第34話 求婚

 冒険者ギルドに戻って数週間。シーアは街で自分が噂になっていることを知った。

「聞いたよ、シーアちゃん、第三王子のご病気を治したんだってね」

 街の人にそう言われ、お城での出来事がなぜ街で噂になるのかとシーアは不思議に思った。同時に王子様は完全に良くなったのだなと嬉しい気持ちになる。一月近く経って症状が現れないならもう完治したと言ってもいいだろう。

「ぶびぃ!」

 ハニュが誇らしげに鳴くので、シーアはハニュを撫でた。

「王子様の快気祝いに今夜はスペアリブにしようね」

「ぷぴぃ!ぷっぴー!」

 大喜びするハニュを見てシーアは笑う。

 

 最近は何事もなく、シーアの暮らしは順風満帆だった。王家からギルドに報酬が届き、そのあまりの金額にめまいがしたりはしたが将来のために大切に保管している。

 ギルド長が言うには王子の病も治したのなら私の病も治せという貴族からの横暴な手紙が何通か来ていたらしいが、王家の要請に特別に応じただけで、一般の貴族は決まり通りギルドに患者として来るよう返事を書いたようだった。

 貴族邸なんてもう行きたくないシーアにとってはありがたい話だ。

 本当に来た貴族も居たには居たが、彼らは病気が治ると感謝して帰っていった。本当に藁にも縋る思いでやって来ていたらしい。そういう患者の治療は、相手が貴族であっても手を抜きたくはないとシーアは思っている。それはハニュも同じ気持ちだろう。

 

 そんなこんなで、今ギルド内診療所は儲かって仕方のない状態だ。みんなの顔も明るい。

「ほらハニュ、スペアリブだよ」

 シーアは診療所の庭で、屋台で買って持ち帰ったスペアリブをハニュにあげる。奮発してリマにもちょっといい部位のお肉をあげた。

 シーア自身のお昼ご飯も今日は豪華だ。いつもは簡単なもの一品で済ませるのだが、今日は三品も買ってしまった。

「ぷぴぃー」

 ハニュの満足そうな鳴き声に、シーアとリマもつられて美味しいと舌鼓をうった。

 

 それはそれはいい気分で食事を摂っていたシーアだったが、午後にはその気分が急降下する出来事が起こるのだった。

 休憩から午後の勤務に戻ったシーアは、外が騒がしいことに気が付く。

 覗てみると、そこには立派な貴族の馬車があった。また横暴な患者が来たのかと、シーアは身構えたが、降りてきたのはリーバーマン侯爵だった。

 引き続き陰からこっそり覗いていると、侯爵の後ろからハリスバリエ第三王子が降りて来る。

 シーアはなんだか嫌な予感がした。

 

「あ、シーア!会いたかった!」

 ハリスバリエは目ざとくシーアを見つけると、駆け寄ってくる。

 シーアは思わず数歩後ずさった。

「聞いてよシーア、やっとシーアとの婚姻の許可が降りたんだ。僕と結婚してくれるよね?」

 こいつは一体何を言っているんだろうと、シーアは思う。シーアの嫌悪感を感じ取ったのかリマが前に出て近づこうとするハリスバリエを遠ざけた。

「……私は平民ですが」

 何を言っているのかわからないという顔でシーアが言うと、侯爵が前に出てきた。

「問題ない、聖女は我が家の養子になるのだからな」

 まだ諦めてなかったのかとシーアは腹立たしい思いだった。

「絶対に嫌です。あなたの養子になんかなりません」

 

 シーアが侯爵を睨みつけるとやはり侯爵は不思議そうにした。

「殿下との婚姻のためには仕方がなかろう、最低でも侯爵家との縁組が必要だ。あきらめろ」

「王子と結婚なんて絶対にしません!」

 シーアがそう宣言すると。二人とも驚いた。シーアからすれば当然のことで、何故驚かれるのかわからない。この二人は話が通じないとシーアはぞっとした。

「シーアは僕が嫌い?」

 落ち込んだ様子のハリスバリエが言うが、最早身分が違いすぎて好き嫌い以前の問題だ。そもそも価値観が違うのだ。まるで同じ人間と話しているような気がしない。

 

「うんわかった。シーアに認めてもらうまで、僕はここに通うよ。好きになってもらえるように頑張るから」

 今もシーアの意思を聞かず自己納得して話を進めている。

「何度いらしても私の気持ちは変わりません。他の患者さんの迷惑なのでお帰り下さい」

 そしてもう二度と来るなと、シーアは強気で追い返した。

 この求婚劇の噂は、あっという間に街に広がる。王子に求婚されたシンデレラガールと民達は大騒ぎだ。王子と結婚する気など微塵もないシーアは、勝手な祝福の言葉を投げかけられ困り果ててしまった。

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