第28話 お詫び
シーアが診療所でいつものように働いていると、面会を求める人物がやって来た。
応接室に向かうと、そこに居たのはリーバーマン侯爵だった。
「前に言った詫びに参った」
侯爵は言葉少なにそう言う。そして部屋にいたギルド長を見た。恐らく退室を促したのだろうが、ギルド長はどこ吹く風だ。
「私は聖女と話がある」
侯爵がギルド長を睨みつけるが、ギルド長は鼻で笑った。
「私は年若い聖女の保護者代理ですの。一緒に話を聞きますわ。まだ知識が不足しているこの子に何か良からぬことを吹き込まれても困りますし」
侯爵は舌打ちをしてギルド長とにらみ合う。
「最近この国はギルドとの契約を反故にすることが多いですから。そろそろこの国を捨てようか迷っている所ですの」
そう言うと、侯爵は奥歯を噛み締めて席につく。シーアも促されてギルド長の隣に座った。
「まず狼は皆森へ返した。なるべく元々暮らした場所に近いところに返したから大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
シーアはほっと息をつく。笑ってリマの頭を撫でる。話を理解したのだろうリマは嬉しそうに尻尾を振った。
「それと先日屋敷で起こった事件の詫びだ。金貨を五十枚ほど用意させてもらった。確認してくれ」
シーアは思わぬ大金に目を剥いたが、ギルド長に数えるように促されて震える手で一枚一枚数えた。
「これでシーアも屋敷で起こったことは水に流すでしょう」
ギルド長の発言で、これは侯爵が事件とは無関係であるということにするための金なのだろうとシーアは気が付いた。
「それと一つ、詫びを用意した。聖女を侯爵家の養女として迎え入れる」
侯爵がそう言った瞬間、部屋の空気が凍った。シーアは侯爵が何を言っているのか理解できなかった。
「ふっ、侯爵はシーアを養女とすることが詫びになると本気で思っておりますの?」
ギルド長が侯爵を鼻で笑って、問い返す。侯爵は当たり前だと言いたげな顔をしていた。
「孤児から侯爵令嬢になるのだ。何の不満がある」
シーアは眉間にしわを寄せて侯爵を見た。この人は本気で言っているのだということがわかる。
ハニュもシーアの膝の上であきれ返っているようだった。
「だ、そうよ。どう?シーア?侯爵令嬢になりたい?」
ギルド長に聞かれたのでシーアはいいえと即断した。
シーアは気づいていた。この侯爵はシーアを聖女としか呼んでいない。侯爵にとってシーアはただの聖女で道具なのだ。いったい誰がそんな人間の娘になりたいと思うだろう。
侯爵は驚いているが、シーアは彼のアニータに対する仕打ちを見ている。彼は冷酷な人間だ。できれば関係など持ちたくないと思うのには十分だった。
「ほう、聖女は変わり者のようだ。私の養女になれば毎日ぜいたくな暮らしができるし、王子とだって結婚できるかもしれないぞ」
シーアはその提案を魅力的に感じない。はっきり言って貴族は怖いと思っている。王子と結婚と言われたって王子の顔すら知らないのだ。結婚したいなんて思わない。シーアは信頼できる家族と友人たちといる方がずっと幸せだと考えていた。
「あはははは、侯爵閣下は変わり者ですのね。誰もが貴族になりたがっていると思い違いをしているんですもの。そんな下らない地位よりも大切なものがあると、シーアはきちんとわかっている子ですわ。馬鹿にしないで下さる?」
ギルド長は絶好調だ。侯爵の言葉をそのまま返して皮肉を言っている。シーアは横で聞いていてハラハラした。
国は大陸全土に影響力を持つ冒険者ギルドに撤退されると非常に困る。最近軍が独断でギルドを怒らせることばかりしていたため、侯爵はギルドに対しては下手に出なければならなくなっているとギルド長は知っていた。だから言いたい放題だ。
侯爵は一旦引くことにした。
「そうか、では別の詫びを考え……」
「いえ、これだけで結構でです」
シーアは侯爵の発言を遮った。侯爵が何らかの形でシーアを利用しようとしていると気づいたからだ。これ以上は面倒なので些細なつながりさえも断ち切ってしまいたかった。
「あはははは。だ、そうよ侯爵様。もはやシーアに用事はありませんね。お帰り下さる?」
ギルド長はシーアの返答に上機嫌で侯爵を追い出した。
やっぱり貴族とは関わりたくない。シーアはしぶしぶ帰る侯爵を見てそう思った。
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