第32話 お城にて

 城に到着すると、馬車は門をくぐってからさらに奥へ進んだ。尋常でないくらい広かったリーバーマン邸よりも更に広く、徒歩での移動は困難なのではと思えるほどの時間がかかってやっと第三王子の宮にたどり着く。シーアはあまりの土地の広さに、開いた口が塞がらなかった。

「ここがハリスバリエ殿下の宮だ。城内でも騒がしくない場所の方がいいだろうという陛下のご配慮で、最も奥にある宮にお住まいになっている」

 リーバーマン侯爵がそうシーアに教えてくれる。遠かったわけだとシーアは納得した。

 

 使用人の案内で宮に入ると、シーアはとたんに緊張した。中が綺麗すぎるのだ。きっと飾ってある絵画だけで平民が一年暮らせるくらいの値がするのだろうと思った。実際はもっとするのだが、シーアの価値観では想像もつかなかった。

 戦々恐々とするシーアは、なぜか侯爵とギルド長と共に温室に通された。

 温室の真ん中には何故かベッドの様に大きなソファが置いてあって、そこで金髪の少年が体を休めていた。

 

「その子が巷で話題の聖女かい?侯爵」

 人形のように整った顔の少年が侯爵に問いかける。思わずじっと見つめてしまったシーアだったが、ギルド長に頭を押さえられて礼をすることになった。

「はい、恐らく現状この国最高峰の聖女でございます。ハリスバリエ殿下」

 侯爵の紹介にシーアはそんなことはないだろうと驚いた。そして頭はいつ上げていいのかと、脳内は大混乱だ。

「へえ、僕より年下だろうに、凄いね。ギルド長、お嬢さん、顔をあげて、君の名前は?」

 一瞬誰に話しかけているのか分からなくて固まってしまったシーアだったが、ギルド長と一緒に恐る恐る顔をあげるとか細い声で名前を言う。

「……シーアです」

 

「へえ、シーラ様にちなんだ名前なんだね。髪の色が同じだもんね。薄桃色なんて珍しいな」

 ハリスバリエは無邪気に笑っている。シーアはまるでシーアよりも年下のようだと思った。なんというか浮世離れした邪気の無さで、国王から可愛がられているというのもうなずけた。世の中の汚いことを、何も知らずに育ったという感じだ。

「早速治療をしてくれるかい?最近疲れやすくて困っているんだ」

 そう言うとハリスバリエはソファに横になった。

 シーアはどうしようかと戸惑ってしまう。

 

「殿下、シーアの治療はお体に触れなくてはなりません。お許しいただけますか?」

 ギルド長がシーアに代わってたずねてくれる。

「そうなの?不思議だね。必要なら構わないよ」

 了承が得られたので、シーアはハリスバリエの近くへ行くと、その心臓部分に手を当てる。

「ぷぴぃ」

 ハニュも準備万端のようだ。シーアを通じてハニュがハリスバリエの体に魔力を流す。シーアはその魔力の流れを追った。

 心臓の細部まで細かくチェックしてゆくと、ハニュの魔力がある場所で止まった。シーアが集中すると、その場所のせいで血液が上手く流れていないのがわかる。というか血液が逆流しているような気がする。

 ハリスバリエは顔色が悪かった。何年もこんな状態で、治癒で誤魔化しながら生きてきたのだろう。可哀そうだなとシーアは思った。

 

 ハニュが治癒魔法を発動するようにシーアに促す。やっぱりハニュがどんな治療をしているのか正確にはわからなかったが、何やら心臓の一部分の再生を試みている様子だった。

 ハニュから大量の魔力が失われていくのがわかる。リンデルの腕を治した時の比ではない量の魔力を消費している。それだけ重病だという事だろう。

 一時間ほど経っただろうか、ハニュの治療は終わりをつげた。

「終わりました。どうですか?」

 

 シーアが問うとハリスバリエは不思議そうに起き上がった。胸に手を当てて首をかしげる。それから立ち上がると、その場で飛び跳ね始めた。

「……苦しくない!すごい、どうして!?」

 シーアは治療に集中していて気が付かなかったが、いつの間にか周囲に人が増えていた。恐らく王宮専属の聖女であるのだろう女性や、何やら高価そうな衣服をまとった金髪の男性……彼らは目を見開き驚いていた。

「ハリス、本当に、本当に苦しくはないのか?」

「父上!全く、全く苦しくないのです。まるで生まれ変わったようです!」

 ハリスバリエが放った父上という言葉にシーアは動揺した。王子の父ということは王様である。

「ぷぴぃ……」

 ハニュが力なく鳴くのでハニュの方を見ると、とても小さくなっていた。

「ハニュ!?大丈夫!?」

 シーアの叫びに、涙ながらに感動を分かち合っていた王と王子がシーアの方を見た。小さくなったハニュを胸に抱いたシーアは、大慌てでハニュに魔力回復薬を飲ませるのだった。

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