第29話 不審な患者

 誘拐騒動も一段落し、シーアは日常を取り戻していた。最近ギルドの診療所は市井の民に大人気だ。

 聖女達がハニュ流の治療術をマスターしたところ、少し値段は高いが教会より早く治療が終わると話題になったのだ。ハニュ流の治療――体に魔力を流して状態を確かめる――をするには患者に触れなければならない。ギルドの聖女達は訳アリや平民が多いのでそうすることに抵抗が無かった。

 その上魔力が少ない聖女が多いのだ。省魔力で済むハニュ流治療術は、聖女にとっても負担軽減になっていた。

 平民は怪我で仕事ができない期間が長引くとすぐに飢えることになってしまう。多少高くても早く治療が終わるのがいいと、ギルドでの治療を選択する民が増えたのだ。

 

「本当、シーアちゃんのおかげで最近は儲かって仕方がないよ」

 アマンゼが診療所の売り上げを数えながらほくほくしている。

 ハニュがこっそりドヤ顔でシーアを見るものだから笑ってしまう。

 最近他の聖女達もシーアを見習って医学の勉強をするようになったので、アマンゼもとても喜んで教師をつとめていた。

 ちなみにシーアの治療は他の聖女の治療よりも高額に設定されているため、シーアだけはあまり忙しくない。高額に設定されているのはシーアの治療の効果がとびぬけて高いためだ。街の人達も納得している。

 

 順風満帆なシーアの生活だったが、一つ診療所で気になっていることがあった。

 それは訳ありな患者についてだ。訳ありな患者はよく診療時間ギリギリ、夜の帳が降りてから訪れる。

 顔を隠し誰にも見とがめられないように通ってくるのだ。入院するべきだと進言しても必ず通いで治療をする。

 それも一人ではない、そんな患者が複数名いるのだ。ロキシーに聞いたら患者のプライベートは詮索してはいけないとたしなめられた。自分達はお金をもらって治療をすればそれでいいのだと。

 ロキシーはさりげなくシーアに訳あり患者の治療はさせないようにしていた。それもまた気になるポイントだった。

 

「なんでだと思う?ハニュ」

 シーアは自室のベッドに寝転びながらハニュを高く掲げた。ハニュも首をかしげている。

 話を聞くに前はこんな不審な患者たちは居なかったという。最近になっていきなり増えたそうだ。何が起こっているのだろう。

 不安になったシーアはリマを呼んでブラッシングを始めた。

 ブラッシングを終わらせリマとハニュと遊んでいると、部屋の扉を叩く音が聞こえる。

「シーアちゃーん!居る?」

 この声はエステラだ。シーアは急いでドアを開ける。

 

「夕飯まだでしょ?一緒に食べない?」

 シーアは誘いに乗ることにした。最近忙しかったのでゴードンやリンデルに会うのも久しぶりだった。

 ギルドの食堂に行くと冒険者達が挨拶してくれる。一つ一つに返事を返しながら、二人の待つテーブルについた。

「久しぶり、診療所は大盛況だな」

「大盛況だからって便乗して来ないで下さいね」

「あはは、そうそう大怪我なんかしないさ」

 ゴードンと軽口をたたき合いながら料理を注文する。ハニュがみんなにばれない様にさりげなくスペアリブを要求してきた。

 シーアは野菜のシチューだ。リマは適当に魔物肉の塊を用意してもらう。

「ハニュはまたスペアリブか?あまり好物ばかりあげすぎるのも良くないんじゃないか?」

 まさか言葉が通じているとは思っていないリンデルがハニュを撫でながら言うと、不満そうなハニュに手を飲み込まれていた。

「こら、俺の手を食うな」

 慌てるリンデルにみんな笑う。

「ハニュは朝は野菜で夜はお肉なんですよ」

 

 料理もそろって楽しく夕食を取っていると、ゴードンが声を潜めて話し出す。

「そういや知ってるか?最近街の衛兵団から離職者が相次いでいるらしい」

「衛兵団ですか?」

「そうなんでもお貴族様のボンボンが上官として配属されてから、おかしくなっちまったらしい。無茶な命令に暴力が横行しているらしいぞ」

 シーアは眉をひそめた。

「そういえば、団長が変わってからだったわね。ギルドとの契約を守らなくなったのは」

 エステラの言葉にシーアは、自分がここに配属されたのと同じころかとあたりをつける。

「何より一番深刻なのは聖女の退職らしい。セクハラ被害が酷くて年配の聖女しか残らなかったんだと。シーアちゃんも一応気をつけろよ。また誘拐されないとも限らないからな」

 嫌な情報にシーアはため息をつきたくなった。やっと平穏が戻って来たと思ったらこれである。

 自分に火の粉が降りかからないといいなと、シーアはシチューを口に流し込んだ。

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