第6話 現世へ逆戻り

 俺は汗だくで布団から飛び起きた。すかさず枕元の携帯を確認する。8月7日午前4時。異世界以前の記憶では、たしか夜12時くらいにストゼロを飲みながらネットフリックスを見ていたはずだ。異世界が単なる夢だったとすると、眠っていた期間はだいたい3時間から4時間といったところか。

 「なんだ、夢だったのか。」

 異世界では殺される間際だったので助かってホッとしたという思いもあるが、急に考えが現実に飲まれた。そうだった。俺は社内ニートだ。パワハラで鬱病で追い出し部屋に押し込められているんだった。明日からまた追い出し部屋に向かわなければならない。憂鬱だ。俺はテレビ台に無造作に散乱していた薬のうち、マイスリーとソラナックスを口に放り込んで7時まで布団を被った。

 次の日、追い出し部屋にいつも通り出社した。日がな一日、自分の席でエクセルを開き、適当な文字を打ち込み、デリートし、エクセルを閉じる。その作業を定時である5時までやっている。たまに俺の後ろを係長の古田が通る。すかさず、俺は背筋を伸ばす。古田は俺のパソコン画面をジロリとみると、何も言わず通り過ぎる。俺はこの古田が嫌いだ。ハゲでチビの癖に肩で風を切って威張り散らしている。俺が社内ニートになった経緯はいろいろあったが割愛する。とにかく古田が嫌いだ。正直殺したい。

 ふと異世界で身に着けた暗殺スキルはここでも使えるのか?と疑問に感じた。追い出し部屋に古田が入ってきた。俺は早速仕事をしているフリをする。古田をやり過ごした後、サーチングを古田に対して使用してみた。目の前に古田のステータスが表示された。

 「古田 レベル13 体力5 魔力0 固有スキル:なし」

 レベルだけ俺より高いけどゴミステータスじゃねーか!こんな奴にビクビクしていた自分が正直情けなくなった。一方、ここで、現世に戻った自分のステータスがどうなっているか気になってきた。が、ギルドカードはもうない。自分に対してサーチングはできるのか?とりあえずやってみることにした。指先を自分に向ける。

 「井上 レベル12 体力50 魔力50 固有スキル サーチング、バニシング」

 できた!しかもなんかレベルもステータスも上がっているんですけど!バニシングも使えるようになっている。サーチングが使えるということはバニシングも使えるってことだような。次はバニシングを使ってみよう。

 俺は仕事帰りに電気屋に寄り、GPSタグを10個買った。向こうの世界ではバニシングで転送できる場所は熟練度や魔力にもよるようであった。初めてバニシングを使った時は、全魔力をほぼほぼ消費していた。GPSタグをスマホに紐づけた上でバニシングを使い、どこに飛んで行ったか観測を続ければ使った魔力量と距離との相関関係がわかるはずだ。訓練を続ければ自分の好きな場所に転送もできるかもしれない。

 「バニシング!」

 俺は魔力を1使用してGPSタグに魔法をかけた。GPSタグは光に包まれて消えた。さてスマホの位置情報はどこにあるか。

 「!?」

 位置情報の反応は消えた。地球上のどこにもない。まじかよ。俺は次のGPSタグに、今度は魔力10を意識してバニシングをかけた。やはり位置情報は消えてしまった。その後も魔力量を変えて残りのタグに試行錯誤してみたが、やはりすべて位置情報が消えてしまった。地下など、位置情報が終えない追えない場所はあるだろう。だが、10個すべてが位置情報の追えない場所に転送されたとは考えにくい。それにたかだかレベル12のバニシングだ。地球外とか、そんなところに飛ばせるわけがない。

 「地球外?」

 そうか、このバニシングを習得した地、異世界へ転送されたんだ。異世界内でバニシングを使うと異世界のどこかに転送される。しかし、現世界でバニシングを使うと異世界に転送されるのだ。じゃあ、バニシングで現世界に戻ってこられた俺はどうなんだ?異世界→現世界のルートもあるっていうことか?両方の世界を経験している物質は異世界⇔現世界の行き来ができるのかもしれない。

 「こんな時に田中がいてくれればなあ。」

 こんな話を誰に話しても信用してくれるわけがない。異世界同期の田中ならば一緒に考察してくれるだろう。しかし、あいつがどこに飛ばされたかはわからない。生前は中野に住んでいたと言っていたが、中野住みの介護職員などいくらでもいるだろう。それにスキルは持ち込めるんだからそれで一儲けしているかもしれない。バニシングはとりあえず「対象を異世界に飛ばせる」という理解でいろいろと実験をしていこう。そう思った。

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