第5話 魔法の練習
その日の午後の授業が終わって孤児院に帰ると、シーアは真っ先に院長先生の所へ行った。
「ハニュが魔法を使った掃除の仕方を教えてくれたんです!おかげで書庫で勉強できる時間が増えました」
「そう、ハニュが魔法を手伝ってくれるのね。よかったじゃないか、きっと難しい魔法もすぐに使いこなせるようになるよ」
ハニュがシーアの膝の上で得意げにふんぞり返る。シーアはハニュを撫でながら、この後は森でハニュに魔法を教えてもらうのだと楽しそうだ。
「誰にも見られないように注意するんだよ。ハニュ。シーアをよろしくね」
ハニュはぷぴぃと鳴くと、シーアに魔力を流した。ハニュに促されたシーアは導かれるままに院長先生に治癒魔法を使う。
「ああ、楽になったよ。ありがとう。気を付けて行ってくるんだよ」
嬉しそうに目を細める院長先生の部屋を後にし、二人は森へ向かう。
ハニュには心配なことが一つあった。院長先生の病はもう治癒魔法でも治らない。今ハニュがシーアに
しかし、シーアは気が付いていない。治癒魔法を使えるようになったことで、院長先生を治せるかもしれないと無邪気に信じている。シーアはまだ、ハニュに促されて使った魔法の効果をすべて理解できるほど魔法に慣れてはいなかった。
ハニュは密かにため息をついた。この切なさがシーアに伝わってしまわないよう注意しながら、一日でも長く院長先生に生きていてほしいと祈るのだった。
「ハニュ?どうしたの?」
静かなハニュにシーアは問いかける。ハニュは何でもないというようにプルプルと震えた。
シーアはハニュと出会った湖へ向かう。
「うん、ここなら魔法の練習ができるね!最初は水の魔法がいいな。水を出せたら毎日の水くみが楽になるでしょ」
この街には共同水道がある。しかし街の外れにある孤児院からは少し遠い。孤児達は毎日長距離を水を運んで移動しなければならないのだ。
生活魔法として水を出せる子は多いが、出せる水の量には限りがある。そもそも孤児は総じて魔力量がとても少ないのだ。それは幼少期に十分な栄養を取れないため、魔力器官が発達しないからと言われている。貴族は幼い頃から積極的に魔力器官を鍛えるトレーニングをするため、魔力量が多い。あとは遺伝的な問題もあるらしい。
「よし、教えて、ハニュ」
魔法を使うには基本的に呪文の詠唱などは必要ない。ただ習い始めの頃だけは簡単な呪文を詠唱するのが推奨されている。そうでないと人によっては全く違う魔法が発動してしまったりするからだ。魔法は想像力ありきなので、雑念がとんでもない結果をもたらすこともあるのだ。
ハニュはシーアを導くように魔力を流した。その通りにシーアが魔法を発動すると、手から水が噴き出した。ハニュはそれを弱めてみたり強めてみたりする。魔力の調節の仕方をシーアに教えるためだ。
シーアは感動していた。これまでシーアはコップ二、三杯の水しか出すことができなかった。それが今は好きなだけ水が出せるのだ。すべてハニュの魔力のおかげだが、それでも嬉しかった。夢中で、ハニュのサポートが無くても水量の調節ができるよう練習する。サポート無しで魔法を使うのは難しかったが、シーアはそれすら楽しんでいた。
ハニュの魔力が少なくなるまで水魔法の練習をしたシーアは、孤児院に戻ると早速水瓶をいっぱいにしようとした。しかし、ハニュに何度お願いしても魔力を貸してくれない。伝わってくる感情的には叱られているようだった。
シーアは困って院長先生に聞いてみた。
「それはシーアがすべてを魔法でやってしまったら、シーアが居なくなった後みんな困ってしまうからさ」
ハニュはその通りと言うように震えた。
「でも、みんなに楽をしてほしいと思って……」
「人間楽に慣れると碌なことにならないよ。特に孤児の人生は過酷さ。私達は日々の生活から生き抜く強さを身につけなければならない。少しの助けならいいよ。でも全部引き受けてはダメだ。ハニュはそう言いたかったんだと思うよ」
シーアはハニュを見つめる。ハニュはなんだか心苦しそうだ。ハニュもできるなら助けてあげたいと思っているのだろう。でも心を鬼にしてみんなのために手を貸すなと言っているのだ。
シーアは反省した。確かに軽率だったかもしれない。
院長先生は目を細めてハニュを撫でる。
「ありがとう、ハニュ。シーアに教えてくれて。ハニュが居たら安心だね。これからも頼むよ」
ハニュはそこに込められた思いをくみ取って涙が出そうになった。しかしぐっとこらえてしっかりと頷く。ハニュはもう、シーアを守ると決めていた。
シーアはまだハニュの決意など何も知らないまま、このままの日々が続くと信じていた。
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