第16話 ギルド内診療所

 スタンピードの終息から四日。シーアはギルド内の診療所で働いていた。

 ギルド内の診療所には聖女だけではなく普通の医師もいる。シーアは診療の傍ら、医師に頼み込んで魔法を使わない医療や薬学などを教わっていた。

 

 シーアはノックをして病室に入る。

「やあ、今日も頑張ってるね、シーアちゃん」

 今日はリンデルの治療の最終日だ。これでスタンピードで負傷した冒険者はみんな完治したことになる。あの日救護場にたどり着く前に亡くなった人も数名居たが、救護場までたどり着けた者は全員無事完治した。これはとても喜ばしいことだ。

 リンデルの左腕も今や普通に動かせるまでに回復している。今日最終チェックをしたら元通り動かせるようにリハビリに移行してもらうことになるだろう。

 シーアはリンデルの腕に魔力を流して状態を確かめた。大丈夫そうだと結論付けるとカルテに完治と書き込む。

「良かったですね。もう日常に戻れますよ。でもしばらくは左腕に負荷をかけすぎないように気を付けてください」

「ありがとう、シーアちゃんのおかげだよ。こんなに早く仕事に戻れるとは思って無かった」

 リンデルはホッとしたように笑った。冒険者は完全歩合制だ。スタンピードの対処に協力した冒険者には報奨金が出たが、それほど高額ではない。長期間働けないのは痛手だろう。

 リンデルはリマとハニュを撫でて、二匹にもお礼を言った。二匹とも誇らしげにしていて微笑ましい。

 

「リンデルさんは森の調査に参加するんですか?」

「そのつもりだ。オーガが狂化した原因を探さなくてはならないからな」

 魔物の狂化現象は多くは魔力溜まりが原因で起こると言われている。詳細はまだ解明されていないが、ひと所に魔力が溜まりすぎるとそれが悪性の魔力に変化し、魔物を狂わせると言われている。そしてそれは他の魔物にも伝播する。そうして凶暴性を増した魔物が森から出てきて人間を襲うのだ。

 だから魔力溜まりは見つけ次第潰していかないといけない。今回は狂化したオーガの巣の近くに巨大な魔力溜まりがあると推定されていて、軍と協力してオーガの生息域を調査している所だ。

 第二のスタンピード発生を防ぐためにも早く見つかってほしいと皆思っていた。

「病み上がりなんですから気を付けてくださいね。何かあったらすぐロキシーさんに言うんですよ」

 シーアがギルドの聖女として同行しているロキシーの名前を出すと、リンデルさんが微妙な顔をした。何故か冒険者はロキシーにはみんな頭が上がらないようだった。

「叱られないように気を付けるよ」

 シーアは笑ってしまう。まるで子供の様だ。リンデルは肩をすくめると、診療所を後にした。

 

「ああ、良かったね、シーアちゃん。最後の患者が治って。こっちにおいで、昨日の続きを教えてあげよう」

 医師のアマンゼがお菓子を片手に手招きしてくる。ハニュが真っ先にアマンゼの元に跳んで行った。

「ぷぴぃ!」

「ああ、ハニュちゃん。お菓子もたくさんあるからね。一緒に食べようね」

 アマンゼは中年の男性だ。魔物が好きなようで、ハニュとリマを可愛がってくれている。リマのために部屋にジャーキーを常備してくれたくらいだ。

 シーアはアマンゼに医療を教わるのが好きだった。

「僕も女性だったら聖女になりたかったんだけどね。男に生まれてしまったからね。治癒魔法が使えないことをどれだけ悔やんだかしれないさ」

 治癒魔法を使えるのは、なぜか女性しかいない。教会いわく、神が女性のみに特別に与えた能力だからだ。

 アマンゼには病に侵された家族が居た。しかし貧困家庭の生まれであるアマンゼには家族を聖女に診せられるだけの十分なお金が無かったのだ。だから医者の元に押しかけて医学を学んでいた。結果、家族は亡くなってしまったようだが、今でも医師として患者を治療し続けている。シーアにとっては尊敬すべき人だ。

「シーアちゃんは勉強熱心だからね。普通聖女は医学を学ぼうなんて考えないんだよ。シーアちゃんが初めてだよ、教えてほしいなんて言ってきたのは」

 シーアはハニュのおかげで、何が聖女の治療に役立つかわからないと考えるようになっていた。少しでも治療の役に立つような知識を知りたかった。ハニュもその考えには賛成の様で、一緒にアマンゼの講義を真剣に聞いている。

 

 冒険者ギルドに就職してからのシーアの生活は、はっきり言って順風満帆だった。

 だから忘れていたのだ。シーアに執着し、不幸を願っていた人が居たことを。シーアが忘れてしまっても、その人はシーアを忘れはしなかった。むしろますます憎悪を募らせているとは、シーアは思いもしなかったのである。

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