第8話 アニータ様再び

 リマの足も良くなったので、シーアは教会に連れてゆくことにした。リマは初日のハニュと同じようにキョロキョロと街を見回して珍しそうにしている。途中お話ししているようにハニュとリマが鳴くのでシーアはなんだか微笑ましかった。どうやらハニュとリマは意思の疎通ができているらしく、ちょっとうらやましい。

 

 教会へ着くと、リマの顔見世をするため教会長の元へ向かう。ノックをしてシーアが部屋に入ると、教会長は露骨に嫌そうな顔をした。

「また君か。何の用だね」

 そう言ってシーアを見た教会長は後ろにいるリマを見て目を見開いた。

「従魔が増えたのでご報告に来ました」

 シーアが言うと教会長は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「君が狼の従魔など、シーラ様になりたいとでもいうつもりか」 

 実は救国の聖女である『シーラ様』は狼を従魔にしていたという伝承が残っている。本来なら狼を従魔にした薄桃色の髪の聖女見習いなど現れたら手放しに歓迎されるはずなのだが、教会長は忌々しそうにしている。アニータ様の機嫌がさらに悪くなることを懸念しているのだろう。

「従魔が増えたのは偶然です。別にシーラ様とかどうでもいいです」

 シーアがそう言うと、教会長は眉間にしわを寄せた。

「ところで教会長。私はもうすぐ任期が終わりますが、紹介状は書いていただけるのでしょうか」

 教会から紹介状を書いてもらえない聖女は貴族家などには勤められない。つまり碌な就職先を見つけられないという事だ。

 無いなら無いでシーアにはまだ従魔が居るという手札があるので困らないのだが、一応聞いてみた。

「書くわけないだろう。君は治療に参加したことが無いのだから」

 大した理由もなく参加させてくれないのは教会長だ。なぜシーアが悪いように言うのかわからない。

「わかりました。では、失礼します」

 話しても無駄だと知っているシーアはすぐに教会長室を後にした。シーアのあまりに淡白な対応に、もっと狼狽えると思っていた教会長は茫然としたが、すぐにアニータの機嫌をとる方法を考えなくてはと頭を切り替えた。

 

 教会長の部屋から聖堂へ行くと、シーアはまたアニータに絡まれる。

「お前、その狼は何?まさかまた従魔とか言うんじゃないでしょうね」

 面倒くさいなと思いながらシーアは返答する。

「従魔ですが何か?」

 そう言うと、アニータは持っていた扇でシーアの頬を打った。

「お前が従魔などおこがましい。そいつを寄こしなさい。お前にはもったいないわ」

 シーアは呆れてため息をつく。

「人の従魔は奪えません。契約の上書きはできませんから、連れて行ってもアニータ様の従魔にはなりませんよ。ご自分で相棒を見つけて従魔契約なさったらどうですか?」

 アニータは顔を真っ赤にして怒った。実はアニータは、シーアがハニュを従魔にしてから魔物を買い付けて従魔にしようと奮闘していたのである。しかも買い付けていたのは『シーラ様』と同じ狼だ。もう何十匹も従魔にしようとして失敗していた。

「お前に従魔なんて分不相応よ。いいから寄こしなさい!」

 アニータはリマの首輪を掴もうとした。しかし、リマに威嚇されて手を伸ばせなかった。アニータでも狼は怖いのだろう。リマはアニータをシーアの敵と判断したようで、飛びつこうとする。

 シーアは必死にダメだと念じていた。

「この子はまだ従魔になって間もないので私にも制御しきれません。迂闊に手を出したら噛まれるではすまないと思いますよ」

 脅すようにシーアが言うと、アニータは悔しそうに去ってゆく。

「覚えてらっしゃい!」

 

 安い捨て台詞だなとシーアは思った。ハニュからも呆れたような感情が伝わってくる。シーアがアニータの行動を我慢しているのは、孤児院の子供達と比べても言動が幼いからだ。要するに実害が少ないのである。貴族のお嬢様が考える嫌がらせなんてたかが知れている。精々掃除を押し付けられるくらいだ。

 でもあまり怒らせすぎると本気で暗殺者でも送ってくるかもしれないという懸念はある。相手が権力だけはある善悪の区別のつかない子供なだけに厄介だった。

 シーアはため息をついた。自分で頬の傷を治すとリマを宥める。リマはかなり怒っていた。シーアを傷つけたからだけではない。アニータからは同族の血の匂いが濃くしたのだ。アニータは狼を調教するため食事を与えず弱らせたうえで鞭を使っていた。誇り高い狼がそんなものに屈して従魔になるはずはないというのに。

 シーアは怒るリマを落ち着けるのに苦労した。リマから話を聞いてリマの怒りを理由を理解したハニュだけが、今後のアニータの行動を危険視していた。

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