第26話 娘
貴族街の屋敷にたどり着いたシーアと冒険者と衛兵は、門番に内部の捜索を依頼した。
しかし上位貴族家の門番である。衛兵がどれだけ要請しても首を縦に振ることは無い。侯爵の許可が必要ですの一点張りだった。
「ハニュ!リマー!」
シーアは居てもたってもいられなくなって叫ぶ。間違いなくハニュとリマはここに居ると、シーアの感覚が伝えていた。二匹がシーアの声に応える気配がする。
しかし侯爵家の屋敷は門から屋敷までが遠すぎる。声は届かないだろう。
「うるさいぞ、さっさと失せろ」
門番がシーア達を追い返そうとするが、衛兵がいるから暴力に訴えるわけにはいかないのだろう。強く言われるだけで実力行使には出なかった。
「我々は侯爵が戻るまでここで待たせてもらう」
衛兵を引き連れた部隊長が門番に言うと、門番は鬱陶しそうに使用人を呼んで侯爵に手紙を届けるよう指示する。
衛兵も絡んでいるのだから放っておくのは得策ではないと判断したのだろう。
侯爵から連絡があるまで門前で待機していると、屋敷の中から血まみれで走ってくる使用人がいた。
「助けて、狼が!」
使用人は門番に縋り付く。みな驚いて使用人を見た。
「狼の群れが屋敷の中に……!アニータお嬢様が連れてきた狼達が逃げ出したの!」
何が起こっているのだろう。シーアにもよくわからなかった。アニータは狼を飼っているのだろうか。
使用人の錯乱ぶりにあっけにとられていると、豪華な馬車が門に近づいて来た。
「なんの騒ぎだ」
馬車の中から、居丈高な声がする。
「お帰りなさいませ、閣下」
門番が使用人を引きはがして慌てて礼をする。衛兵も頭を下げたが冒険者達はそのままだ。
馬車から降りてきたのは恰幅のいい紳士だった。きっと侯爵だとシーアは思った。
侯爵は血まみれの使用人を見て眉根を寄せる。
「従魔が誘拐された事件を調べているのではなかったのか?」
門番から貰った手紙と状況が違いすぎると、公爵は門番を睨んだ。
侯爵に睨まれた門番が、使用人から聞いた言葉を侯爵に伝えると侯爵は舌打ちをした。
侯爵はシーアを見る。
「お前が噂の聖女か。屋敷の中に入ることを許可する。おおかた誘拐はアニータの仕業だろう」
あっさり娘の犯行を認めた侯爵に、シーアは面食らう。
「自分は関係ないと?」
リンデルが問いかけると、侯爵は面倒くさそうに返す。
「ああ、私がそんな下らない事件を起こして何のメリットがある。すべてはバカ娘の独断だ」
あまりに簡単に言い切る侯爵に、シーアは混乱した。アニータはことあるごとに父に訴えるという言葉を使っていた。だから溺愛されているものだと思っていたのだ。
「早く従魔を連れ戻すといい」
侯爵の一声で門が開けられると、シーアは駆け出した。
「ハニュ!リマー!」
屋敷の扉を開けながら叫ぶと、リマの声が聞こえた。シーアは泣きながら二匹の気配を追う。こちらに向かっているのがわかる。姿が見えると、シーアは二匹に飛びついた。
「良かった!心配したんだよ!」
感動の再会を、口元を血で染めた狼達が大人しく見守っている。
その光景を、侯爵は怒りの形相で見ていた。
「アニータを連れてこい。衛兵に引き渡す。それと絶縁状をここに」
侯爵が執事に命ずると、執事は迅速にアニータを連れてきた。
「お帰りなさい、お父様。どうかなさいましたの?」
アニータがにこにこと玄関にやってくると、狼達が騒ぎ出す。アニータは狼達を見て驚愕した。
「なんで狼がここに……」
狼に目を奪われているアニータの顔を、侯爵が杖で打った。アニータは座り込んで茫然と侯爵を見つめる。
「お前はもう私の娘ではない。どれほど侯爵家の名に泥を塗れば気が済むのだ。お前は絶縁して兵に引き渡す」
アニータには意味がわからなかった。アニータは失ったものを取り戻そうとしただけだ。罪など犯してはいないと思っている。
「この罪人を連れて行け」
侯爵がシーア達と一緒に来ていた衛兵に命じると、衛兵は容赦なくアニータを引きずっていった。
シーアは急展開にポカンとしていた。アニータはやはり溺愛されているわけではなかったのだろうか。
「侯爵は娘を切り捨てたんだよ。絶縁してすべての罪をアニータ嬢に押し付けるつもりだ」
リンデルがシーアに教えてくれたが、シーアはなんだかもやもやした。
「さて、聖女よ。アニータは捕まったが侯爵邸で起きた事件だ。そなたには私にできる範囲で詫びをしようと思う。後日使者をおくるので穏便に済ませてはくれないか」
「頷いておけ。敵に回してもいいことは無い」
リンデルが言うのでシーアは頷いた。するとリマとハニュが鳴きながら狼達を見た。シーアは傷だらけの狼達を見て侯爵に話かける。
「あの、この狼達の治療をしてもいいでしょうか?」
「……かまわん。アニータが勝手に連れてきたものだ。治療後、森に返すのを手伝おう」
こうして誘拐騒動は幕を閉じた。シーアにとってはなんだかすっきりしなかったが、ハニュ達が戻ったことは何よりだ。今はそれを喜ぶだけでいいかと気持ちを切り替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。