第4話 オン・ジョブ・トレーニング〜ゴブリン討伐

 「いいか、お前ら。暗殺は闇夜に紛れて・・なんていうのは素人の考えだ。殺せるときはいつでも殺せるようにしておかなかなければならない。特に昼の方が警戒が薄いんだ。9時に店を開けて、5時に店を閉める魚屋や肉屋みたいに、俺たちも昼間に死を売り歩くんだ。」

 シモンによるよくわからない抽象的な演説を聞きながら、確かに前の世界よりホワイトだなあと感じた。前の世界ではプレゼン資料作成が終わらなくて終電ギリギリまで粘ったり、終電逃して会社に泊まったりしていたが、こっちでは死体片付けの時も夕方には仕事が終わっていた。

 「だいたい人間なんて誰しも後ろめたいことがあるもんだ。昼間にコソコソ不倫相手のところに行くなんてザラだ。そういうところを攫って殺して最終処分すればいい。・・まあ能書きはさておき、ナイフで首を掻っ切る練習からだな。お前ら転生者は特に心が軟弱な者が多いから困るよ。いきなり人間の首を掻っ切れって言ってもできないと思うから、ゴブリンで練習しろ。」

 死体清掃のマタイは「見て覚えろ」的に終始寡黙だったが、シモンは違うようだ。だが、やり方は乱暴だった。

 「ゴブリンは最弱モンスターだが、下手したら殺されるぞ。この部屋の中に10匹放っといたから、2人でナイフで殺せ。首を切り付ければすぐ死ぬから簡単だよ。」

 3ヶ月この城下町でドタバタしていたが、ゴブリンなんて見たこともなかった。ゲームと同じやつか?部屋の扉の前で田中と横並びになった。田中は足をガタガタいわせて震えていた。俺はドアノブを回し、ドアの隙間から中を覗いた。学校の教室くらいの広さの部屋に、緑色した身長130cmくらいの不細工な生物がいた。中にはこん棒を持っているやつもいる。田中がこんな状態で、しかもこんなナイフ一本で殺せるか?田中の震えが俺に移ってきた。いつまでも部屋に入らない俺たちを見て、シモンは痺れを切らした。

 「ほら、早くやれって言ってんだろ!」

 そういってシモンは俺たち2人の尻に連続で蹴りをいれた。その拍子に部屋の中に入ってしまった。その物音を聞き、ゴブリンたちが一斉に俺たちに気が付いた。やつらも最初は遠巻きに警戒していたが、しばらくして突如こん棒を持ったゴブリンが俺めがけて突進してきた。え、何で俺なんだよ!と思い横を見たら田中がいない。入ってきたドアはカギが外からかけられていたから、透明化スキルか何かで自分だけ身を隠したに違いない。クソ、万事休す。俺はナイフを逆手で持ち、振り下ろされたこん棒を刀身で防ぐ形の防御型を取った。防御には成功したが、同時にナイフが折れた。それを見て、他のゴブリンたちも一斉に襲い掛かってきた。俺は亀になって丸まって袋叩きにされた。特にこん棒が痛い。クソ、クソ!ヤケクソになり、頭をガードして立ち上がり、目の前のこん棒ゴブリンの腹に思い切り蹴りを入れた。こん棒ゴブリンは思った以上に吹っ飛び、動かなくなった。そうか。体重差がかなりあるから、最初から子供と大人の勝負みたいなものだったんだな。こん棒ゴブリンがやられたのを見て、他のゴブリン達は怯んだようだった。俺は折れたナイフの先を拾うと、俺を一番タコ殴りにしていたチビゴブリンの首にそれを突き立てた。チビゴブリンは一瞬で絶命した。こうなればワンサイドゲームである。残り8匹を殴ったり蹴ったり、追いかけまわして全て退治した。

 「ハア、ハア、終わった・・」

 俺が息を切らしていると、田中がスゥっと現れた。

 「おい、お前、手伝えよ!隠れてんじゃねえよ、ボケ!」

 俺は俺一人に仕事をさせた田中を許せなくなり、罵倒した。

 「ご、ごめん。。ゴブリンはなんか気持ち悪くて苦手でさ・・・」

 こいつゴブリン見たことあったのか。まあいいや、今後こいつに気を遣うことはないな。俺は舌打ちをし、田中が震えながら握っていたナイフを取り上げた。

 「お、終わったな。」

 そう言いながらシモンが部屋に入ってきた。

 「しかし、こりゃひでえな。ナイフで倒したの一匹しかいねえじゃんかよ。暗殺もクソもあったもんじゃねえな。」

 シモンはガハハと笑った。そして言葉をつなげた。

 「おい、田中。お前ハイディングのスキル持ってんだろ。普通の暗殺者は持ってねえんだぞ。暗殺の神にこんなに愛されているのに、逃げるのにしか使えねぇのかよ、このタコが!」

 田中は頭を小突かれ、涙目になっていた。シモンは田中を詰めたあと、俺の方を向いた。ゴブリン退治の興奮が収まってきて、袋叩きにされた身体のあちこちが痛くなってきた。

 「井上、お前も持ってるスキルをちゃんと使えよな。確か、サーチングだっけ?相手の能力を見れるんだぞ。使い方によっては強スキルだ。」

 そういえば俺もスキル持っていたんだよな。完全に忘れていた。

 「はい、わかりました!」

 俺は元気よく返事をした。身体中が痛い。早く帰りたかった。

 「じゃあ、今日の訓練はここまでだな。明日から実践だからな。解散!」

 俺はほっとして、田中と宿舎に向かうことにした。その前にシモンにサーチングを使ってみた。

 「シモン レベル15 体力100、魔力60、固有スキル 殺しの黒炎」

 へえ、レベルは俺とあまり変わらないのに体力がすごいな。固有スキルもなんか暗殺者っぽいな。

 ついでに田中もサーチングした。

 「田中 レベル9 体力50、魔力30、固有スキル ハイディング」

 なんだよ!俺よりレベル低いのにステータスは上なのかよ。それなのに俺に仕事させやがって。なぜか前の世界で同僚のババアのしりぬぐいをさせられたことを思い出し、無性に腹が立った。

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