第22話 まだ生きていた
「は!」
目が覚めたのは薄暗い地下室であった。ベッドの上に掛け布団もなしに寝かされていた。肌寒い。ここはあれだ。霊安室だ。ばあちゃんが亡くなった時に来たことがある。横を見たらベッドがもう一つあった。そこには死体が寝かされていた。見覚えがある。田中だ。そうだった。俺はマサユキを消すための自分のバニシングに巻き込まれ、また現世界に蘇ってしまったのだ。ひとまず自分の死体が保全されていたことに安堵した。しかし、監禁されていることには間違いないだろう。
色々と考えを巡らしていたら鉄扉の覗き窓から目が覗いた。
「おお、目覚めましたね。私の予想が的中しました。死体を回収しておいてよかった。」
俺が2回目の転生前に聞いた、あの声が聞こえた。マサユキ戦に専心していたのですっかり忘れていたが、こっちの世界はこっちの世界でピンチには変わりなかったのだ。しかし、こちらの時間軸での経過は3,4時間程度だろう。
「お前らは何者なんだ。」
俺は言葉少なめに相手から情報を引き出そうとした。
「別に大した組織じゃありませんよ。」
謎の男は俺の意図を見透かしたように話をはぐらかした。
「俺たちが蘇ることを知っていたのか。」
俺は言葉を続けることにした。少しでも状況を把握できる情報が欲しい。
「ほとんど博打ですよ。少し様子をみようと思っただけです。そうしたら意外にお早いお目覚めだったようで。」
ホホホ、とその男は笑いながら答え、続けた。
「そちらの死体は蘇りませんでしたね。じゃあもう必要ないですね。」
俺は青ざめた。田中はまだ異世界にいる。器を残しておかないとこっちに戻ってこられない。それにあいつにはこっちに親兄弟がいる。あんなに心優しいやつを異世界に放置しておくわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!こいつは、田中は確実に生き返る。それまでここに安置しておいてもらえないか?」
「ほう。なんでそう言い切れるんですか?」
「なんというか、俺たちの魂は別の所に行っていて、俺だけ戻ってこれたというか
・・」
男から情報を引き出すつもりが、俺の方から積極的にこっちの情報を提供する羽目になった。
「別の所ですか?一体それはどこなんでしょう。」
俺は観念して洗いざらい話すことにした。
「いわゆる剣と魔法の異世界ってやつです。俺と田中は一旦死んで、その世界に転生したんですが、ひょんなことからまたこっちの世界に戻って来ちゃったんです。で向こうで習得したスキルを使ってこっちで気に食わないやつの暗殺をしていたら、あんたらに捕まりそうになったから咄嗟に異世界に逃げたってわけです。」
「ほほう!あなたはこっちの世界と異世界とを行き来できるんのですか!」
謎の男は大変興味を持ったようで、興奮を隠せない声を出した。
「いや、たまたまですよ。運というか、切羽詰まったからというか、成り行きというか。」
「実に興味深い。詳しく聞かせてほしいですね。」
俺はそれぞれ行き来した状況のことをかいつまんで説明した。もちろんバニシングのことも、田中がまだ異世界にいることもだ。男はその都度大きく頷いた。
「俺のことはもういいだろ。今度はあんたらのこと教えてくれよ。そもそもなんであんたはスキルを持ってるんだ?」
「おや、なんで私がスキル持ちってことがわかるんですか?さてはバニシング以外に能力を隠してますね?」
「・・・」
俺が黙っていると男はニヤリと笑ってカードを一枚取り出した。
「お、おい。それギルドカードじゃないかよ!お前も逆転生者なのか?そもそも向こうの世界の物体はこっちに持ち込めないはずだぞ!」
「それができたんですよ。だっておかしいですよね。向こうに転生した時はこちらで着ていた服を着ているのに、戻る際は生前の状態になる。こっちのものを向こうに持ち込めるんだったら、異世界のものをこちらに持ち込むことだって可能なはずだ。そう考えてこちらに戻る時に実行したんです。もっとも、私が戻ってこれたのも、たまたまですけどね。」
「もうぶっちゃけるけど、俺はあとサーチングの能力がある。だからお前がどれだけ強いかもわかる。スキルもだ。名前は、金子か?問題はスキルだ。そのスキル『殺しの黒炎』は異世界ではシモンてやつが持っていた。なんでお前が持っている?」
「おや、シモンと知り合いだったんですね。そんな、同じスキル持ちなんていくらでもいるでしょう。」
「違うね。シモンは自分のスキルを『神から与えられた特別なものだ』と吹聴していた。それは相当なレアスキルだ。」
「勘がいいですね。実はこれはシモンさんから譲ってもらったものなのです。知り合った人の中で一番上等なスキルだったので。」
嘘だな。あのシモンが自慢のスキルを譲り渡すわけは無いし、そもそもスキルの譲受が簡単にできるわけないだろう。考えるに、俺たちの後、マサユキの前に金子は転生し、シモンから何らかの方法で奪ったのだ。
「勘の良い井上くんとの問答はこれくらいにしておきましょう。我々の目的はあなたと同じです。暗殺ですよ。ですが、あなたの低俗な私怨によるものと違い、もっと高尚なものです。公益目的です。あなたにはスキル持ちとしての自覚をもっと持ってもらい、日本のため人のために頑張ってもらわなければならない。」
「はあ?公益?そんなの犯罪者は警察が捕まえればいいだろ?」
「問答は終わりと言ったはずです!あなたはこれから我々の指示通り動けばいいんです!それなりの待遇だって用意するんですから、そのねじ曲がった性格から治しますからね!明日まで田中くんの死体の側で寝ていなさい!」
最後は金子は怒って行ってしまった。鉄扉の隙間から目しか見えていなかったが、絶対オカマみたいなクネクネしたやつだ。あんな奴の下で働かされるのか。また憂鬱になってきた。異世界ではなんだかんだで憂鬱になる暇も無かったが、現世界では嫌なことばかりだ。
「ああ、異世界とソラナックス、レキソタンが恋しいよ。」
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