。そして言うのだ。


「私も……諦めたくないです! もう嫌なんです!」


 私たちは全員一致で物的証拠集めに奔走ほんそうした。

 でもやっぱり見つからない。

 やはり秦家は抜かりない。ただの女官が容易く集められる情報は隠蔽し、そのため捏造もする。本当いやしい……!


「何か手掛かりとなる情報も?」

「うん。内膳ないぜんの方に聞き込みに行ったときも、毒物の処理に追われてて忙しいって。確か婚礼の儀で出すフグって魚」

「猛毒のかたまり……」


 内膳司にも行ってくれたんだ……ありがとう、花青蝶。

 確かに毒物の処理中に聴取って、無理があるものね、仕方ない。


「その女官って、どっち側?」

「分からん!」

「分からん!?」


 そっか、もうアカンわ。そういえばフグの毒の症状って何だっけ?


「婚礼の儀で食べられない物あったらどうしよう〜」

「何のん気なこと言ってるの小鈴」


 あ、確かに食べられない物あったら困るわ。

 あんな表舞台で、堂々と食事を残すのも嫌だしね……。


「私は特にないけどな……」


 何なら少し有毒でも、体内である程度どくとか消毒とかできる。

 長い長い不衛生な生活で、すっかり体が慣れていたのだった。


「玉蘭、毒の耐性あるもんね〜」

「まあね」


 花青蝶が感心したように言う。蘇菲も頷いていた。

 取り合えず食べ物は安心。

 あとは秦芙蓉の悪行を暴ければ……って、本当はこんなことしたら一斉につぶされるのでは?


「フグって普通は流通しないんだよねほうしょうぐうでは。毒物とか法で禁止されてるし」

「特別なんだ」

「そ!」



 何だろう、どことなく胸騒むなさわぎがするのは気のせいかな。

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