第5話 オン・ジョブ・トレーニング〜初めての殺人

 「今日は一番低レベルの暗殺依頼を諸君にやってもらいます。」

 シモンは学校の校長みたいな口調で話し始めた。

 「今回は、ただ、殺せばいいだけです。首を掻っ切ったら終わりです。いつどこでやってもいいです。他人にバレても大丈夫です。しかも、やる時には俺が後ろで見守ってあげている。こんな良い条件の暗殺、他にありませんよ!?」

 「はあ。」

 俺が気の抜けた返事をしたら、シモンに喝を入れられた。

 「返事は『は・い』!」

 「は、はい!」

 自然に背筋が伸びた。校長先生のつまらない話の最中気を抜いていたら、体育教師に喝を入れられた感じだ。

 「この依頼は、とある可哀想な兄妹からの依頼なんです。なんでもここら辺で有名な札付きのワルが酒に酔った時に、無礼打ちだ、とか何とかで兄妹の父親を剣で殺しちゃったそうなんです。兄弟は仇討ちしたいけれど武器も無いし、お金もない。そこで、人格者の俺様が無料で仇討ち依頼を引き受けたわけ。こいつは町の嫌われ者だし、誰にいつ殺されても不思議じゃないし、文句言う人もいない。You,ハイディングで近づいて、チャチャっと首切っチャイナ!」

 シモンは田中を指さしながら陽気に語った。校長口調は消えていた。

 「お、俺すか!?」

 田中は明らかに動揺していた。俺は田中のヘタレぶりに辟易していた。この依頼ならシモンの言う通りハイディングを使えば楽勝だろう。良スキル持ちなのに、こんなに自分に自信が無いと本当に宝の持ち腐れだ。

 「わかった、わかりました。俺が首を切りましょう。田中は消えたり現れたりしてそいつをけん制してくれればいいよ。それだったらできるだろ?」

 「わ、わかったよ。」

 「よっし、じゃあそいつの名前と顔、よくいる酒場などの情報は渡すから、二人で作戦会議して頂戴な!」


 シモンと別れてから俺の部屋で田中と条件整理を始めた。期限は1週間以内、ターゲット名は『テラ』、年齢31歳の職業冒険者、数年前にこの城下町に来訪、大通りから一本入った通りの安酒場に朝か入り浸っている。城門近くに安宿を借りている・・

 「1週間か。あまり余裕ないね。」

 田中はおどおどしながら言った。

 「まず人相と、ここに書いていない情報を集める必要があると思う。俺が酒場でターゲットに接触している間に、お前はハイディングで奴の家の中を物色しろ。あと、奴が家に帰ってきたらできる限り家の中の言動も把握しておこう。」

 「え、井上、いきなり接触して面が割れちゃってもいいの!?」

 「大丈夫だと思う。まず地図を見ろよ。この酒場から安宿まで帰る際には必ずこの裏路地を通る。ここで殺すのは確定だが、役割分担としてはお前がハイディング使って相手を陽動しているすき隙に俺が後ろから気づかれないように近づいてブスリだ。」

 「なんで奴の家の中まで調べるの?」

 「お前、シモンの言う事100%信じるのかよ。仲間とか、強力なコネとかあるかもしれないだろ。裏取りしておかないと。」

 「そ、そうか。じゃあとりあえず俺は奴の家行ってみるよ。」

 「え、田中お前開錠スキルなんて持ってんのかよ。」

 「ああ、なんか部屋の扉で練習していたらできるようになった。魔法防御されていない鍵だったら大抵開けられるよ。」

 「つくづく暗殺の神に愛されてるな!才能だけは一人前だな!」

 俺は田中に関心するとともに嫉妬した。この世界で生きていく才能に溢れているのは俺ではなく田中だ。つくづく不平等だ。

 「じゃあ、奴はもう酒場にいるはずだから接触してくるよ。お前はテラの部屋の家探しと監視だ。バレないようにしろよ!」


 酒場に入ると「テラ」が誰なのか嫌でも分かった。仲間っぽく見えるごろつき数名とどんちゃん騒ぎしている。その中心にいる奴だ。朝っぱらからよくやるよな。少し離れた席で様子を見ていたら、テラが隣の近くの席で作戦会議をしていた新人パーティに絡みだした。俺はタイミングを見計らい、ビールを持ってテラに近づいた。

 「これはこれは、テラさんじゃないですか。その節はお世話になりました。」

 「あ、お前誰だ?」

 テラはこちらを振り返り怪訝そうな顔で俺を見た。

 「やだなあ、昨年お世話になったじゃないですか。道で俺が絡まれてる時に、そいつらボコボコにしてくれて。あの時はすごかったな~」

 俺が適当についた嘘の話に、テラはまんざらでない顔をしていた。

 「テラさん、一杯ごちそうさせてください。お仲間さんの分も」

 正直俺の懐事情はキツイい。3か月間死体処理の仕事をしていたわけだが、その間の給金なんてほとんどない。刑務所の刑務作業と一緒だ。だが、ミッションはこなさなければならない。

 「おー、ありがとな。思い出した。お前、確か転生者だろ。」

 「お察しのとおりです。鈴木といいます。俺みたいなFラン転生者が、町の英雄に覚えていただいて光栄です!」

 その後もテラの武勇伝に相槌を打ちつつ、褒め殺しをしまくった。社畜時代の飲み会スキルがここで役に立つとは思ってもみなかった。テラは上機嫌だ。

 「俺はこれからでっかい仕事が待っているんだ。ついに俺も本物の騎士様になれるんだぞ!貴族の仲間入りだ!」

 相変わらず武勇伝は終わらない。俺はナーシングの手法でテラをどんどん気持ちよくさせていった。で、話を続けてわかったことは、こいつはただのバカということだけだった。仲間とみられるごろつきも、実際にパーティを組んでいる仲間ではなく、単に顔見知り程度を捕まえただけであった。複数を相手にしなければならないと骨が折れるな、と心配していたが杞憂に終わったようだ。田中と立てた単純な計画通り、裏路地で首を掻っ切れば良い。

 「いやー、テラ様と飲めて大変ありがたかったです。では、私はこれで。」

 「おう、またビール頼むな。」


 次の日の朝、田中が帰ってきた。眠っていないにも関わらず、疲れはそれほど見られなかった。介護施設でやっていた夜勤で鍛えられているのだろうか。

 「で、どうだった?」

 「テラの部屋を漁ったけど、特段何もないね。宿には単に寝に帰ってるだけみたいだ。ベッドの裏を調べたら不相応に金貨が並べられてたけど、強盗や恐喝の類で稼いだやつだろう。官憲に見つかったらヤバいから隠してるんだ。そのあとテラが帰ってきたんでハイディングを使って見張っていたけど、寝る以外何もしなかった。」

 「そうか。こっちも直接話したんだが、ただのアホだった。予定通り、今夜、例の裏路地でけっこう決行しよう。」

 俺と田中はシモンに報告し、作戦を伝えた。シモンは特に何も言わなかった。

 俺と田中、シモンが裏路地のゴミ捨て場に潜んでいると、テラが裏路地の入口からやってきて潜んでいる俺たちの横を通り過ぎた。

 「よし、行くぞ!」

 俺は田中に、ハイディングでテラの前に回り込むよう指示を出した。相応の時間が経ったので、田中はテラの前に回り込んだはずだが、田中からの合図はなかった。全然、陽動作戦を開始しない。何やってんだ、あいつビビってんのか!?ただ、顔を出したり脅かしたりすればいいだけなのに。痺れを切らしていると田中がようやく顔だけ出した。しかし月に照らされたその顔は、明らかに動揺していた。だが、テラの足止めには成功したようだった。俺はここしか機会がないと思い、ナイフを握りしめてテラの背後に迫り首を切りつけた。テラは倒れた。作戦は成功だ。それを確認し、シモンが駆けつけてきた。

 「よくやったな!テラのアホ面を見せてみろ。」

 俺はシモンから手持ちランプを受け取りテラの顔を照らした。その瞬間絶句した。

 「これは、、テラじゃない。人違いだ!」

 俺は頭が真っ白になった。どうしようどうしよう。

 「バニシングだよ!」

 シモンが叫んだ。は?バニシング?

 「おい、バニシングだよ。マタイから習っていないのか。しょうがねえな。ぶっつけ本番だ、やってみろ!」

 俺は我に返り、手に魔力をこめて込めて叫んだ。

 「バニシング!」

 どうやら成功したようだ。死体は光りに包まれ、跡形も無く消えた。俺達は誰にもみられないよう、急いで暗殺者ギルドに逃げ帰った。「後は任せろ」とシモンに言われたものの、安心できなかった。

 それから数日間は部屋に籠りきりで過ごした。田中も同じような感じだった。ギルドからのお達しもなかったが、1週間後にシモンから俺と田中が呼び出された。

 「井上、まずいことになった。あの死体は貴族で、思ったより位が高かった。で、お前のバニシングが未熟だったから大して遠くに飛んでなかったんだよ。すぐ教会に搬送されて蘇生された。さらに運が悪いことに、襲われた時の記憶も鮮明ときてやがる。ギルマスは即座に『今回の事件に暗殺者ギルドは無関係』っていう声明を出した・・俺の言ってることがわかるか?」

 え?これはもしかして?

 「トカゲの尻尾切りですか?」

 俺はうつむき加減で尋ねた。

 「馬鹿いっちゃいけない。トカゲの尻尾切りなんて、そんなことはないよ。ああ、なんというか、今までお疲れさまでした。」

 そういうとシモンはいくばくかの金貨の入った袋をテーブルの上に置いた。逃げろ、ということだろう。不満はあったが、「最終処分」されないだけマシだ。うだうだゴネたら、この場で最終処分される可能性だってある。

 「わかりました。今までありがとうございました。」

 そういうと俺は田中と連れ立って裏路地へ逃げた。裏路地を駆け抜け、城門付近へ向かった。なんとか人に気付かれずに城門の近くについた。しかし城門はどうやって抜ける?田中はハイディングで抜けられるだろうが、俺は無理だ。

 「田中、お前はどうする?ハイディングを使って城門を抜けるか?俺はハイディングが使えないから、無理だ。ここでお別れだな。」

 「い、井上、ここでお前を置いていくことなんてできないよ。ここを抜けられても、魔力が切れたらもうハイディング使えないし。」

 「じゃあどうするんだよ!策があんのかよ!」

 「・・・・」

 俺たちがもめている間、何かが忍び寄っていたようだった。俺の影から「スゥ」と手が伸び、俺の首を絞めた。

 「ギギギ・・」

 ダメだ、失神する!落ちる間際、田中が影にナイフを突き立てた。

 「グエ」

 フード付きマントを被った男の死体が影から浮かび上がった。ギルドは建物から離れてから「最終処分」するつもりだったのだろう。追っ手をサーチングしたら暗殺者ギルドの者であった。

 「あー、簡単に捕まえられるって言ってたのに簡単に殺されちゃったよ。」

 建物の影から数人の男がわらわらと現れた。10人近くはいるだろう。

 「もうあきらめなよ。お前らがいるとギルマスが困るんだよ。」

 集団はじりじりと距離を詰めてくる。絶体絶命だ。その時、俺の脳裏にふとある閃きが浮かんだ。

 「おい田中、今から身体の力を全力で抜け!」

 「なんで!?」

 「いいから。とにかくフニャフニャになるんだよ!寝そべれ!」

 俺も寝そべって力を抜き、大声で叫んだ。

「バニシング!」

 その一瞬、輝く光が一際強く、俺たちを包みこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る