第9話 復讐稼業
古田は失踪したということで処理されたそうだ。追い出し部屋は追い出し屋の古田がいなくなったことで随分と快適になった。さてこれからどうするか。恨みもある奴はいくらでもいる。希望もない現世界では、今は生き甲斐なんて何もない。ただ、今回の暗殺は計画、実行の過程において大変有意義なものであった。「復讐は何も生まない」とかなんとかどっかの映画では言っていたけれど、復讐が完遂できればこれほど気持ちのいいものはない。これからの人生は、復讐に使おう!
そう決めてから追い出し部屋でのエクセル作業にも熱が入った。答えは俺の心の中にある。小学校の時担任だった大井、中学校の時番長だった飯村、テニス部長の緒方、小中高と同じ学校で表面上は仲良くしていたが、裏で俺を貶めていた上田、大学のサークルで俺の好きだった子と付き合っていた菊池、就職一年目の俺をいびりにいびった清水、毎日俺にクレーム電話をかけてきた吉岡、説教とパワハラを繰り返し俺を追い込んだ今井・・・総勢30名ほどの名前をリストアップできた。しかし学生時代の連中などは今どこにいるかもわからない。それに昔の恨みなどだいぶ風化してきている。必然的に所在が分かる仕事関係者にターゲットを絞ることになった。
エクセルリストはS~C評価でターゲットのランク付けをしていた。Sランクの2人、今井と吉岡をまず消してやろう。ただ、相手のレベルが高いと厄介だ。俺のレベルは13。古田の暗殺で1レベル上がったところだ。今井と吉岡。念入りに調査して暗殺できるレベルか確かめないと・・・
まずは今井だ。職員名簿で今井の現在の職場は把握している。住所も昔の住所録を保管してあったので把握済みだ。まずは職場の近くで張ってサーチングをかけるとするか。今井は本社ビルの10階の奥に席があるようだった。しかし、入口からは確認ができない。10階のエレベーターホールで待機することにした。時間は12時を回った。昼食に向かう職員が一斉にエレベーターホールに集まった。その中に今井を発見した。チャンスだ。俺は気づかれないように今井の頭の上の吹き出しを見た。
「レベル15」
俺は絶望した。俺よりもレベルが高い。これだとバニシングすることができない。古田の時みたいに薬を盛ることも不可能だろう。それに今井は酒が飲めない。今井は諦めるしかないのか。逆に、自分のレベルを上げてから挑戦するよう、神の啓示かもしれない。
今井は後回しにして吉岡から片付けることにした。吉岡は個人酒店をやっていて、脱税と風俗に生きがいを持っているゴミみたいなやつだ。早々に今井に見切りをつけた俺は、吉岡の店がある上野に向かった。吉岡には散々クレームを付けられて、店頭で土下座までさせられたが、俺の顔なんて覚えていないだろう。だが、一応マスクとサングラスを付けて吉岡の店に入った。
「すみません。マルボロメンソールライト一つください。」
店頭ではめんどくさそうに吉岡が対応した。俺の顔なんて見てもいない。金を払い、商品を受け取る際にサーチングを行った。
「レベル5」
なんだよ、こいつニートレベルじゃねえかよ。こんな奴に土下座させられていたなんて、自分が心底恥ずかしくなった。もういいや、いろいろ段取り考えるのもめんどくさい。他の客も店員もいないし、バカだから監視カメラもついていない。ここで消しちゃおう。
「あの、すみません。井上さんってご存じですか?」
「え?どこの井上さん?」
吉岡が初めて俺の顔を見た。その瞬間俺は唱えた。
「バニシング」
瞬間、吉岡は光に囲まれ、驚いた顔をしていたが、すぐにどこかに消え失せた。俺は何事もなかったかのようにタバコを手に店を出た。レベルは14に上がっていた。
それからというもの、リストに沿って暗殺を繰り返した。社会人でそれなりの役職持ちは大抵レベルが高いことが分かったので、それ以外の者をターゲットにした。とにかくレベルを上げなければならない。時にはホームレスの暗殺も行った。もはや雑魚敵を倒し続けるRPGの主人公だ。そんなこんなで5人は消し、レベルは16まで上げることができた。やはり、レベルが上がるごとにレベルは上がりづらくなっているようだ。ちなみに、やたら歩く機会が増えたせいか、体重は10キロ近く痩せた。
ようやくターゲットの今井に着手することができる。俺は万全を期して田中に協力を仰ぐことにした。田中にこの話をしたらあからさまに嫌がった。
「君、こっちでも暗殺やってるのかよ。殺人の片棒担ぐのはやだよ。」
「何言ってるんだよ。殺人じゃないよ。身体を透明にするだけだよ。お前だって散々スキル使って犯罪行為してるじゃんか。」
田中は気まずそうに沈黙した。
「お前にやってもらうことはそんな大したことじゃないよ。ターゲットは今井。俺たち底辺と違っていけ好かないエリートだぞ?お前が徹夜でジジババの糞尿処理している間にこいつはパパ活しているんだ。そういう相手に対して義憤はわかないのか。」
「・・・」
「お前がストーキング、いや見守りしている女の子だってこういう汚らしいおじさんの餌食になっているかもしれないんだぞ!それでいいのか!」
「・・わかったよ。やるよ。でどういう計画考えてるの?」
よし。田中は落とした。俺一人でやるよりも暗殺スキルに恵まれているこいつがいれば成功率爆上がりだ。
「計画は簡単だ。俺は今井をリサーチして、今井の最寄り駅から家までの帰り道を把握した。そしてそのルート上の監視カメラの位置と角度もすべて潰した。もちろん、一軒家やマンションについているやつもだ。その結果、この通りは完全に死角になることが分かった。夜間はほとんど人通りがなく、都合のいいことに草ぼうぼうの空き地まである。おれはこの空き地の塀に寄りかかって待機する。お前は駅からハイディングを使って今井を尾行、空き地の前を通り過ぎる瞬間、空き地に向けて突き飛ばしてくれればいい。そこで俺が一発バニシングだ。」
俺は地図を広げて説明した。
「・・・」
田中はしばしの沈黙ののち口を開いた。
「でも、異世界の時みたいに人違いしたらどうする?」
「写真でこの顔とこのメタボ体型覚えただろ?あと、この駅まではほぼ一緒に移動するんだから電車の中で目に焼き付ければ良い。駅からはハイディング使って360度舐め回すように頭の先からつま先まで観察してよ。」
「そうだよね。ここはガス灯が道を照らす異世界じゃないんだ。間違えようはない。」
「話がわかるようになってきたじゃないか。だったら今から下見とシミュレーションをして今夜決行だ!」
暗闇の中、俺は空き地の塀に寄りかかり待機していた。しかし、藪蚊がやたら多い。身体中が痒くなってきた。今井はまだかまだかと待ち侘びていたらようやく田中からLINEが入った。
「今駅降りたよ!ハイディングで尾行中!」
「了解」
よし、やっときたか。待たせやがって。
「空き地前までもう少し。あと1分以内に突き飛ばすよ!」
続け様に田中からLINEが入った。すると空き地の前を横切る影が視界に入った。と同時に何かにぶつかったかのごとく、「あっ!」と口に出し横に向けて倒れ込んだ。間違いない。今井だ。今井は何が起こったのか把握できておらず、呆然としていた。俺は過去の恨みを込めて一発サッカーボールキックを顔面にかました。
「ギャ!」
思いのほか大声を上げた。これ以上悲鳴など出されてはまずい。すかさず「バニシング」と小声で唱えた。
今井は光に包まれた。包まれつつ、俺の顔を視認し何か叫びながら消えていった。
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