第7話 初めての暗殺ー現世界

 俺は今日も追い出し部屋でエクセルを開いたり閉じたりの作業をしていた。しかし、連日のバニシング練習のおかげで魔力はギリギリ、楽しすぎて夜もよく寝れておらず、急に睡魔が襲ってきた。デスクに座りながらうとうとしていたら、急に椅子が「ガン!」と音を立てた。驚いて目を覚ましたら、後ろに古田が立っていた。居眠りしている俺を見つけ、椅子に蹴りを入れたのだ。

 「井上、お前、今寝てただろ。眠いなら今すぐ帰って寝てもいいんだぞ!わかってるのか!」

 「すいませんでしたでしたぁ」

 「いいか、お前みたいなやつはお荷物なんだよ。真面目に座ってるだけもできないのか!だいたいな、お前は昔から・・」

 説教が終わったのは1時間後だった。さすが追い出し部屋の室長、精神的な苛めが上手い。おかげで昼飯は無しになってしまった。寝不足と空腹、それに1時間の直立不動で俺の体力は限界だった。残り時間のエクセル開け閉め作業を完遂し、何とか定時に上がることができた。その時、古田の横顔を見た。怒りが込み上げてきた。これは、やるしかない。バニシングしてやる。俺は古田が一人でエレベーターに入るのを見計らい、扉が閉まらないうちに俺も滑り込んだ。

 「古田さん、お疲れさまでした。バニシング!」

 「は?バニ?お前何言ってるんだ?」

 え?効かないの?実験では風呂場の水すべての転送もできたし、重量的には問題ないはずだ。

 「あ、古田室長、すみませんでした。忘れ物で次の階でおりま~す。」

 俺は慌ててエレベーターを降りた。失敗だ。何が原因なんだろう。俺は失敗にショックを受け、その日は一人で居酒屋に行き、酒を浴びるほど飲んだ。気持ち悪くなり店の便所でしこたまゲロを吐いた。トイレの鏡で自分の顔を見たらひどい顔をしていた。ステータスもさぞかし酷いことになっているであろうと思い、自分にサーチングをかけてみた。

 「井上 レベル5 体力5 魔力0 固有スキル・・」

 レベルが下がっている!飲酒するとレベルが下がるのか!レベルはいつでも固定値ってわけじゃないんだな。酔った頭で新たな発見をした。その日は終電で家に帰り、寝た。起きた後、改めて自分をサーチングしてみたらレベルは12に戻っていた。ここで

マタイが言っていた言葉をふと思い出した。

 「バニシングは彼我のレベル差に依存する。」

 よし、わかったぞ。飲酒などの精神攻撃を食らわせればレベルが下がるんだ。古田はレベルが13。レベルが高いからバニシングが効かなかった。だが、古田にどうやって酒を飲ませる?普段付き合いがないのに飲み会に誘うのは不自然すぎる。そもそもあいつは酒を飲むのか?そこからリサーチすることが大事だな。

 その日の終業後、俺は古田を尾行した。下り電車は郊外へ向かう。気づかれないように帽子とマスクと伊達メガネで変装した。古田は立川で下車しそこから20分歩いて一軒家に入っていった。こいつは仕事が終わったら家族の待つ温かい家庭にまっすぐ帰るんだな。全てを失った俺は怒りがわいてきた。が、家に入ってしまってはこれ以上の調査はできない。行動パターンを調べ上げて飲みに行く日に実行するしかない。その後も毎日古田を尾行したが、まっすぐ家に帰るだけだった。この真夏の暑い中土日も張り込んだが、全く外出もしない。俺は心が折れた。家に帰ると俺はレキソタンを3mg飲んだ。30分後、だんだんと気分が晴れてきた。ベットに横たわり、天井を見つめた。何もやる気がしない。抗うつ剤はいいもんだ。何の理由もなしに心を軽くしてくれる。

 気が付いたら2時間経っていた。レキソタンの効果時間は8時間だから、まだ憂鬱さは消えたままだ。台所に水を飲みに行く。冷たい水を飲んだ時、ある考えが浮かんだ。そして自分にサーチングをしてみた。結果は・・・

 「井上 レベル10」

 抗うつ剤もレベルを下げる効果があるのか。だったらこれを粉末にして古田に飲ませればばいい。奴はいつも自分でお茶を入れて飲んでいる。隙を見てそのお茶に粉末投与しよう。今日はもうやる気がしない。全てどうでもいい。俺はまたベットに戻り、眠りについた。

 「ゴッ、ゴッ、ゴッ。」

 手持ちの錠剤のレキソタンを細かく粉末に砕く。専門の道具など無いから、ボールの中に錠剤をゴロゴロと入れ、プラスドライバーの裏側を使って砕いた。だいぶ骨の折れる作業だ。小さなかけらになったらジップロックの中に入れ、外側からトンカチでたたいて潰した。ようやく粉末にすることができた。これをジップロックのまま会社に持ち込んだ。

 古田がトイレに行った隙にデスクに近寄り、書類を置くふりをして粉末をお茶に混ぜ込む。お茶は入れたてだったのかまだ十分温かい。だいぶ溶けやすい状態だろう。レキソタン4mg分の粉をお茶の上に振りかける。白い粉末は、徐々にお茶にと溶け、緑の海に沈んでいった。

 古田がトイレから戻った。お茶を手に取って一口すする。二口、三口。冷めないうちに、と全部飲み切った。飲み切るのを確認すると俺はPCの時計を見ながらカウントを始めた。10分、20分、そして30分経過した。古田の様子はどうか。目が虚ろになっているような気がする。時たまあくびをしている。効いたか?古田が新聞を読み始めた隙にサーチをかけてみた。

 「古田 レベル9」

 効いている!あとはどこで消すかだ。今、ここで消すのはあまりにも不自然すぎる。また、俺とのレベル差は3。レベル差の実験はウサギまでしかしたことがないから、ここまで俺と切迫しているレベルでバニシングが効くかどうかは正直わからない。やはり次のトイレの際しかチャンスはないな。さっき行ったばかりだから2~3時間後か。

 古田をチラチラ見ながらソワソワしていると、古田と目が合ってしまった。ジロリと睨みつけられた。同時に、古田は席を立ちあがり俺の方に向かってきた。やべええ。なんかどやされるかな?肩をすくめていると俺の後ろを通り抜け、あくびをしながらトイレに向かった。チャンス到来だ!俺もすかさず立ち上がり、一定の距離を開けてトイレへ向かった。トイレの入り口から中を見たら、ちょうど古田が個室に入ろうとするところだった。他の利用者はいない。

 「古田さん、待って待って!」

 俺は咄嗟に叫ぶと、古田は驚いたようにこちらを向いた。そして目が合った瞬間、全力で叫んだ。

 「バニシング!」

 古田は何が起こっているのかわからない戸惑った表情をしながら、眩い光に包まれて消えていった。

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