第4話 アニータの怒り

 翌日の朝、シーアはハニュと一緒に教会へ向かう。ハニュと従魔契約したことで治癒魔法が使えるようになったと言えば、治療にも参加させてもらえるかもしれないとシーアはわずかな希望を抱いていた。

 機嫌の良さそうなシーアにハニュも腕の中で上機嫌だ。街並みをきょろきょろと見回しては落ち着きがない。

「今から教会に行くんだよ」

 シーアは道すがら教会に通っている経緯を説明する。アニータ侯爵令嬢の話になった時は、ハニュも一緒に怒ってくれた。なんでも話せる友達がいるのは心強いなとシーアは思う。

「着いたらまずは教会長の所に行かなきゃね」

 

 シーアは教会長の部屋の扉を叩くと、教会長に直訴する。今日から患者の治療に参加したいと訴えた。

 教会長は目を丸くしてハニュを見ていた。

「それは……できません」

「どうしてですか?」

「ほら、うちの教会としてもですね……アニータ様の機嫌を損ねるのは……寄付もたくさん頂いてますし……」

 シーアはあきれ返った。この教会は骨の髄まで侯爵家の犬らしい。

「いつか天罰が下りますよ」

 シーアは思わずつぶやいた。教会長は何と無礼なと憤っている。

 結局ここに正義などありはしないのだ。シーアは教会長の部屋を出た。

 

「治癒魔法の練習ができるかと思ったのに、残念だね」

 シーアは怒りに震えるハニュを撫でながら、自分の代わりに怒ってくれる友達がいるのは良いなと思っていた。

「ああ、居た。あんた。どこに行っていたの」

 聖堂に向かう途中アニータに遭遇して、シーアはため息をつきたくなった。

「教会長の所に行っていました」

 アニータはシーアの腕の中のハニュを見ると、目を丸くした。

「それはなに?」

「昨日従魔にしました」

 アニータの眉がぴくりと動く。

「従魔ですって?冗談でしょう?あんたごときにできるはずないじゃない」

 さすがに腹が立ったシーアは言い返す。

「とても簡単でしたよ。アニータ様もやってみたらいいんじゃないですか?」

 簡単と言われてプライドが刺激されたのだろう。アニータは眉を吊り上げて怒っていた。

「従魔を持ったからって、大きな顔ができると思わないことね!あんたは一生教会の掃除をするのだから!」

 そう言って取り巻きと共に去ってゆく。

 

 一生とはどういう意味だろうか?シーアの見習いとしての任期はあと数か月で終わりだ。それが終わったら教会を出ても許される。いくら教会でも任期の終わった見習い聖女を拘束することなんてできない。教会に与えられている役割は、稀有な治癒能力を持つ人間を教育するだけなのだから。

 治癒能力持ちを欲しがる職場はいくらでもある。見習い期間の終わった聖女を合意なしで無理やり働かせたら犯罪になり、訴えられたら終わりだ。イメージを何より大事にする教会がそんな馬鹿なことをするとは思えない。

 侯爵家の権力を使うつもりだろうか?だったら任期が終わったらできるだけ遠くの冒険者ギルドに事情を話して避難した方がいいかもしれない。冒険者ギルドは各国にある国際組織だ。国から撤退されたら困るので、国もその機嫌を損ねることはできない。いくら侯爵家でも手が出せないだろう。

 院長先生の具合が心配だから、あまり遠くに離れるのは嫌だったんだけどなとシーアはため息をついた。

 

 腕の中のハニュが、心配そうにシーアを見ている。

「大丈夫だよ、ハニュ。私だってちゃんと考えてるんだから!」

 シーアの言葉にハニュは感心した様だった。褒めてくれているような気配を感じる。

 孤児院育ちのシーアは幼い頃からよく理不尽な目にあってきた。そのため些細な事ではへこたれない雑草魂を持っているのだ。

 見習い期間中に治癒魔法の練習をするのはあきらめて、勉強に集中しよう。シーアはそう決めて教会内の掃除に向かった。

 

「ハニュ、大人しくしててね」

 ハニュを机の上に置いて掃除を始めようとすると、ハニュは突然ぷぴぃと鳴いて風の魔法を使った。棚の上や照明の上から埃が舞い落ち、床の埃と一緒に一か所に集められる。

 シーアは感動した。

「それ、私にもできるかな?」

 シーアが問うとハニュは胸を反らせてぷぴぃと鳴く。できると言っているようだ。

 魔法を使おうとすると、シーアの中のハニュの魔力が、まるでシーアを導くかのように動きだした。ハニュが魔法のサポートをしてくれているようだ。

 シーアはハニュに導かれるままに魔法で掃除を終わらせた。

「やった!ハニュ、ありがとう!いつもの半分以下の時間で終わったよ!残りの時間は書庫で本でも読もう」

 ハニュは得意げにぷぴぃと鳴くと、シーアの腕の中に飛び込んだ。


 

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