第23話 新しい仕事

 一晩霊安室で過ごし、次の日は取り調べ室のようなところに移送された。死人から囚人にランクアップした気分だ。パイプ椅子に座っていると、パリッとしたスーツを着たツーブロックゴリラが室内に入ってきた。

 「気分はどうかね?」

 ツーブロゴリラは手前のパイプ椅子にドカッと座り、ふんぞり返りながら偉そうに尋ねてきた。

 「クーラーが効いていて気持ちいいです。」

 俺は何も考えず受け答えした。

 「そうか。向こうは文明が中世らしいからね。あ、俺金子室長から引き継いだ杉下っていうんでよろしく。」

 初対面にタメ口きく奴は嫌いだ。しかもこの証券営業マンみたいな奴は体育会系で苦手。

 「で、今日は向こうの世界のことをもっと聞かせてもらおうと思ってね。うちの組織は出戻り組は金子室長のほか数人しかいないんで全貌がわからないんだよな。しかもお宅は2往復してると聞く。レア人材だよ!自信を持った方がいいよ!」

 「はあ。」

 不毛な話が続きそうだ。俺はふと時計を見た。

 「あ、早く終わってほしい感じか?いや、違うな。昨日からやたら時間を気にしていた。何もやることのない独房にしても、異常な回数時計を確認している。こっちの時間の経過というよりも、向こうの世界の時間経過を気にしているんだろ。」

 図星だ。俺はとにかく田中の安否が気になっていた。既にこちらに戻ってきて12時間経過している。つまり1年だ。マサユキを倒した後、あいつは無事に暮らせているだろうか。

 「出戻り組を中心に時間のずれについて考察していたが、運悪いことにこちらの出戻り組は長期間の意識混濁状態からの復活パターンしかいなくて、向こうで過ごした期間は把握できていても、いつ異世界に転生したかがはっきりしないんだよ。植物人間状態も数か月、異世界転生期間も数か月。金子さんなんかはギルドカード?を自慢げに見せびらかすけど、肝心なところが抜けてるんだよなあ。」

 しまった。時間間隔については情報をあまり持っていなかったのか。昨日金子に余計な情報提供をしてしまっていたかもしれない。

 「今回は君たちを捕まえていたんで、こちらの経過時間はわかっている。4時間だ。君は向こうで転移魔法に巻き込まれて復活したらしいけど、だいたいどれくらい向こうにいたんだい?」

 「もう隠してもしょうがなさそうですね。4か月くらいです。俺はこちらの1時間が向こうでの1か月に相当すると考えています。2回往復してみて、だいたい正しいと思います。」

 「そうか。そんなもんだと思ってたよ。」

 杉下は概ね察しがついていたようだった。

 「次の質問だが、なぜ君は他人の肉体は異世界へ転送できるのに、自分の肉体は転送しないのか?今回は魂だけ行ってたんだろ?霊安室の田中君の死体もそれを裏付けている。」

 そういえばそのことを考えたことすらなかった。物質や小動物はもとより、古田や今井をはじめ、ホームレスなど人間でも物体そのものごと消すことができた。それにもかかわらず自分たちは魂だけだった。自分だけならまだわかる。田中もこちらの世界に肉体を残して魂だけ転送されてしまった。

 「そういえばおかしいですね。自分がバカだからか、そこらへんのことに気付きませんでした。」

 「お前嘘ついてんじゃないのか?『物質を転送する』と『魂だけを転送する』とを使い分けできることを隠しているだろ!」

 杉下は急に怒鳴りだした。典型的なパワハラ上司ムーブだ。

 「いや、考えてもみてくださいよ。もし俺がそんな使い分けできるんだったら、あんたらから逃げる時だって身体だけ残していくなんてアホなことしないでしょう。」

 「ああ、それもそうだ。お前がなんか舐めた態度だったから怒鳴ってしまった。すまん。」

 急に怒ったと思ったら急に怒りのトーンが下がった。脳筋だが柔軟性はあるらしい。

 「でも何か考えられることとかないのか?」

 「そうですねー。初めて異世界転生したときは女神の前に引っ立てられて訓示受けましたけど、2回目の転生時には1回目の最後にいた場所でした。なんすかね。一応、俺が使ってる『バニシング』って魔法は化外魔法らしいんで、バグ的な感じなんすかね。」

 俺の態度にまた杉下はムっとしたようだった。

 「もう少し真剣に考えろよ。友達の安否が気になるんだろ。時間は刻一刻と過ぎて行ってるぞ!」

 「そうだった。遊んでる場合じゃないんだった!じゃあ田中を迎えに行くんで、それじゃ!バニシン・・」

 「おっとおっと待てコラ!少しは仕事してから行かんかい。田中君を助けたかったら頑張らなきゃいかんよ!」

 「仕事?俺には社内ニートっていう立派な仕事があるんだけど。」

 「そんなの『機関』を通じて既に退職処理してるよ。田中君はともかくお前は天涯孤独だろ。お前を装って一本電話入れたらすぐ終わったよ。会社のお荷物は気楽でいいな!」

 なりふり構わずしがみついていた会社は呆気なくクビになっていた。一気に脱力した。

 「はぁ、もうどうでもいいや。で、何をやればいいの?」

 「暗殺だよ。金子さんから聞いてるだろ?とりあえずこの人物を消してきてくれ。」

 そう言って杉下は一枚の写真を出した。どこか見覚えのある顔だ。

 「今回は練習ってことで、失敗しても影響があまり無い人物を用意した。『魂だけ転送』『全部転送』どっちに転んでもカバーできる。もちろん『全部転送』が好ましいのは言うまでもないのはわかるよな?」

 「わかったわかった。やるから。早く田中を迎えに行きたいから、段取り付けてくれ。今日明日中には頼むよ。」

 「人殺すのにだいぶ落ち着いてるな。心の準備とかいらないのか。」

 「何人消したと思ってんだよ。そうはいっても、転送しただけで殺してはいないしね。実際殺しをやったのは、向こうの世界の名もなき貴族だけだよ。」

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