第18話 教会からの使者

 シーアが診療所でアマンゼに勉強を教わっていると、ギルドの方が騒がしいのに気が付いた。急患かと思いながら二人でギルドの受け付けを覗き込む。

「お探しの聖女に会わせる訳にはまいりません。彼女はうちの専属聖女です。教会の人間にはもう関係ありませんので」

 そうだそうだと周りの冒険者が囃し立てる。受付に居るのは教会の制服を着た数名の男達だった。周囲のあまりの圧に狼狽しているようだった。

 アマンゼがシーアの裾を引く。シーアは顔を引っ込めた。

「どうやら噂を聞いて君を連れ戻しに来たようだね。安心して、うちの職員の結束は固いからね。連れ戻されたりしないよ」

「噂……ですか?」

「シーアちゃんのこの間の活躍はもうかなり有名になっているからね。冒険者と一般庶民の噂の広まりを舐めちゃいけないよ」

 シーアには寝耳に水の話だった。いつの間にそんな有名人になっていたのか。

 

「ギルドは教会と違って高価だが民の怪我や病気も治療している。まあ、教会もそれなりの喜捨が無ければ見習いにしか治療してもらえないけどね。だから優秀な聖女が入るとどうしても噂になるんだよ。緊急の時にどちらを利用するか民は選べるというわけだ。シーアちゃんはベテランがもう切り落とすしかないと判断した腕を切り落とさずに完治させた。それに従魔連れだ。そりゃあ有名になるよ」

 シーアは最近外に出るたびに注目を浴びていた。時にはにこやかに聖女様と声をかけられたりしていた。ギルドの直属聖女の制服を着て従魔を連れているせいかと思っていたが、少し違ったらしい。

「ぷぴぃ……」

 ハニュが心配そうにこちらを見ている。大丈夫だよといってシーアはハニュを撫でた。ギルドに就職したのだ。教会も迂闊にシーアに手を出せないだろう。

 念のため出かけるときは気をつけよう。

 

 しかし、数十分後シーアはギルド長に呼び出された。応接室の扉をノックして開けると、中にはギルド長と数名の冒険者。そして教会の関係者が居た。教会の関係者が居たことで、シーアは後ずさる。

「大丈夫よ、何があっても守るから、入っていらっしゃい」

 ギルド長の言葉に、シーアは覚悟を決めて中に入る。ギルド長の隣に座ると、教会関係者と相対した。

「今日は市井で出回っている噂が本当か、教会本部から調査に来ました。本当だったらこちらもその教会長に処分を下さねばなりませんから。真実の宝珠を使います。教会であったことを話してただけませんか?」

 真実の宝珠とは、教会の所有する神の作りしアーティファクトだ。たまにどこかから見つかる珍しい聖物である。効果は嘘を見抜くことだったはずだ。

 シーアは教会であったことをありのままに話した。嘘をつく必要なんてない。話し終わると、教会関係者は眉をひそめて唸っていた。

「あなたにはもう一度教会で見習いとして学ぶ権利があります。もちろん今度は紹介状も出ますし、くだんの貴族令嬢は近づけないようにしましょう。教会に戻りませんか?」

 

 そう言った瞬間。部屋の温度が下がった気がした。冒険者さん達とギルド長が教会関係者を睨みつけている。

「勧誘はしないというお約束でしたが、教会関係者は一度した約束を反故にするのがお得意の様ですね。厳重に教会本部に抗議させていただきましょう。市井にありのままの噂が流れるのも覚悟しておいてくださいね」

 ギルド長の言葉に教会関係者は青ざめる。しかし、めげずに言い返した。

「しかし、彼女にとってもこんなところで働くよりその方がいいはずだ。優秀な若者の未来を潰すつもりか」

 ああ、この人たちは冒険者を見下しているのだ。シーアは苛立った。

「あなた方こそ、私の未来を潰そうとしているのではないですか?あなた方のような選民意識の強い、聖職者の風上にも置けない方々の所で学べることなんてありません。本当に私の事を思うなら、もう二度と来ないで下さい。教会には二度と関わりたくありません」

 シーアが断言すると、教会関係者は目を丸くした。この人達はシーアを連れ戻すように命令でもされているのかもしれない。なんとかシーアの気をひこうと職場の斡旋の話をし始めた。どれも好待遇で有名なところだ。シーアはまるで興味がなかったが。


 シーアがなびかないとわかると、教会関係者は去ってゆく。いや、正しくは追い出された。

 シーアはその場にいた冒険者達に囲まれてよく言ったと褒められる。ぐちゃぐちゃに頭を撫でられるのは嫌いではない。

 部屋の中に居た冒険者達は、ギルドに併設された酒場でシーアに昼食を奢りながら、先ほど部屋の中で何があったか周囲の冒険者に話して聞かせた。シーアの言葉に気をよくした冒険者達は、シーアのテーブルに料理を追加してゆくのだった。

 ギルドのみんなはシーアを見下さない。気のいい人たちが多くて毎日が楽しい。シーアはこの居場所を手放したくなかった。

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