第20話 アニータの絶望

 アニータは苛立っていた。教会の教会長が罷免になって、新たな教会長がやって来た。そこまでは良かった。しかし、新しい教会長には賄賂も脅しも効かなかったのだ。

 今アニータは他の聖女見習いと同じように教会の掃除をやらされていた。それはアニータにとって屈辱だった。他の者に任せてさぼると、容赦なく罰せられた。その度に家の名前を出して脅すが全く効果が無かった。今ではアニータには監視が付き、掃除をさぼらないように見張られている。

 掃除が終わるまでは患者の治療に赴くことも禁止され、アニータは計画のために掃除をするしかなかった。自分はいずれ王子妃になるのだ。それが叶ったら絶対に後悔させてやると教会長に復讐を決意する。

 

 その日家に帰ると、珍しく仕事で忙しい父が家に居た。アニータは嬉々として父に飛びつく。

「お父様!今日はお早いのですね!何かありまして?」

 父はアニータに座るように促した。父の向かいに腰掛けると、アニータはメイドにお茶を淹れさせる。父はアニータのその様子を黙って眺めていた。

 アニータは本妻の一人娘だ。類まれなる治癒魔法の才能を持って生まれたものだから、幼い頃から本妻によって溺愛されていた。忙しい父はアニータの事をほとんど知らなかった。本妻よりも愛している側室とその子供が他に居たので、アニータの事は本妻に任せきりだったのだ。

 

「アニータ……最近市井に流れている噂を知っているか?」

 アニータは不思議そうに首をかしげる。市井の事なんてアニータは全く興味がなかった。

「リーバーマン侯爵令嬢が教会で、権力を笠に着て聖女見習い達を虐げているという話だ。覚えがないとは言わせない」

 アニータは青ざめる。前の教会長には賄賂を渡してアニータのいい噂だけを流してもらっていたのだ。何故そんな噂が流れているのか、アニータにはさっぱりわからなかった。

「話を聞くと前教会長と手を組み、従魔持ちの優秀な聖女見習いに雑務を全て押し付けて治療を一切させなかったそうだな。調査の結果真実だとわかり国王陛下にお叱りを受けたよ。貴重な従魔持ちの聖女を一人冒険者ギルドに奪われたと」

 

 なぜそこで王が出てくるのか、アニータにはさっぱりわからなかった。アニータが思う以上に、各機関の聖女争奪戦は苛烈だった。ただでさえ少ない治癒魔法使いだ。優秀な者は好条件を提示して好待遇で迎える。特に国軍は優秀で使い勝手のいい聖女が必要だった。

 優秀な聖女のほとんどは貴族か有力な商家の血をひく者だ。そんな中、孤児で面倒なしがらみのない従魔持ちの聖女なんて喉から手が出るほど欲しい逸材だ。要するに誰にはばかることなく使い潰せる都合のいい聖女なのだ。

 そんな聖女を手に入れるチャンスを、忠臣だと思っていた貴族の娘に台無しにされたのだ。国王が怒るのも無理はない。

「陛下はお前に見習い期間が終わり次第、北部の軍所属の聖女になるように命じられた。拒否権は無い」

 

 アニータは茫然とした。北部の軍は最も厳しく過酷な労働環境で、よく騎士の左遷に使われる。聖女にとってもそれは同じことだ。

 なぜ自分がそんなところに行かなければならないのか、アニータはわからなかった。

「そんな嫌です!お父様……私はハリスバリエ殿下の婚約者候補筆頭なのですよね!それなのに北部へなんて……あんまりです!」

「その婚約の話も白紙になった。王が可愛がっている王子に悪辣な令嬢をあてがうはずがないだろう。いいか、これ以上の問題を起こすな」

 話は終わりだとばかりに侯爵は部屋を後にする。アニータは放心していた。

 

 しばらくすると、ふつふつと怒りがこみ上げる。アニータはすべてシーアのせいだと考えた。そうだ、あの女がすべて悪いのだ。アニータの悪い噂を流したのもきっとシーアに違いないと、持っていた扇を叩き折る。

 絶対に後悔させてやると、アニータはシーアに復讐しつつ全てを元に戻す方法を考えた。

「まずはあれの従魔を私の物にするわ。貴重な従魔持ちの聖女になれば北に送られなくて済むはず」

 従魔契約は通常他人に解除できないが、ここは侯爵家だ。すべての魔法を強制解除する聖物が宝物庫にある。一度人間の従魔になった魔物なら、自分にも従魔にできるはずだ。あのシーアでも従魔にできた魔物なのだ、自分ならもっと簡単に契約できるだろうとアニータは考えていた。もちろんそんなことは無いのだが、アニータは自分の考えが正しいと疑っていなかった。

 

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