第12話 スタンピード

 今日はシーアの冒険者ギルド初出勤の日だ。シーアは上機嫌で冒険者ギルドに向かっていた。本来なら任期終了日は他の聖女に見送られてささやかな祝いの席があるのだが、どうやら教会長も誰もシーアの任期終了日を忘れているようだった。

 引き止められても面倒なのでシーアは任期が明けることを誰にも言わずにいた。昨日何事も無いように教会に行って、そっとフェードアウトしてきたのである。教会と交わした契約書を見ても昨日で終了と書いてあるだけなので問題ないだろう。

 シーアはもう冒険者ギルドの寮に荷物を移動させていた。今日からはギルドの寮に帰ることになる。孤児院のみんなは昨日盛大にお別れ会をしてくれた。

 

 今日からやっと正式に冒険者ギルドで働けるのだ。シーアが鼻歌を歌いながら歩いていると、早朝なのに街が騒がしいことに気が付く。不思議に思ったシーアはこっそりと街の人達の会話を盗み聞きした。

「スタンピード!?」

「西の防壁の外側に魔物が押し寄せているんですって。なんでも狂化したオーガが出現したとかで、私達もすぐに避難しないと」

 シーアは目の前が真っ暗になった。西の防壁は冒険者ギルドの近くだ。スタンピードが発生した時、軍より真っ先に動くのは冒険者だという。シーアは心配で、居てもたってもいられなかった。

「ぷぴぃ!」

 ハニュがシーアの腕の中に跳んでくる。リマも走る準備ができているようだった。

 そうだ、こんなことしている場合じゃない、早く行かないと。シーアは走り出した。

 シーアは必死で冒険者ギルドまで走る。たどり着いたときには息も絶え絶えだった。

 

「シーアちゃん!」

 冒険者ギルドの職員さん達はシーアを見つけるとまるで救いを見つけたかのように飛びついて来た。

「手伝ってちょうだい、怪我人が多くて聖女が足りないの!」

「わかりました!」

 シーアは今日はギルドの専属聖女の制服を着ていた。まさか着任当日にこんな大変なことになるなんて思ってもみなかったが、着てきて良かったと思う。

 他のギルドの職員さんと一緒に、西の防壁そばに急ごしらえで作られた救護場に走った。

 そこはすでに怪我人で溢れていた。シーアは茫然としてしまう。怪我人の中には研修中、シーアに話しかけてくれた冒険者さん達も居た。

 シーアは足がすくんで動けなくなってしまった。こんな凄惨な光景、見るのは初めてだ。どうしたらいいのか分からなくて立ち止まってしまう。

 

 その時腕の中のハニュが震えた。シーアはハッとしてハニュを見る。するとシーアの中に、よくわからない映像が一瞬流れ込んできた。白い服を着た女性達になにやら叫ぶ男。何かタイヤの付いた台のようなもので運ばれる血まみれの人。気が付いたら、シーアは叫んでいた。

「怪我人を重症者と軽症者に分けてください!重傷者はこちらに!」

 シーアはなぜ自分がそんなことを叫んだのかわからなかった。そもそも自分は見習いが終わったばかりの素人同然だ。それでも、そうしなければいけない気がしたのだ。

 聖女の手伝いをしていた補佐役は戸惑ったが、従魔を連れたシーアの魔力量を考えたら、その方がいいと判断したのだろう。シーアに積極的に重傷者を回してくれた。

 シーアはもう夢中だった。

 

 ハニュが、シーアに魔力を流すのがわかる。シーアは今日は治療をハニュにすべて任せることにした。魔法の発動だけをシーアが行えば、調整をハニュがしていることは周りにばれない。その代わりハニュの魔力の流れを追って、ハニュが何をしようとしているのか懸命に考える。なんだか今日はいつも以上にハニュとの意思の疎通ができている気がした。ハニュが何を求めているのかわかるのだ。

「きれいな水と布を切らさないで下さい」

 シーアが言うと補佐役がきれいな水と布を用意してくれた。ハニュは治療の為なら魔力だけでなく、シーア自身が血にまみれなければならないことも要求してくる。でもシーアにはわかっていた。そちらの方が早く傷を治せるのだ。

「大丈夫です!すぐによくなりますから、気をしっかり持って!」

 シーアは笑顔を絶やさず患者に声をかけ続けた。なんとなく、これが一番大切なことのような気がしたのだ。ハニュに促されるまま魔法を使いながら、シーアには、だんだん余裕が生まれてきた。ハニュの魔力を追ってその治療技術に感嘆しながら、延々患者の治療をし続けた。

 患者はすぐに増えるので、重傷者は完治させられない者も多かったが、とりあえず命は繋いだ。

 いつの間にか、太陽は天に昇っていた。

 患者が途切れてシーアが一息つくと、防壁の外で歓声が上がる。そして騒がしい声がした後、その日一番の重傷者が運ばれてきたのだった。

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