魔法武器の技師と信頼

01

 その後、ジルは再び森に来ていた。

 とは言っても迷宮に用事があるわけじゃない。

 食事のための香草が必要になったのだ。あれがないと正直、食事用に狩った獲物が食材としてハズレだったときに厳しいものがある。


「ジル! 待てえええええええええっ!」


 荒々しい男の声が辺りに響くと同時に、ジルは何かに足をつかまれた。

 足下を見てみると透き通った宝石のようなものに足と地面がガッチリと固定されている。


「何だ? 水晶?」


 動かそうとしても地面に縫い付けられたかのようにピクリとも動かない。

 驚きと焦りで魔法武器を構えるのも忘れて辺りを見回す。

 すると、視界に同い年ほどの赤髪の青年が猛スピードで迫るのを捉えた。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 その叫びとともにジルの頬に拳が叩きつけられた。突然のことに防御することもできず、重たい一撃が襲う。あまりの衝撃に怒りも忘れて現状を把握しようとするが、頭の中が真っ暗になり思考することができない。


「お前、何だ?」


 気絶寸前のところを何とか意識を保ったジルが相手に絞り出せたのは、疑問の一言であった。


「酷いな。覚えてないのかよ?」


 赤髪の少年は呆れた表情をする。

 しばらく考えていると、その顔が子供の頃の記憶に繋がった。


「もしかして、カルマ?」


 たぶん、この面影はアビトに反論したときに言った『まだ学校に行っていたときに付き合いのあったやつ』だ。


「やっと思い出したか」


 気が付くとカルマの後ろでは急いで追いかけてきたらしい、小柄な少年が息を切らせていた。アッシュグリーンの髪色が特徴的で身長はジルよりも頭一つ分ぐらい低いぐらいだろうか。

 杖を持っているのでジルを足止めした魔法は彼によるものだろう。


「先輩! 解きますよ」


 少年はカルマに言うと杖を構える。

 先輩と呼んでいるとすれば年下だろうし、人付き合いの少ないジルとは初対面だろう。

 カルマが「おう」と返事をすると、少年が杖を使って念じる。

 すぐさまジルを地面に拘束していた水晶が光と化して消えた。


「あ、初めまして! 僕は国家機関で見習いとして働かせてもらっているリクって言います。学校を卒業したら正式にカルマ先輩と働く予定です」


 リクと名乗る少年は丁寧にぺこり、と頭を下げた。


「ジル先輩ですよね? よろしくお願いします」


 そう言われて、ジルに反射的に警戒心が芽生える。こんなに丁寧な対応などされたことがなくて、戸惑うのも通り越しているのには自覚があるがどうしても卯が建ってしまうのだ。


「ジル。本題だが、この森は立ち入り禁止になった」

「香草ぐらい採らせろよ!」

「いくら何でも、そのぐらい買えよ」


 その言葉に少しカチンと来た。今まで忘れていたが殴られた怒りが今更沸いてくる。


「買えないから採りに来てるんだろ!」


 思わずカルマの胸ぐらを掴みそうになるのをリクが間に入って止めに入った。


「まあまあ、やめてくださいよ。ジル先輩が知らずに来てしまうのをモーリス先輩もアビトさんも心配してですね……」

「モーリスとアビトが?」


 確かに、あの二人なら心配するのも分かるが、立ち入り禁止とはどういうことか。尋ねると「ついさっき立ち入り禁止になったんです」ということらしい。


「あ、ジル先輩。香草の代わりになるものなら僕が貸せますから今日は帰りましょうよ! 僕、自炊する方だから持ってますよ!」

「そういうことだから、今日のところは帰ってくれないか? 後でお前の家行くから。実はオレもお前に用がある」

「用って何だよ……」


 ジルにとってカルマは『まだ学校行ってたときに付き合いのあったやつ』程度なのだ。他の皆と違は違ったが、友達といえる間柄でもない。


「じゃ、うちに来ますか? ご飯出しますよ」


 あんまり人を家に上げたくないのを察したのか、リクが割って入った。


「僕、ジル先輩と話してみたかったんです! カルマ先輩やモーリス先輩から色々と話を聞かせてもらっています」

「ん? お前たち三人で何かやってるの?」

「はい! モーリス先輩にもお世話になっています」


 リクの笑顔に嘘偽りは感じられなかった。



***



 人懐っこそうな憎めないリクの様子に、ジルはいつの間にか気を許していた。リクの家に上げてもらうとリクが普段使っているらしい小さな部屋に通される。


「お二人とも、ご飯どうします?」

「いや、俺はいい。香草だけ少しもらえれば」

「オレもこの後は帰るから」


 あまりにも自然に気を使っているリクに驚く。

 むしろ気を使いすぎな気もするが、これが彼の素の姿なのだろう。


「じゃあジル先輩、これあげます。三年ぐらいは使えますよ」


 リクはそう言って棚に置いてあった小瓶をジルに渡す。中には黒い粉が半分ほどまで入っていた。よく見ると白い結晶のようなものも少量だが混ざっている。


「ありがとう。……これなんだ?」

「万能調味料です。全部同じような味になっちゃいますけど、大抵の料理に使えますよ」


 大抵のと言われても、ジルの場合は魔法武器の開発にしか時間を掛けていないため、大体同じ食材を焼いているだけでそれ以上のことは想像ができなかった。


「で、お前たちはモーリスとはどういう関係なわけ?」


 勉強机の椅子にカルマが座り、どこかから出された予備のものらしい椅子にジルが座り、リクが人数分持ってきたコップを小さなテーブルに置いたところでジルが切り出した。

 正直、モーリスが自分以外の誰かと関係を持っていることは気になる。警戒とか懐疑的とかではない。相当な負担を彼女にはかけていたから学校や仕事以外に時間を割いていたのが信じられなかったのだ。


「受験仲間ってところかな?」


 ベッドに腰掛けたリクに視線をやりながらカルマが即答する。


「そうですね」

「受験仲間?」


 言われてもピンとくるものがない。


「お前な、学校教育が終わればそのまま騎士団なり、研究所なりに無条件で入れると思うか? 各自の適正もあるし、ある程度の実力者が必要なところもあるし、働く前に試験があるんだよ。……リクはまた別だけどな」

「僕はカルマ先輩と一緒にいたところをスカウトしてもらいました。まだ在学中なので見習いという形ですけど」


 三人とも国の機関で働くことが希望だったので一緒に勉強したらしい。リクはカルマが何かと面倒を見ていたので、最初は手伝い程度だったが優秀だったのでそのまま勉強会に混ざったのだそうだ。

 そこで、ふと出された飲み物にジルが口をつけた。


「え?」


 その暖かく緑豊かな香りに驚く。


「ごめんなさい、お茶だめでしたか?」

「いや、お前……リクって金持ちなの?」


 うっかり部屋を見渡してしまう。

 そういえば、自炊するとか言っていた気がするが一人暮らしということか。


「あのなジル、生活レベルとしてはこれが普通だからな」

「そ、そうなの?」

「というわけだリク。この男に過大な憧れは抱かない方がいい」


 カルマがジルを指さしながらリクを説得しようとしている。


「へ? 憧れ?」

「はい、先ほども言いましたが、僕はジルさんの話を聞いてお会いしてみたかったんです」


 世間から外れた自分に何故、憧れなど抱くものかと疑問でしかない。だが、相変わらずリクが嘘をついているようには見えなかった。


「抱くなって言っているだろ。予想した通りの世間知らずだ」


 呆れてカルマは頭を抱えた。


「……で、二人とも俺に何かあるの?」


 何だか恥ずかしくなってきたので話題を変えた。

 警戒しすぎることもないが、魔法武器に関してだけは情報を漏らすまいと気を引き締めて。


「まず、何年もお前が家に引きこもっていたのに関しては、興味もねえから聞かねえよ」


 ジルから殺気でも出ているかのようにカルマはなだめる声音を出す。考えていることは見透かされているようだ。


「まあ、用件は二つあったんだが、一つは森には近寄るなってことだ。これはアビトさんからの命令だそうだ」

「アビトから?」

「ああ。オレはオレの上官からの指示で伝えに来た。何でもモーリスは予定がずれて手が離せなかったらしいぜ」


 それを聞いて、自分のせいだろうと今更ながらにモーリスのことを何も考えなかった事実に気づく。


「もう一つの用件はオレからのスカウトだ。一緒にパーティ組んで仕事しねえか?」

「パーティ? 冒険者になるのか?」


 唐突なことに戸惑う。魔法武器が完成した途端に続けざまに何か起こっている気がして不安も覚えた。


「もしかして説明されてないのか、お前?」


 きょとんとするカルマの表情。


「説明?」

「冒険者ギルドで取り扱っている依頼書には国から流れているものもあるって知っているか?」


 知らなかったので、首を横に振る。

 正直、冒険者ギルドに所属できないジルには無用な話なので依頼書そのものの存在を見落としていたぐらいだった。


「あの依頼、国の機関に属している人間なら直に受けられるんだよ。流れる前に受けちまえば冒険者ギルドからマージンを抜かれずに報酬がもらえる。元々は戦争もない時期に騎士団みたいなところがやる仕事だったんだが……まあ、今はほとんどが冒険者ギルドに流れているな」


 何だか、悩まされてきた冒険者ギルドに復讐してやれと言われているようにも解釈できる言い方に困惑する。


「別に企みがある訳じゃねえからな。なんて言うか、オレだけで何かをするのに限界を感じているんだよな」

「限界って何だよ? 俺だってやりたいことあるし……」

「ちょっと遠回しな説明になるけどな。お前にとって魔法って言ったらどういうイメージよ?」


 一瞬だけ体がピクリと反応した。魔法武器のことが心配になり腰に括り付けている柄をチラと確認する。


「警戒するなって! まあ、お前の場合だとモーリスが得意にしている火球をぶっ放すやつじゃないか?」

「まあ、大体そうだな」

「それ以外にもあるんだよ。オレは魔法を肉体の強化に使うのを選んだ」

「あ、なるほど」


 先ほど殴られたときのあれだけの威力を出せるのは魔法の影響もあったのか。

 魔力に想像力を掛け合わせて発動するのが魔法の基本原理だ。確かに肉体の強化なら難しくはないはずだ。

 何となくリクの魔法も気になって視線を移すと、笑顔で話してくれた。


「僕は補助魔法を特化させることを選びました。地属性に適性があるので、魔力と相性の良い鉱石とか水晶とかをイメージして使っています」

「こいつの補助魔法は国から期待されていてる。既に仕事を手伝っているのもそういう理由だ」

「へぇ。二人ともすごいな」


 魔法が使えるのが羨ましいという気持ちもあるが、素直に自分の適性を見極めていて感嘆する。


「この話、モーリスも絡んでるの?」

「ああ。モーリスは火力が凄いだろう? 純粋に横道の魔法使いとして全力でやって貰いたいんだよな」


 カルマは一度、区切ると少し間を開けてから続ける。


「互いの欠点を補い合う……言い方を変えれば得意な部分を堅苦しいことなしに全員が思い切りやれるパーティを作りたいんだ」

「でも、なんで俺をスカウトするんだ?」

「それは、想像力のことかな。聞いた話でしかないが、お前の想像力って飛び抜けているんだろ? オレは馬鹿だし、モーリスもああ見えて頭が回らないところがあるし、リクは咄嗟のことには弱い。お前が入ってくれれば上手くいくと思うんだよな」

「俺は魔法を使えないし想像力って言われても何ができるかなんて知らないぞ。考えたこともない……」


 うつむき気味に顔を下げる。


「お前、悲観的になってない?」

「……悪い。でも、俺は他のやつがどうやって戦っているのか知らないし、正しい戦い方を知らなくてだな」

「あ? 正しいってなんだよ? 友達に誘われたからとりあえずやってみようとか、そういう発想ないわけ?」


 思わずではあるだろうが、最後の方は声を荒げてカルマが勢いよく立ち上がる。


「カルマ先輩!」


 必死にリクは身を挺してカルマを制した。

 そのまましーんと静まり返り、居心地が悪くなる。


「二人とも悪い。ちょっと考えるわ。リク、飲み物と調味料ありがとな」


 ばつが悪くなり、ジルは無理矢理に話を切り上げた。

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