02

 十層の入り口をくぐった先は森だった。

 空気の澄んだありふれた……ものとは縁遠く、湿気でジメジメしており異様なまでに背が高い木々が生い茂っている。そんな光景の中、息を切らせる四人と、感心したようにそれを見ている一人の姿があった。


「お前たち、随分と順調だな」


 アビトは驚いたような口調をしていた。


「そうか?」

「……どこがッスか?」

「私、ヘロヘロですよ?」

「僕も……」


 最初は地図を元にして目印となる拠点を探しながら少しずつ進むつもりだった。

 しかし、いくら探しても一層の最初の目印となる冒険者たちのキャンプ跡が見つからなかったのである。


「ごめん、俺が大雑把な地図書いたから……」

「先輩、その地図が無ければ出口も見つかってませんよ」


 当然のことながら計画を変更するしかなかったのである。


「出口に真っ直ぐ向かう方が一カ所探すだけだから楽という発想は乃公おれにも予測できなかった」


 大笑いするアビトに多少の恨みを感じるが、こらえる。

 何はともあれ十層の入り口にたどり着いたのは正直ホッとしているのだ。

 それにしても出口だけを探そうなんて言い出したのは誰だったのか……覚えていないし、ジルも賛成はした気がしたので忘れることにした。


「オレ、魔力切れる!」


 膝に手をつき背中を丸めた姿勢のカルマは一番辛そうだった。

 開けた草原がや砂漠の階層はともかく、迷路のように入り組んだ階層やどこかの町を模した階層は魔力感知を使わざるを得なかったのである。


「何だか私たちって計画立てても上手くいかないね……」

「まあ、大抵の計画は崩れるものだからな」


 ため息をつくモーリスにアビトが答えていた。


「全員、ここで休憩! 今オレが決めた!」


 カルマが断言する。


「私、カルマくんに賛成。なんで休憩しなかったんだろうね?」

「俺は誰かに挑発されていた気がするんだ……」


 モーリスの問いに答えながらアビトに視線を移すと、何のことだか、とでも返すように肩を竦めるだけであった。

 追求してもはぐらかされるのは明白なので、ジルも休憩に移る。

 道具袋から防水加工のされたマントを出すと地面に置いて上に座った。


「そういう使い方もあるんですね」

「ないと思うぞ」


 様子を見ていたリクが感心するが、ジルとしては単に思いつきでやっているだけに過ぎない。他の誰かが同じことをやっているとは思えなかった。

 それにしても、やはり巨大な森に視界が遮られていて不安はある。

 特にカルマの疲労が気になるところだった。

 支援魔法で何とかならないのかと思いつき、ジルはちょうど近くにいたリクに声をかけた。


「なあ、リク。お前、カルマに魔力を受け渡したりできないの?」


 ジルとしては何気なく聞いただけだったのだが……その言葉と共に場の雰囲気が一瞬にして凍り付いた。


「えっと……」


 たじろぐリクに何事かと思っていたところ、飛んできたカルマに胸ぐらを捕まれた。


「馬鹿! それ言うなっ!」


 大きな声が辺りにこだまする。本気で怒っているようで、肌がピリピリとした。

 ジルは訳も分からず謝るもカルマの怒りは収まらない。


「もしかして気づいていないの……?」


 ハッとしたようにモーリスが呟く。

 さらに呆れているアビトが舌打ちをしながら加わる。


「お前たち、そういうパーティだろ」


 その時どこかから多くの鳥が騒ぐかのような音が聞こえた。

 それに気づいたカルマが青ざめる。


「すまん、戻ったら説明する!」


 ジルを放り出すように手を離し、カルマは息を吸い込んだ。


「うらあああああああああああっ! 魔物ならこっち来いやああああああああああっ!」


 叫び声と共に、巨大な木々の森へと走り出した。

 疾走するカルマの姿がどんどん小さくなっていく。


「え? 魔物?」

「まあ、魔物だろうな」


 肩を竦めて両手を広げるアビトの様子にただならぬものを感じる。

 今度はジルが青ざめ、魔法武器を構え全速力でカルマを追った。



***



 いつまで経っても追いつけない。息も切れてきた。

 もともとカルマの方が体力がある上に、魔法も適性を考えて使っているから当たり前の話ではある。


「見失ったか……」


 どれだけ走ったのか、気がつけば森の奥深くである。

 木に目印はつけているので戻ることはできるが、カルマを置いてはいけない。

 魔力切れになっていたはずなのに、ここから魔物と戦うなんて無茶だ。

 追跡が不可能なこの状況でどうしたらいいか――。

 考えることに没頭しそうになったジルの耳に、鳥たちの騒ぐ音が聞こえてくる。――近い!

 その瞬間、地響きにも似た振動が小刻みに伝わってきた。


「何だ?」


 大木に人が入れそうなほどの洞を見つけて、咄嗟にそこに入る。

 木の隙間から外を覗うと、様々な巨大生物たちが狂ったように走っていた。


「こっちに来るのかよ!」


 驚いたジルは、大木が破壊されて踏み潰されるのを恐れ、その場で頭を抱えて身を低くした。

 見上げるほどもある様々な生物たちが震動と共に横切っていく。


「もしかして古代の生き物か?」


 失われた生命体が迷宮で発見されるのは稀に聞く話だ。古の時代には非常に大きな体高のトカゲのような魔物もいたらしい。

 まさか、カルマ一人で対決しようとしていないか――と、不安が襲う。自分が何かしたのであれば、それこそ助けに行きたい。

 地鳴りのような音と振動が収まり巨大生物の群れが全て走り去ったのを確認すると、危険を承知で叫ぶ。


「カルマ! 返事しろ!」


 それに答えるものはいない。

 巨大生物たちが魔物から逃げてきたのだとすれば――賭けではあるがジルは騒ぎの根源を探して巨大生物の群れが来た方角へ走った。

 カルマは絶対にそこにいる。


「あいつか!」


 文献で見たとおり見上げるほど大きな二足歩行のトカゲのような魔物の姿があった。

 前足が明らかに体に対して小さいが捕まえた獲物を逃がさないためなのか。その巨体を支える足は、太い筋肉に覆われがっしりとしていて、簡単にダメージは与えられそうにない。

 人間程度ならひと飲みにしてしまいそうなほど大きな口からはたくさんの鋭い牙が覗いていた。

 翼を持たない鳥類のようにも見えるその魔物の正面には赤髪を乱れさせる人影――指の関節を鳴らすかのように右手を左の手のひらで覆うカルマの姿を見つけた。

 疲労か恐怖かは分からないが、カルマが汗だくなのがジルの位置からでも分かった。

 既に交戦中なのか、しかしいくら何でも状況と相手が悪すぎる。

 魔法武器を使ってジルも戦いに入るしかない。

 だが、勝てるのか……見込みはないだろう。どうにかして逃げなければ!

 そこまで考えたとき、カルマが高く跳躍した。

 トカゲの眉間に向かって強く光を帯びた拳をたたき込む。

 攻撃が通用していないのか、まるで変化のないトカゲはゴミでも振り落とすかのように首を振った。

 投げ出されたカルマは大きな樹木につかまると枝の上で体勢を立て直し、揺れる木の反動を利用して再び跳躍。今度は右足に光が集中。トカゲの首の辺りを猛スピードで蹴りつける。

 多少は効いたらしく、トカゲは蹴られた首の辺りを気にしているようだった。

 しかし、固い皮膚への攻撃でカルマも負傷したのか、着地をすると身体を低く保ちそのまま動かない。

 その様子を見て飛び出したジルは、ジルは魔法武器に力を込める。トカゲに向かって水属性の刃を放った。


「――え?」


 ジルの魔法はトカゲの体に弾かれ霧散した。まるで効いていない。

 こうなると直接たたき込むか、全力で放出するか――走りながらでは集中できないから直接攻撃を――いや。

 一直線にカルマの元に向かった。

 気づいたカルマがジルに向かって叫ぶ。


「馬鹿! 逃げろ!」

「見捨てられるか!」


 ジルはカルマとすれ違いざまに胴体に腕を回し、小脇に抱えるように持ち上げた。しかし、それはトカゲにとっては攻撃に移るために十分な時間を要したらしく牙の間から緑に染まる魔力が漏れ出る。


(――死ぬ!)


 冷たい汗が全身から次々と流れて行くのを感じた。

 足がすくみ、体が硬直する。

 その時、トカゲの頬に超高速で黒い影が激突した。トカゲの巨体が衝撃で傾く。

 影が下りたあたりを見てみると、両脇にモーリスとリクを抱えたアビトが着地の勢いを殺しているところだった。

 トカゲは意識をギリギリで保ったらしく、アビトが着地した方に体を向けると、口から風の魔法を放つ。

 まるで台風でも放出されたかのような強風が吹き荒れるが、突如としてアビトの正面の地面から粘土のようなものがせり上がって、壁となり風を拡散させた。

 両脇の二人を下ろすと同時に、その壁が消える。

 アビトが数歩トカゲの方に近づき、対峙する。

 そんなアビトの鋭い視線は、背筋が冷たくなり恐怖を感じた。


「お前、失せろ」


 睨み付けながら低い声でアビトが言うと、トカゲは一瞬ビクッと震えて慌てた様子で走り去った。

 トカゲの姿が見えなくなると、アビトはゆっくりとジルとカルマの方に近づく。

 カルマはジルの腕を抜け出し、道具袋の中から何かを取り出す。

 アビトは足を止めると冷たい視線を二人に向ける。

 しかし、それをはね除けるようにカルマはアビトの胸に何かを突きつけた。


「偶然だけど成功ッス」


 それはパンパンになっている重そうな鞄と三つ空の小瓶だった。

 アビトが受け取るのを待って、次にカルマはジルに視線を向ける。


「後は任せ……た……」


 足から力なく崩れ落ち、地面に倒れた。

 呼びかけてみても意識がないのか反応しない。呼吸も荒い。軽く頬を叩いてみるがぐったりとしたま動かないし、何より体が熱い。


「嘘だろ?」


 衝撃的な出来事に叫びたくなるのをこらえる。

 ジルは血の気が引き、目の前が真っ暗になった。

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