宝晶宮のカリスマ太守は、貧しい物売りの娘を寵愛希望?

月兎アリス(読み専なりかけ)

第1章 宝晶宮と太守と何か色々

第1話

 遠くの山の向こうの空が、青紫色に輝いている。


 山道の途中にある岩に腰掛けながら、私は、さっきまで背負っていたカゴに入っている商品の数々をながめた。


 その商品とは、装飾品や置き物などのこと。


 これらは私の故郷、石峰郷せきほうきょうで手作りしたもの。

 何せ私たちの村は、豊かな石英せきえい玉髄ぎょくずいなどの鉱物資源に恵まれているのだ。


 この商品は、それらを贅沢に使い、先祖伝来の技法で仕上げた逸品。


 ちなみに行き先は、宝晶宮ほうしょうぐうという宮城きゅうじょうである。

 美しい宮殿が映えるから、その名がついた。


 とはいえ私は、そんな宮殿には興味はない。

 私は、庶民と庶民の間に生まれた貧しい娘である。

 何が宮殿だ。ながめてるだけで結構だよ。


 で今は、その道中である。

 宝晶宮は山あいの地域にある。私の村も山あいに位置している。三つとうげを越えるのだが、その間、町はない。


 商品のカゴは重いが、もたついていると自分の負担が増える上、市場が開く時間に遅れてしまう。


 市場は朝早くから開かれるのだから、夜明け前には到着したい。

 でも、間もなく日の出。

 もうすぐ到着するとはいえ、急ぐ必要はありそうね。


 これで休憩は最後だ、とちかって、また歩き出す。


 * * *


 石峰郷から数日かけて着いた、宝晶宮の市場。

 色鮮やかな旗がはためく一方、露店ろてんは見すぼらしい。


 重たい荷物を背負いながら、ようやく自分の出店の場所に着いた。


「ふぅ……やっと着いた……」


 額にびっしょりかいた汗を拭いながら、パタパタと手であおぐ。

 一体、どのくらいの距離を歩いたことやら。


 水を飲みながら、出店の準備をする。

 側に置いたカゴから、どんどん商品を出していく。

 村の人々が丹精込めて作ったものだ。一つも売れないなんてことは、あってはならない。


 傷を付けないよう、一つずつ、丁寧に並べていく。

 朝日に照らされて、キラキラと光り輝いた。


 しかし、ある客がこう言った。


「これらの品々は、本当に素晴らしい出来栄えですよ。でも、なぜ売れ行きが良くないのでしょうか」


 昼になっても、ほぼ全く売れなかった。

 安価な小さい品はちょこっと売れているが、それ以外は誰も手を付けていない。


「私たちの村の人々が一生懸命作ったものです。皆様にも、これらの良さを知っていただきたいのですが」


 あいまいな答えを返し、うつむいてしまう。


 これらは何度も言うけど、私たちの村のみんなが、命を賭けて採掘し、丹精込めて加工して作ったものだ。

 私も実際、こんな長旅をして売りに出ている。


 何がいけないんだろう。

 値段? 質?

 どんな理由であれど、村のみんなとは話し合わないといけない。


 そんな中、高貴な装束しょうぞくに身を包んだ若い男性が、私のところに近づいてきた。

 周りには数名、護衛のような人もいる。

 明らかに、貴族のように見えるけど……。


 彼が着ているのは、華やかな緑色の長衣。

 裾や袖口には金糸の刺しゅうが施され、頭には黒髪を束ねた冠をいただいている。

 腰には装飾の施された剣を差していて、白い肌に整った顔立ちが印象的だ。

 背丈も高く、私より頭一つ分大きい。


 宮中の人間だろうか。

 護衛もついているし、お偉い人であることは間違いない。


「お嬢さん、こちらの作品は素晴らしい出来栄えですね。私の目に留まったのは偶然ではありません」


 穏やかな口調だった。何より、落ち着いた、いい声をしている。

 ……ほら、ほら! 出来栄えはいいんだ!


「申し遅れました。私は宝晶宮のおさ楊明ようめいです」

「よう、めい……」


 宝晶宮の、長……。

 ここの、長……。


 つまり、ここ一帯で一番偉い人ってこと?

 そんな人が、ここ来て大丈夫?


 だってここ、見てわかる通り、安物がたっくさん売られた市場ですよ……?

 何であなたみたいな偉い方が来ているの?


 いや、いやいやいや、本当に何でなんで?

 わざわざいらっしゃる必要なくない?


 キョトンとする私に構わず、楊明さんは言葉を続けた。


「なかなか売れ残っている様子ですが、どれも非常に興味深い作品ばかりですよ」


 ……ちょっと、嬉しい。

 結構売れ残っていたから、買ってくれそうな人に来てもらえて本当よかった。


「どこの技術なのでしょう?」

「え? えっと、私の故郷の石峰郷です」


 石峰郷か……と楊明さんが呟く。


 有名な村かと言ったら、全くそうじゃない。

 ごく一部の鉱物好きが知っている秘境だ。


 ……楊明さんぐらいの権力者なら知ってても変じゃないけど。


 いや、まあ、楊明さんがめっちゃ鉱物が好きで、それで知っているって可能性も捨てられないからね。

 何にしても、どうやら石峰郷のことは知っているみたいだ。


 みんな聞け! 宝晶宮の長、私たちの村のこと知ってるぞ!

 心の中で、村のみんなにそう叫ぶ。


 楊明さんは、手に取っていた商品を全て元の場所に戻して、私に微笑みかけた。


「急な申し出で戸惑うことかと思いますが、直接取引をさせていただくことは可能でしょうか?」


 ……今、なんて言った?

 直接取引?

 直接取引……だと!?


 宮中との? 直接取引!?


「は、はい! 私もぜひ、宝晶宮様との取引を望んでおります」


 私たち庶民にとって、宮中なんて遠い場所だった。

 それが、こうだ。

 立派な人たちなら、高価でも作品を買ってもらえるかもしれない!

 夢? じゃないよね!?


 楊明さんは満足げに頷かれ、私の手を優しく握った。


「では、明日、宝晶宮にお越しください。私自らがあなたをお迎えいたしましょう」


 彼の温かな視線が、私を包み込む。

 ただでさえ美しい顔なのに微笑まれて……心臓が跳ねた。


 * * *


 夕方になる。

 ここは、宝晶宮から歩いて数分の旅館、茶肆さいし


 その一室で一人ぼんやりと座っていると、今日の出来事がよみがえってきた。


 宝晶宮の長、楊明との出会い。あの優雅な立ち振る舞いと、私に向けられた温かな視線に、一瞬ドキッとしたのを覚えている。


 しかし、楊明は宝晶宮の長。私は小さな村の小さな物売りに過ぎない。

 そんな身分の差を考えると、恐縮せざるを得ない気持ちになる。


 楊明は私に、確かに温かく接してくれた。

 でも……それは、作品の評価の問題。


 ドキッとしたのも、単に敏感だっただけだろう。

 これでも歳頃の娘だから。生まれたの十八年前だから。


 それでも、楊明が私の作品に興味を持ち、宝晶宮に迎え入れたいと言ってくれたことは、私たちの村にとって機会となるかもしれない。

 この機会、絶対に逃しちゃいけない。


 この作品を通して、私たち石峰郷の人々の技術を世に知らしめる。


 そのために明日、絶対、絶対やってやるんだ。

 宝晶宮でこの作品を認めてもらって、中央の方でも噂にしてやるんだ!


 そうして石峰郷の品々をもっと外部に売り出して。

 この極貧最下層の庶民だらけの村を、もっといい村に変えて!


 私自身も、私の家族も、村のみんなも、みーんな裕福になるんだ!

 明日の食べ物にも困る生活は、したくないんだ!


 と意気込んでも当然現実は変わらない。

 本番は明日だ。


 明日、宝晶宮で作品を見てもらい。

 取引が成立するかどうかは明日次第。


 もっちろん、成立させてみせるんだけどね!!

 見ててね村のみんな、これから私たちの村、ちょびっと有名になるからね!!


 散々意気込んだ後、大人しく睡魔に襲われた。

 ううっ……太ももが痛い……。


 やっぱり途中の休憩で筋肉ほぐしとくべきだったかな……。

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