第17話 教会にて

 アニータには野望があった。

 伝説の大聖女『シーラ様』のような人生を送ることだ。具体的に言うとその治癒能力の高さと美貌から王子に見初められ結婚することだった。国王に溺愛されている第三王子ハリスバリエは、未だ婚約者が決まっていない。そのうえ王家に相応しい美貌と教養を持っていた。それこそ国外からも見合い希望の姿絵が届くほどだ。

 アニータは知っていた。自分がハリスバリエの婚約者候補に名を連ねていることを。侯爵家の生まれで多くの魔力と治癒魔法の才能を持っているのだ。当然だとアニータは思っていた。

 ハリスバリエと結婚するために、アニータは教会で治療をするときにはニコニコと猫をかぶっていた。教会長に賄賂を渡して自分のいい噂を広めてもらうのも忘れてはいない。

 もうすぐアニータの見習い期間は終了だ。そうしたらこの教会の所属の聖女となって、貴族でありながら神に仕えることを決めた敬虔な聖女として王子に見初めてもらうのだ。

 アニータはその野望が叶うことを疑ってはいなかった。

 

「今日もあれは居ないの?一体何日休むつもりよ」

 アニータが苛立たし気に机を叩く。ここ数日連続でシーアを見かけないために、雑務を押し付ける事ができていない。前にもこんなことがあったが、その時は教会に連絡があった。しかし今回は、教会長いわく無断欠席らしい。落ちこぼれのくせに生意気だとアニータは怒っていた。

「あの、アニータ様。ちょっとよろしいでしょうか?」

 教会長がアニータに声をかける。教会長は最早アニータの犬だ。今まで散々賄賂を渡してきたのだ。逆らうことなどしないだろう。

「あら、教会長。何かしら?」

「実はシーアの事なのですが、五日ほど前に契約が終了していたようでして……もう教会へは来ないかと思われます」

「なんですって!?早く呼び戻してちょうだい。できるでしょう?」

 アニータは一生シーアをこき使う気満々だった。孤児のくせに『シーラ様』と同じ髪色で、従魔まで手に入れたあの生意気な小娘に現実をわからせてやりたかった。

「申し訳ありませんが、教会では契約が終了した聖女を拘束することはできないのです。これを機に別の小間使いを探されてはどうでしょう?魔力不足で治癒魔法がほとんど使えない聖女ならたくさんおりますし……」

 教会長の言葉にアニータは逆上した。持っていた扇で教会長の頬を打つ。

「役立たずね!あんたに拒否権なんて無いのよ。さっさとあれを連れ戻しなさい」

「……かしこまりました」

 教会長が去っていくと、アニータは爪を噛む。シーアが不幸になることがアニータの望みだ。勝手に離れていくことなどあってはならない。

 

 一方教会長は悩んでいた。

 アニータがそれほどシーアに執着しているとは思っていなかったのだ。教会長はアニータのために危険な橋を渡るつもりは毛頭なかった。適当に持ち上げて適度に金を搾り取れたらそれでいいと思っていたのだ。

「そろそろ潮時か……」

 教会長からすればアニータは簡単な相手だった。アニータはこれまで教会長にたくさんの賄賂を渡してきた。甘やかされて育ったお嬢様であるアニータは、賄賂を渡すリスクをわかっていなかったのだ。金さえ払えばみんな言うことを聞くと思っていた。それなら今度はそのことを王家にばらすと、逆に脅迫してしまえばいい。

「馬鹿な女だ」

 教会長は後どれだけ金を搾り取れるかと頭の中で計算してほくそ笑んだ。

 自室に戻ると昼間からワインボトルをあけてグラスに注いでで飲み干す。本来聖職者は酒を禁止されている。だがこの教会は教会長の城だった。誰も教会長を裁くものなど居ないのだ。

 

 いい気分で教会長が酒を飲んでいた時、扉をノックする音が聞こえた。

「教会長、お客様です」

 教会長は舌打ちをして酒を片付ける。酒の匂いをごまかすために香水を振りかけると、扉を開けた。

「どなたがいらっしゃったのでしょう?」

 伝えに来てくれた教会所属の聖女に問うと、聖女は困ったような顔をして言った。

「それが、教会本部からのお客様だそうで……」

 教会長は瞠目した。何故教会本部の人間が突然やってくるのかわからなかったからだ。教会長は嫌な予感がした。

 急いで聖堂へ向かう。そこには数名の教会本部の徽章をつけた聖職者たちが居た。

「これはこれはみなさんお揃いで、何かありましたかな?」

 教会長は緊張しながら問いかけた。悪い予感が当たらないように。それだけを祈りながら。

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