02
家に戻り鍵をかけると、ジルは一気に大きく息を吐いた。
「友達……ね」
実は何よりもその言葉が頭に引っかかった。
カルマは多少の付き合いがあれど接点は少く、つまりはよく知らない相手ではあるのだ。
果たして友達という言葉で括るものなのだろうか。
子供の頃は助けてくれたのはモーリスだけで、他に友達と言えるほどの相手など……。
「あれ?」
――カルマはどうしていた?
思い出そうとすると記憶を呼び起こすのを拒否しているみたいに頭が止まる。
ジルを攻撃するような立ち位置にはいなかったと思うのだが……。
無関心を貫いたのか? いや、そうだったら今更になって接触するだろうか。
「だあああああ! もう!」
そもそもの気持ちは、あの頃を思い出したくない。それなのに思い出そうとしてしまって苛立ち、掻き消すかのように大声を出した。
とにかく自分の夕食を準備せねばならない。
リクから受け取った小瓶を取り出した。
「塩と同じ使い方でいいんだよな?」
海がある町に出向いたこともあるので、何回か塩は使ったことがある。
いつもは香草の葉とともに食材を炒めているが、これは塩と同じく肉や野菜に振りかければいいのだろう。
普段通りに火を起こそうと、かまどに薪代わりの木材を仕込んで火打石に手を伸ばしかける。
「あ、こっちでいけるか?」
腰から下げた双剣のうち片方だけを抜いて刃の先端から小さく火が出てくるイメージを沸かる。ほんの少しだけ力を込めるとイメージ通りに小さな火がついた。
木材に火を近づけて慎重に加減をしながら時間を掛けて着火するのを待つ。
やがて、木材に火がついた。
成功に顔がほころぶ。
もしかしたら火をつけるだけでなく、魔法武器そのものに熱を持たせることもできるかも知れない。
やってみたいことが一つずつ増えて、そのための魔法武器の改良も楽しみである。
貰った調味料で肉と野菜を焼くだけなので、時間は掛からずに夕食ができあがった。
しかし、既に頭は次の魔法武器の使い方や改良方法に移っている。
何も考えずに食事を口に放り込んだ刹那、思考が全て飛んだ。素材の味を引き立てる調味料に舌が刺激されて驚きを隠せなかった。
喉の奥に押し込むのにも苦労するほどの臭みに困らされることも合ったのだが、本当に食が進む。
食事に興味を示すことができないジルは後輩に感謝するしかなかった。
「……悪いことをしたかな」
思い返すとリクやカルマに警戒心丸出しであった。向こうは善意でしかなかったろうに、あまりにも信頼なさ過ぎたことに後悔の念が湧き出る。
明日にでも少しは話をしてみようかなと、窓から夜空を見上げた。
***
「つまり、魔法の種類が知りたい訳か?」
僅かに顔を歪ませたアビトは、ジルの質問を要約した。
中央施設の一角で仕事の話をする前に訊ねたのだ。
ジルの返事の前にアビトが続ける。
「で、モーリスを連れてこなかったのは意味があるのか?」
「いや、特にないけど」
とにかくジルは人と話す上でも知らないことが多すぎるので、誰かに聞くのが手っ取り早く問題を解消できると考えただけである。
そうなると一番ものを知っていそうなのはアビトだと結論づけて、こうして話しているだけである。
「モーリスも教えてくれるんだろうけど、そういう間柄じゃないっていうか……。それにちゃんと対等になりたいから……その」
「なるほど。つまり、お前は一般的に国民が教養として身につけている知識全般について知りたいが、もう学校には行けないから
片方の口角をつり上げた不適な笑みとともにアビトはジルの思考をまとめた。
「そうなんだ。ただその、アビトにも迷惑かけたくないから――あ」
「アビトでいいぞ。他の奴は知らんが、乃公はな」
この人は相手の考えを見抜く魔法でも使えるのかと思えるほど、ジルに投げかけられたのは的確な言葉だった。
「……あんた、何者だよ」
「さあな」
アビトは両手を大げさに広げた。
「で、魔法の種類を聞いてきたってことは、この中央施設の人間について知りたいわけか?」
アビトは人差し指で床を指し示し、再び片方の口角をつり上げる。
「お前は興味なさそうだったからな。契約や仕事に関して以外は話していない」
確かに、興味を持たなかったかも知れない。
「悪い。気を遣わせていたのか……」
「乃公にも思惑はある」
そう言われると感謝の気持ちが吹き飛んで、大事な魔法武器を守りたいと警戒心を働かせざるを得ない。
ジルの様子にアビトはすぐに気がついたらしい。
「ビクビクするな。前にも言ったが乃公が求めているのはお前の『魔法』ではない」
少し間を置いてから、アビトは話を戻した。
「まあ、お前が知りたいのは、この施設にいる魔法使いの分類についてだろうな」
「そうなるのかな? 魔法の属性とか構成は子供のときに習ったのを覚えている。でも、それをどういう風に使う方法があるのか……」
「悪いが、お前が求めているほど明確な答えはないぞ」
「へっ?」
驚きで声をもらした。
「魔法の四大属性や六属性みたいにきっちりとは分類されていない。何となくで『放出する』とか『補助する』とか『具現化する』という性質によって認識されている。中央施設はそういう似たような魔法を使うやつを集めて部署をつくっているな」
「ああ、やっぱりそういう程度なのか」
思わず口からこぼれ出た。
「予想してたのか?」
「実は昨日、同級生と会ったんだ。そいつの後輩と一緒に仕事をするって言ってたのに、魔法の系統が全然違うように見えたのが引っかかっていたんだ。だから基準の方が曖昧なのかもって……」
「カルマとリクか? あいつらは二人とも補助魔法の括りだ。カルマは不満があるようだがな」
「そういうことか」
確かにカルマの肉体の強靱さは魔法で補助してこそのものだろう。もしそうでなければ、そもそも魔法使いと言えるかが怪しい。
「ちょうどいい。説明の手間が省けた。お前らパーティ組め。仕事の方も融通しよう」
「……それ、カルマにも言われたんが」
歩み寄っていいと思えたのは確かなのだが信用する決断ができないのだ。
最早、誰かに決めてほしいぐらいの気持ちなのに、勧められれば二の足を踏んでしまい自分の気持ちも分からなかった。
「あいつは人を裏切らないぞ。余程のことがなければ必要なときに教えてくれる。国家のことも魔法のことも社会のこともな」
「うーん、それがなあ……」
一緒に仕事をするとなると判断に困るところも出てくる。
失敗すればどれだけ多くの迷惑をかけることになるのかも計り知れない。
「俺にうまくできるのか? カルマのことよく知っている訳じゃないし」
「お前は馬鹿か? 最初から互いの全てを知っていてパーティを組むやつはそういないぞ」
「でもさ、失敗したらどうするんだよ」
「失敗ね――」
腕を組んだアビトは考えるように宙を見つめた。ややあってからジルと視線を合わせる。
「元の生活に戻ればいいんじゃないか?」
ジルは今までの生活を思い返す。何だかんだで苦労はしたが生きて来れた。
「お前が元に戻りたくないなら不安を煽ることになるかも知れないけどな。まあ、乃公が何を言いたいのかは分かるか?」
元に戻って、最低限の生きる力は残される……はずである。
魔法武器の開発をしていれば……。
「ああ、言い忘れるところだったが、乃公やカルマに流されて決めるなよ。お前が何をするかも、そのためにどんな手段を使うかも、お前自身で考えて決めろ」
そのものズバリ言われてしまった気がした。
今までは魔法武器のことだけ考えていればよかった。
しかし、人との関わりが増えて来ている。その環境の変化について行けていないことを自覚していた。
だからこそ、前提条件や成功確率だけで決めていたと思う。
自分自身で考えて決めろ――その言葉が胸中を渦巻いていた。
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