第25話 逃亡劇
それはハニュとリマが庭で遊んでいた時の事だった。ハニュは庭の柵の向こうから何者かの気配を感じた。
「ぶぴぃ?」
リマも少し警戒したように唸っている。シーアの元に帰るべきだろうか、ハニュがそう思った時だった。
柵の向こうから突然何かボールのようなものが投げ込まれた。そこから煙が噴き出し、ハニュとリマは体の自由を奪われた。即効性の痺れ薬だと、ハニュが気づいたときにはもう鳴き声すら出せなくなっていたのだ。
柵の向こうから数名の男が顔を出す。どうやら街のごろつきのようだ。
「へへ、こいつらを捕まえるだけで金貨が貰えるんだ。いい仕事だぜ」
男達はどうやら何者かに金で雇われたようだ。ハニュはなんとかシーアに異常を伝えようと心の中で必死に呼びかけた。しかしシーアは気づかない。檻に入れられたリマと水槽に入れられたハニュは、あっという間に攫われてしまった。
ハニュはガラスの水槽から外を眺めていた。なんとしてでも逃げ出してシーアの元に帰らなければ。そのために必死に道を覚えていた。
やがて体の痺れも無くなり、ハニュ達は大きな屋敷に運び込まれた。
「ぷぴぃ!」
部屋に運ばれてしばらくすると、シーアに呼ばれたように感じた。ハニュは懸命に返事をしようと念じる。どこか安心したような気配が伝わって来た。ひとまずシーアは安全な場所にいるようだと、ハニュは胸を撫で下ろす。
またしばらくすると、現れたのはアニータだった。威嚇するリマが鞭で打たれそうだったので、ハニュはリマに落ち着くように言った。
アニータが部屋から出ると、ハニュはここから逃げ出すために奔走する。
幸い、知能が低いスライムが逃げ出せるはずがないと思ったのだろう。リマの檻には鍵がかけられていたが、ハニュの水槽には蓋すらされていなかった。
ハニュは一生懸命体を伸ばすと、水槽の外に出る。きょろきょろと体をひねってリマの檻の鍵を探すと、棚の上に鍵を見つけた。
「ぷぴぃ!」
リマに待っててと言うと、棚の上によじ登る。ハニュは器用に鍵を体の中に取り込むと、リマの檻の前に戻った。早く鍵を開けなければ、アニータが戻って来てしまうかもしれない。ハニュは必死で檻の鍵を開ける。
何とか鍵を開けるのに成功すると、ハニュはリマの上に飛び乗った。
リマは部屋の扉を器用に開けると、外に出る。部屋の扉に鍵がかけられていなかったのは僥倖だ。
「ぷぴぃ!ぷぴぷぴ!」
ハニュが人に見つからないように外に出ようと言うと、リマは人の匂いの少ない方に向かって歩き出した。
しばらく歩くと、リマは仲間の匂いがするのを感じた。きゃんと鳴いてハニュに伝える。
二匹はリマの同朋を助けることにした。
地下に続く階段を下りると、そこは牢獄のような場所だった。檻の中に十数匹の狼の魔物が押し込まれている。狼達はみな傷だらけで弱り切っていた。
「きゃん!」
リマは彼らに一緒に逃げようと声をかける。ハニュは牢獄の鍵を探した。幸いドアの横に置いてあったので、先ほどと同じように鍵を開ける。
狼達は興味深そうにハニュを見ていた。
「ぷぴぃ!」
ハニュは狼達の怪我を治す。時間が無いのでとりあえず酷いものだけを治した。
狼達は大人しくリマについてくる。
いつの間にか、屋敷の中は騒がしくなっていた。アニータが逃げ出した二匹を捕まえるよう、使用人に命令したからだ。
たくさんの狼達を連れて、人間に見つからないよう移動するのは至難の業だった。
やがてハニュ達は使用人に見つかってしまう。しかし、使用人はハニュ達を見つけると悲鳴を上げて逃げていった。当然のことだ。侯爵家の使用人は何不自由なく育った良い所のお嬢さんやお坊ちゃんだ。狼の群れに対抗する手段など持ち合わせてはいない。
屋敷の中はあっという間にパニックになった。今度は使用人達が、狼から逃げる側に回ったのだ。これまでアニータに虐げられた狼は嬉々として使用人達を威嚇し、追いかけては噛みついた。
ハニュはリマを通して殺すなと命令するのが精一杯だった。興奮した狼を止める術など、ハニュだって持ち合わせてはいない。幸い狼達は助けてくれたリマの言うことに耳を傾けてくれたので、死者は出ないだろう。
ハニュ達が使用人達を追いかけながら出口を探していると、外から小さく声が聞こえた。
「ハニュ!リマー!」
シーアだ。リマは答えるように遠吠えをした。ハニュを乗せたリマは、声のした方を目指して駆け出す。狼達もそれに続いた。
やっと屋敷の出口を見つけて外に出た時、二匹は号泣したシーアに抱きしめられた。
「良かった!心配したんだよ!」
ハニュはシーアの胸の中で安心した。その目には一滴の涙が伝っていたが、誰にも見られることは無かった。
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