第30話 衛兵団と侯爵

 それは久しぶりにスカーレットの面々と食事をしてから数日後のことだった。

 例の不審な患者がやって来た。それだけならいいが、彼はシーアの治療を希望しているという。

「シーア、患者の事情に関しては詮索しては駄目よ」

 ロキシーに言われ、シーアは緊張しながら患者を診た。患者は腕の骨折と打撲を治して欲しいのだと言う。

「ぷぴぃ……」

 診察を開始して早々、ハニュが嫌そうな声をあげる。

 シーアも同じ気持ちだった。

 

 患者の体には明らかに暴力の跡があった。腕も事故ではなく人為的に折られたものではないかと思う。

 これは一日で完治する怪我ではない。

「入院した方がいいと思いますが、どうしますか?」

 シーアが問うと、患者は首を横に振った。

「明日も仕事をしなければならないので……」

 一体何の仕事なのか、とても心配だったが患者の事情を詮索するわけにはいかない。

 シーアはもどかしい気持ちを抱えながら、出来る限りの治療をした。

 

「ぷぴぃ……」

 患者が帰ると、ハニュとシーアは難しい顔で見つめあった。

「あの患者は多分衛兵さんだよ」

 ロキシーがため息をつきながら教えてくれる。シーアはゴードンが以前衛兵団について話していたのを思い出した。

 そういえば、上官が変わってから暴力を振るわれるようになり、聖女も離職してしまって数が足りないと言っていた。 

「本来衛兵が教会やギルドで治療するには上官の許可がいるのさ。でも聖女が足りていないのに外で治療する許可も出ないからこっそり来ているんだろう。治療費ももらっていないだろうし、可哀そうだね」

 衛兵も下級兵なら給料はそれほど高くないだろうに、暴力を振るわれるたびに自費で治療していたら大変だろう。

 だからってシーアにできることは何もない。こんなことなら真相を知らない方がまだマシだったかもしれない。

 早く衛兵達が救われますようにと、シーアは久しぶりに神に祈った。

 

 それから数日後のことだ。珍しい客が診療所にやって来た。

 リーバーマン侯爵だ。豪奢な馬車で乗り付けてきた侯爵は、治療の順番も周りの迷惑も顧みずにシーアを呼びつけた。

 シーアが他の患者が優先ですと言うと、怒りに満ちた表情で威圧してきた。

「来いと言っているのがわからないのか?」

 シーアが困っていると、ギルド長が駆けつけてくれる。

 

 侯爵はギルド長に言った。

「そこの聖女をしばらく借りる。いくらだ?」

 ギルド長は鼻で笑った。

「ギルドでは聖女の派遣はやっておりませんの。聖女が必要でしたら教会に行ってくださいませ」

「そこの聖女が必要なのだ」

「でしたら患者をここまで連れてきて下さいませ。それが規則ですわ」

 リーバーマン侯爵は黙り込んだ。

「それと、私からの警告は伝わっているのでしょうか?衛兵団を何とかしない限り、そちらに便宜を図る必要性を感じませんわ」

 それは患者を連れてきても治療拒否すると言っているのと同じだった。

 ギルド長は王都の衛兵団の団長が変わってから、ずっと国に抗議し続けてきた。それなのになしのつぶてで頭にきていたのだ。

 新しい団長はリーバーマンとは違う侯爵家の血縁らしい。恐らくは貴族同士の複雑な力関係のせいで、簡単に頭を挿げ替えることができないのだろうとギルド長はにらんでいるが、そんなのギルドからすれば知ったことではない。

 

 侯爵は何か考えているような様子でシーアを睨んだ。

「シーアを睨んでも変わりませんわ。そもそもシーアを逃した原因はあなたの娘でしょうに」

 ギルド長は小馬鹿にしたように笑っている。

「……あれはもう娘ではない」

 侯爵はそれだけ呟いて去っていった。

 一連のやり取りをシーアはハラハラしながら見ていたが、ギルド長はなんだか嬉しそうだった。

「やっと抗議を聞き届けてもらえそうね!侯爵が直々に赴くほど治療させたい人間がいるなら、さすがに衛兵団をなんとかするでしょう」

 それは確かにいいことかもしれないと、シーアは思う。

 衛兵団がおかしいと王都の治安も悪くなるし、何よりこっそりと治療に来る団員達が不憫だと思っていたからだ。

 それにシーアは就職先に冒険者ギルドを選んでよかったと思う。ギルド長が貴族相手にここまで強気に出られるなんて、就職前は知らなかった。

 シーアが思うよりも冒険者ギルドは権力を持っていたのだ。ギルド長は必ずシーアを守ってくれる。あらためてそれを実感して安心した。

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