落ちこぼれ聖女と転生スライムさん

はにかえむ

第1話 落ちこぼれ聖女

 シーアの仕事は主に雑用だ。十歳の頃からこの教会に通うようになってもう二年以上経つというのに、シーアにそれ以外の仕事が与えられることは無かった。

 稀有な治癒魔法が使える見習い聖女のシーアは、教会の規則で三年の間治癒魔法と、それ以外の魔法の勉強と無償奉仕をしなければならなかった。

 シーアは治癒魔法が使えるが魔力が圧倒的に足りず、擦り傷も満足に治すことができない。ゆえに落ちこぼれと呼ばれていた。

 

「あんた、ここの掃除しておいてちょうだい。私達は患者の治療で忙しいから」

 この教会の見習い聖女の中で最も身分の高いアニータ・リーバーマン侯爵令嬢が言った。彼女は次代の聖女長ともうたわれる実力者だ。こうして到底一人では掃除しきれない場所の掃除を嘲られながら任されるのも、もう慣れたものだった。本来なら見習い聖女が分担してやる仕事だ。

 教会には教会長や見習い以外の他の聖女がいるが、皆いつもアニータの顔色を伺って見て見ぬふりだった。神の説く平等と博愛の精神はどこに消えてしまったのかとシーアは思う。

 

 皆が教会で治療をしている中、シーアは一人掃除をする。患者に近づくことすら許してもらえないのに、なぜ教会に通わなければならないのか。

 実はシーアは一度教会を出ている。理由は魔力が足りなくて治癒魔法がほとんど使えないからだ。そうして教会を出る子は何人もいた。だがシーアはアニータによって教会に呼び戻された。体のいい小間使いが欲しかったのだろう。アニータは見習い聖女がやるべき雑用をすべてシーアに押し付けた。

 なぜシーアだったのか、それはシーアが伝説の救国の大聖女である『シーラ様』と全く同じ薄桃色の髪色をしているからだ。アニータは『シーラ様』より濃い桃色の髪をしていて、幼い頃から大聖女と似た髪色であることを誇りに思っていたらしい。そこに平民のくせに『シーラ様』と同じ髪色をしたシーアが現れた。要するに気に入らなかったのだ。

 髪と目の色はその人の魔力の質を現す。つまりアニータよりもシーアの方が、治癒魔法に適した魔力を持っているということだ。

「ばかばかしいな……」

 シーアはため息をついた。魔力の質は良くても、魔力量が少なくては治癒魔法は使えない。生活魔法程度しか使えないのに、どうして髪色だけで目の敵にされなければならないのか。シーアにはアニータの考えがわからなかった。

 

 いつも通り朝の掃除を終わらせると、午後は勉強の時間だ。シーアはこの時間だけは大好きだった。シーアは本来教育など受けられる身分ではない。親のいない孤児だからだ。かろうじて文字の読み書きと簡単な計算だけは孤児院の院長先生から教わっていたが、それ以外は全く未知の領域だった。

 知らないことを知ることができるのは楽しい。周囲が裕福な家の出ばかりの中、孤児であるシーアが勉強についてゆくのは大変だったがめげずに頑張っていた。

 

 勉強が終わると、急いで孤児院に帰って院長先生に今日は何を習ったか報告する。院長先生はシーアにとって母親代わりの大切な人だ。

 院長先生は春から肺を悪くしていて、今はもう寝たきりだ。シーアは院長先生に心配をかけないため、教会での扱いの事は黙っていた。

「勉強は楽しいかい?シーア」

「はい、とっても楽しいです!今日は従魔の契約について習いました!」

 シーアが習ったことを話すと、院長先生は笑ってくれる。

「シーアは魔力は少ないけど勤勉だから、もし魔力が潤沢な従魔が見つかったらいい聖女になれるかもしれないね」

 従魔契約とは互いの同意がなければ行えない、とても難しい契約だ。いや魔法自体は簡単だが、まず魔物が従魔契約に応じてくれることがほとんどないのである。多くの魔物にとって人間は脅威だ。お互いの魔力を共有できる従魔になどなっても魔物側にメリットはない。

 だから従魔契約に成功した者は魔法使い達から一目置かれる。そして他者の従魔に手を出すことは重罪である。それくらい従魔を持つ者は希少なのだ。治癒魔法を使える者より少ないかもしれない。

「従魔なんてさすがに無理です。でももうすぐ奉仕期間も終わりますし、教会を出たら冒険者ギルドで職員として雇ってもらえないか聞いてみるつもりです」

 冒険者ギルドではある程度の学のある人間は歓迎されるという。冒険者なんて野蛮だと、裕福な家の人間はなりたがらない職業だしシーアにはちょうど良かった。

「それは良いね。知識は何物にも代えがたい財産だ。シーアならきっと重用されるよ」

 院長先生はすっかり細くなった手でシーアを撫でた。シーアはそれだけで教会でのことは辛いと思わなかった。むしろ勉強ができて嬉しいくらいだ。アニータは、シーアがこう思っていることは知らないだろう。

 アニータが呼び戻してくれなければ、シーアは勉強ができなかった。そのことにアニータが気づいたらどんな顔をするだろう。きっと鬼のような形相で悔しがるだろうなと、シーアは思った。

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