第24話 使える男
「お前の『バニシング』は無詠唱、つまり決めポーズみたいなのは無しで使えるんだろ?」
「そうですね。『バニシング』と唱える必要はありますけど、小声でも、何なら相手に聞こえていなくても効きます。イメージとしては、相手をロックオンして引き金を引く感じですかね。」
「よかった。前に金子さんに『地獄の黒炎』を見せてもらったけど、それはそれはダサかった。『地獄の主よ、云云かんぬん』って社会人としてみていられないよ。」
これには激しく同意した。とにかく詠唱系魔法はダサい。マサユキ対策のために人が使っているのを何度も見たが、俺のスキルはほぼ詠唱無しでありがたかった。暗殺者スキルはこういう痒い所に手が届くところが良い。
「とにかくその魔法のことについてもう少し聞かせてくれ。完全無敵ってわけじゃないだろ?」
「そうですね。射程は1m程度ですし、前に障害物があると障害物の貫通はできません。あと、発動から消滅まで1秒ほどあり、その間発光します。」
「発光か。目立つな。周りが騒然とするかもしれない。その光度はどんなもんなんだ?」
「よく夜人気の無いところで使っていましたけど、だいたい投光器くらいですかね。足元からライトアップされるような。」
「ちょうどいま正午近いし、日中だとどの程度なのか昼飯行きがてら実験してみるか。」
俺は杉下と外へ出た。慰安室、取り調べ室と普通は見かけない施設だったが、俺が監禁されていたビルはいたって普通のビルだった。入り口はカードを読み込ませないと開かない改札みたいなものがあり、門扉には守衛がいた。「ん?」俺は違和感を覚え、外に出てから後ろを振り返った。うーん、ここは霞が関みたいだぞ。昔何度か来たことがある。少し歩いて公園に入った。ここは日比谷公園だ。近くに止まっていたケータリングで杉下がケバブを買ってきて俺に渡した。俺たちは噴水前のベンチに腰掛け、ケバブを食べた。
「じゃあ、そろそろ、このゴミを消してみてくれよ。」
杉下はケバブの包み紙を丸めて足元に投げ捨てた。俺はマナーの悪さに嫌悪感を覚えた。
「わかりましたよ。『バニシング』」
このレベルなら魔力1程度で行ける。ほのかな光を放ち、包み紙は消えた。
「すげーな、おい。お前、産廃業者になったら大儲けできるんじゃないの?」
「これは異世界に転送しているだけなんで異世界がゴミ捨て場になるだけですよ。」
「ま、いいや。これだけカンカンの太陽の下でバニシングを使えば、それほど光は目立たないことが分かった。だったら、すぐ着手しなければだめだ。もうすぐ12時になってターゲットが昼飯に出る。日陰から日向に出た瞬間にターゲット相手にバニシングを掛けろ。」
「え、今すぐっすか!?さすがに・・」
「田中君を救いたいんだろ!時間がないんだろ!とっとと向かうぞ!」
俺は杉下に引きずられて、アタックポイントに向かった。
ターゲットはスマホを触りながら信号待ちをしていた。周囲はランチに向かう人々であふれている。横断歩道の途中から建物の影が切れ、日向になる。その瞬間にバニシングを放つ。俺は人混みに分け入り、ターゲットの後ろにつけた。周りの人間はどいつもこいつもスマホを弄り、耳にはワイヤレスイヤホンをはめ、周囲に注意など払っていない。信号が青に変わる。一斉に人混みが動き出した。俺は日向に入る瞬間、ターゲットを追い抜きざま、「バニシング」とつぶやき、速足で移動した。後ろで「ドサッ」という音が聞こえたが、後ろを振り向かず人混みに紛れた。
しばらくしてから、また日比谷公園で杉下と合流した。
「今回は魂しか消せていなかったみたいだな。白昼の突然死ということで周囲は騒然となっていたが、急性脳卒中で処理されたようだ。今回の失敗の原因は何かわかるか?」
「たぶんレベルが俺と同じだったからだと思います。」
「レベル?そんなの事前に言ってなかったじゃんかよ!」
「すみません。今日の今日だったもので。」
「そういうことはちゃんと言っといてもらわないと困るよ。井上くん。で、あいつはレベル何だったの?そういうのを測ったりもできるんだろ?」
「俺もなんだかんだで今レベル20あるんで、そこら辺の一般人ならば大抵消すことができます。普通のおじさんはだいたい5~10れレベルです。ですが、今回のターゲットもレベル20でした。実は相当経験値積んでいたんでしょうね。」
「あのオッサンが?経験値って、モンスターを倒すわけでもないだろう。」
「それがこの世界での不思議なことなんです。おっさんが高くて10レベルなのにパパ活女子大生とかがレベル15だったりします。肉体を使った総合的な人生経験なんでしょうかね。今回のターゲットは隠れた人生経験が豊富だったのかもしれません。」
「とにかく殺すことはできたので、今回は一応成功だ。でもこれからもっと高度なことをやってもらわらなきゃならないから、レベルも上げてもらわなきゃならない。」
「噓でしょ?早く田中迎えに行かないといけないんだよ、こっちは!」
本当に腹が立った。協力してやったのにまだ協力しろと言っている。ふざけんじゃねえ。
「調子乗るなよ?今回は練習だぞ!?お前の使命はまだまだあるんだ。」
「田中は人質ってわけか・・。汚いやり方だ。」
「そうだ。早くしないと向こうの世界で田中の寿命が尽きちゃうぞ。組織に貢献して、忠誠心を見せろ。」
「俺だって早くしたいさ。ただ、高級人材はレベルが高い。俺がちまちまレベル上げするのは割に合わない。」
俺の言葉に対して、杉下は少し間を置いて考えを巡らせた。
「ふむ。確かにそうだ。金子さんと相談するから、いったんオフィスに帰ろう。」
霞が関のビルに戻ると、今度は前の職場の追い出し部屋のようなところに座らさせられた。霊安室、取り調べ室、追い出し部屋とだんだんグレードアップしているが、まだ社畜レベルだ。しばらくして杉下が部屋に入ってきた。
「金子さんと相談したよ。確かにお前の言う通り、お前のレベル上げは急務だ。しかし、こちらの世界ではいくら時間があっても足りない。だから、また向こうの世界に行くことを許可する。異世界でレベルを上げてこい。」
「ええ、いいんですか!」
俺は早く田中に会いたい。願ってもないチャンスだ。
「ただ、条件はあるぞ。まず、今後ターゲットになる最上位人物のレベル確認だ。近くまで連れて行ってやるから、サーチングで確認しろ。次に、ナノチップを顎下に注射する。これは、金子さんのギルドカードを解析して作ったものだ。魔道具と言っていいかもしれない。うまくいけば現世界と異世界の間で情報交換ができる。お前の異世界でのレベルも把握できるはずだ。規定レベルになったら戻る指令を出すから戻ってこい。間違っても、レベルカンストさせて、こっちに戻ってきてから俺たち全員を消そうと思うなよ。指令を無視した時点でこっちの世界の肉体を消すから。また、向こうで1年、こっちで12時間以内に帰還しなくても肉体を消す。」
暗殺組織だけあって抜け目ないな。通信手段は実現するとは思えないけど、「肉体を燃やす」という脅しで十分だ。
「わかったよ。じゃあその最上位ターゲットとやらのところに案内してくれ。サーチングは50mくらいならば使える。」
「よし、じゃあ、今から鎌倉だ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます