第3話 死体清掃稼業

 それからというもの、俺は暗殺者ギルドで働かされた。内容は、使い走り、伝言伝達、暗殺現場の掃除、死体の片付け、死体処理などだ。特に死体関係の仕事は最初はキツかった。こみ上げた吐しゃ物を我慢して口に溜め、耐えきれなくなって惨殺体にぶちまけたときはリーダーに蹴りを入れられた。

 「痕跡残さないように掃除しているのに、お前の痕跡残してどうすんだよ!」

 チームはリーダーのマタイと俺、あともう一人新人の3人だ。もう一人の新人も転生者で、田中といった。俺よりも数週間早く転生していた。年齢もレベルも俺と同じような感じだった。元いた世界では介護の仕事をしていたらしい。老人の糞尿処理をしていたせいか、死体や血しぶきの掃除はうまかった。ただ、ちょっとコミュ障っぽく、あまり自分のことは話したくないようで、特に日常会話もすることも少なかった。

 ともあれ俺も、2、3か月経ってくるとだいぶ仕事に慣れてきた。リーダーのマタイも寡黙だが色々と気にかけてくれたり、暗殺稼業について簡単に教えてくれることもあった。元の世界の社畜時代は作った書類を何時間も「てにをは」でネチネチ責めたり、数字が上がらないことをみんなの前で説教したりといったパワハラをする上司ばかりだった。少なくともこっちの世界の上司は実務には厳しいが、指示は明快だし、無駄なパワハラはしない。仕事が死に直結しているからだろう。飯はまずいが、より人間的な仕事ができているような気がしてきた。

 ある日、リーダーが死体の処理に魔法を使っているのを見た。リーダーが「バニシング」と唱えると、死体はきれいに消えた。

 「あ、リーダー、今魔法使いましたよね。なんですか、それ。」

 「ああ、これか。対象をどこかに消し去る魔法だよ。」

 「こんなに綺麗に消せるのに、なんでいつも3人がかりで掃除するんですか?」

 俺は素朴な疑問をリーダーに投げかけた。

 「いや、この魔法はな、本当に死体がどこに行くかわからないんだよ。暗殺っていうのは、依頼者に『確実に殺せ』と言われている。これは、『絶対に蘇らせるな』と同義なわけだ。金持ちだと、蘇生魔法を使える高位聖職者を雇って、肉体の破片からも対象を蘇生できてしまう。だからいつも一片の肉片も、血しぶきも残さないように俺たちが掃除してかき集めて、依頼者が安心できる最終処分場で『最終処分』をしている。」

 リーダーは淡々と答えた。

 「じゃあ今回はどうか。今回は『確実に殺せ』とは言われていないんだな。『バニシング』は消し去る魔法だけど、本当に消えるわけじゃなくて、どこかに転送してるんだよ。下手な奴がバニシング使った直後、対象が頭の上から落ちてきたっていう笑い話もあるくらいだ。今回は多分蘇生される前提なんだろうな。依頼者の意図に首を突っ込むつもりはないけど、政治的にはたまにある話だよ。」

 俺と田中は顔を見合わせた。

 「『バニシング』は生きている人間にも使えるんですか?」

 田中がリーダーに食い気味に質問したが、リーダーはそれを腕で制止し、遮るように被せてこういった。

 「俺たちも早く撤収しないと、捕まるぞ。その質問はあとで答えてやる。さあ、行くぞ。」

 その夜、固い黒パンをかじりながらリーダーが俺と田中に話し始めた。

 「いいか?今まで死体片付けの仕事でだいたい分かっていると思うけど、便利な魔法がたくさんある中で何でこんな泥臭い作業しなきゃいけないと思う?そもそも殺しの段階でも、首を掻っ切った殺し方をしなければならない。疑問に思わなかったか、田中。」

 突然話を振られた田中は挙動不審になって下を見つめた。

 「まあいいや。教えてやるよ。水の魔法を使って窒息させたり、炎の魔法で焼死させたりもできる。極めつけは即死魔法さえもある。だからこそ、問題なんだ。俺たちの暗殺対象になるような地位の高い連中は必ずと言っていいほど魔法無効可化の加護を身に纏っている。これは死体になっても消えないから、炎魔法で焼却することもできない。だから『最終処分場』があるんだが、それは置いておいて、魔法が効かないとなるとやはり物理攻撃しかないわけだな。中には物理攻撃無効の加護持ちのやつもいるが、加護は二つ持てないから、その時は魔法で殺せばいい。」

 酒を飲んでいるからか、普段は寡黙なリーダーはだいぶ饒舌になっていた。

 「そこで『バニシング』だ。この魔法は、実は化外魔法なんだ。なぜか俺もわからんが、俺たち暗殺者だけに与えられた加護だ。厳密には魔法に分類されないものだ。で、昼間の田中の質問『生きている人間に使えるか』だが、結論を先に言うと、使える。ただ、自分よりレベルの低い相手にしか効かない。死体になると、もはやレベル0だから昼みたいに簡単に処理できるんだよ。どうしても生きている人間に使いたいならば、彼我のレベル差を見極めて使うんだな。」

 田中は目を輝かしてリーダーの話を聞いていた。それを見たリーダーは続けてこういった。

 「お前もバニシング使いたいか?じゃあ、まずは人の首掻っ切る仕事を覚えないとな。実は明日から新人が来るから、お前ら今日で死体掃除は卒業だ。明日からシモンの下で働け。」

 俺はマタイが上司として好きになっていたので、明日からシモンの下で働けと言われて少し不安になった。いつでも人事異動は嫌なものである。いろいろと考えが巡って、まんじりともせずその夜は眠った。

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