03

 アビトと話してから数日後、ジルは中央施設の資料室にこもっていた。

 あまり人が来ないので、ジルにとっては居心地もよくて快適なのである。

 これから何をするか、どんな手段を取るか、それについて考えるには最適だった。

 しかし、考えることはできても堂々巡りで結論が出ない。

 やりたいこととなると決まっている。

 ――魔法武器を作りたい。皆と同じになるために。

 刃を形成していない柄だけの双剣を手に取る。


「なーんか同じになった気がしねえんだよな……」


 独りごちた。

 そもそもの問題として魔法武器を使う場面が限られてるので、そこまで魔法を使う場面がない。

 自分の考えが根本的に間違っているのか……と、思ったときに資料室の扉がノックされた。

 誰でも使って良い部屋なので一体何かと顔を向ける。


「あれ?」


 扉を開けたモーリスと目が合った。

 滅多に資料室に足を運ばないので、意外に思う。


「ジル、ちょっといい?」

「大丈夫だけど? 調べ物しに来たんじゃないのか?」


 問いに首を横に振るモーリス。


「ジルを呼びに来たの。それより、邪魔しちゃってない? 何か真剣みたいだったけど、大事なこと考えていたんじゃ……」

「いや、パーティ組んでの仕事しようって誘われてて、どうしていいのか分からないんだ……」


 そこで大きくため息をつく。


「カルマくんの? 私は一緒にやるつもりだよ」


 思わぬ言葉だった。


「ん? 何で? モーリスは家系もいいから余計な仕事をしなくてもいいだろ?」

「そういうのよりも、私にできないことがカルマくんやリクくんにできるから、かな」

「え? モーリスにできないことなんてあるのか? 何でもできるじゃないか」

 詳しいことはあんまり言えないと、前置きをした上でモーリスは話した。

「誰だってできないことの一つや二つあるよ。克服できれば一番いいけど、得意なことを突き進む選択肢があってもいいかなって思うんだよね」

「そうか、俺はできることなんてあるかな……」


 魔法武器の開発はジルにしかできない。このまま極めたいとも思っている。

 しかし、アビトやカルマには魔法武器よりも当てにする何かがあるらしい。


「どうだろうね? 困難を乗り越えちゃうぐらい努力できちゃうところは真似できないと思うけど」


 モーリスは腕を組んで一緒に考えてくれる。が、数秒後、人差し指を立てた。


「それよりカルマくんたちと一緒にご飯食べない? 今、ジルのことを呼びに来たんだけど、この話も聞いてくれると思うよ!」

「あいつらじゃ俺が何ができるかなんて分からないだろ」

「そうかもしれないけど心配しているよ! 何か話の中にヒントがあるかも知れないし……それにカルマくん頼りになるよ!」


 アビトもそのようなことを言っていた気がする。

 気を許してもいいのかも、と思うと同時にジルの腹の虫が鳴いた。

 モーリスがプッと吹き出す。


「お金かご飯、持ってる?」

「干し肉なら」


 今までずっと世話になっている保存食だった。これが作れなかったらジルは今まで生きられなかっただろう。


「え! あれまだ食べてたの?」


 思わず上ずったのであろうモーリスの声に、世間とのずれを認識せずにはいられなかった。



***



「あ、いた! カルマくん、リクくん!」


 食堂に到着し、辺りを見回したモーリスが手を振る。


「よう! お疲れ!」

「こんにちは。モーリス先輩、ジル先輩」


 待っていたかのように二人が返す。


「で、何が目的?」

「まあまあ、一回は全員で話した方がいいかもねって言っていたんだよ」

「言ったの今朝だけどな」


 カルマが笑みを作る。


「あ、ジル。ここの食堂の使い方はね」


 モーリスの簡単な説明によると、食堂と言えども内容によっては仕事場としても使われるらしい。


「僕は相場よりも食堂の方が安いので、外のお店には行かずここで食べることが多いです」


 と、これはリクの補足だった。おそらく干し肉をかじり始めたジルを見て、暗に給料が支払われた後に利用することを勧めているのだろう。


「そうか。あ、で、どういう話になるの?」


 ジルからカルマに切り出す。


「考えちゃいねえよ。もうちょっと仲良くなろうってだけだ」


 仲良く、と言われてもピンとこないが。ふと、リクの視線に気がついてまだ礼を言っていないことを思い出した。


「あ、そうだリク。調味料ありがとな! うまかった!」

「いいえ、気にしないでください」


 普段から、ニコニコしているのかと思うような自然な笑顔が返される。


「そういう会話みたいなのだね」

「ん?」


 モーリスの言うことは理解できなかったが、何か成功したらしい。


「んで、カルマ。仲良くって何するんだ?」

「このタイミングで聞くお前も馬鹿だよな!」


 その言葉を最後に、四人とも黙りこくってしまった。

 四人が黙々と食事をとり終えた後、大声をあげて沈黙を作り出してしまった責任感からかカルマが頭を掻きながら切り出す。


「まあ、とにかくオレはこの四人でやりたいと思っているな」

 ジルも沈黙を作り出した一端らしいので気まずさを何とかしようと、頑張って返す。

「俺は自分が何ができるか分からないぞ。そんな俺を誘う理由が分からないんだよ」

「家に閉じこもってたのを出てこれたんだから、何かしらできることぐらいあるはずだぜ? それにオレはお前が何かできるから誘ったわけじゃないしな」

「じゃあ、なんで誘ってるのさ? 放っておけないとか?」

「……それもあるがお前の想像力に賭けてみたいし、まあ一番の理由は友達だからだな。お前は不満かもしれないが」


 そこでしばしジルは考えた。

 友達か――と。

 少なくともカルマはジルのことを信頼してくれているのだろうか。……ならば、そこに応えるのもいいのか。


「嫌なら参加してくれなくてもいい。ただ、どっちにしても嘘はつくなよ」

 嘘をつく気はないが、自分と向き合えなければこの先で結果として嘘になるときが来る気がする。

 カルマから言われて、そう感じた。

 この瞬間がチャンスなのかも知れない。

 心の中で感じていた抵抗感に抗って、思い切って声に出す。


「その前にちょっといいかな?」


 不思議と恐怖はない。


「モーリス。カルマとリクには話そうかなって思うんだけど……」

「ジル? いいの?」


 心配そうな表情を浮かべるモーリスに首肯で返す。

 モーリスも含めた全員に理解を得られるかは分からないが、自分の気持ちを言葉に紡いだ。


「俺の過去を話す」

「何を改まってんだよ。魔法が使えないことぐらい知ってるぜ?」

「その先だ。そのせいで、いろいろあって俺は学校に行けなくなったけど、その後ずっと皆と同じようになりたいと思っていたんだ!」


 順序立てて話さなければならないのに、思いがあっちこっちに飛んでしまう。

 それでも必死に伝えた。子供の頃から思い描いていたことを。

 迫害されながらも貴重資料にまで投資して知識を得て、そして魔法武器が完成したこと。


「つまり、魔法が使えるようになったんですか?」


 驚いた表情のリクが身を乗り出す。


「そうなるかな。このことは他言無用にしてくれ。使い方を間違えて路頭に迷うことになったら困る」

「やっぱり、お前すごいな。オレだったら遠くに引っ越すか冒険者になるが……」


 この辺りの考え方にはジルの個人的な感情が伴う。

 もちろん、魔法大国であるこの国を出れば冒険者を名乗ることもできるだろう。

 それでもジルには留まる理由の方が大きかったのだ。


「えーっと……」


 その理由であるモーリスの方を向く。

 この幼なじみには色々なものを返さなければならないし、何よりも離れたくなかった。


「そっ、その辺は追々話をするよ。それで魔法武器なんだが、どうにもうまく使えないんだよな」

「制御が難しいってことですか?」

「いや、それ以前に思いっきり使う場面がないんだ。俺は冒険者ギルドには嫌われているから、食材の野生動物を狩るぐらいしかなくてさ」


 そこで改めてカルマをまっすぐに見た。


「これが俺の現状だな。魔法武器を試す場がほしいからパーティをやってみたい。誰がどうだとか、そういう都合は関係ないんだ」


 カルマやモーリスのように誰かを信じて、とは言えなかった。自分勝手ではね除けられそうで、それが現実になるのが嫌でジルは下を向いた。


「ふーん。つまり、パーティには入ってくれるわけか?」

 その声に反応して瞬時に顔を上げた。

 カルマがニヤついている。

 勝手に不安になっていた自分が何だか恥ずかしくなってくる。


「お、俺は足を引っ張るからな!」


 カルマを指差しながら、声をぶつけて誤魔化す。


「大丈夫です。僕がどうにかします!」


 嬉しそうなリクが全力でカルマのフォローをした。

 これ以上は逆効果になりそうなので、仲間に入れてもらえたようで良かったと思っておくことにする。


「じゃあ、これで満場一致だね! 試験を受けなきゃね」


 モーリスも満面の笑みを浮かべた。

 試験という言葉が引っかかる。


「作戦も立てられるな。仕事が終わったらもう一回集まるか?」

「待って。試験って何やるんだ?」


 働く前に一段階あるのは完全に予想外だった。

 モーリスがジルに答える。


「基本的には模擬戦闘か試験官が指示した場所の探索をするよ。迷宮が見つかって危ないから、多分だけど模擬戦闘になると思う」

「相手は何人?」

「皆の判断力も問われるから、そのときにならないと分からないけど大丈夫だよ。責任者、アビトさんだもん」


 そういえば、アビトもパーティを組むように言っていたか。

 モーリスは続ける。


「そろそろジルも、アビトさんなら信頼していいと思っているんじゃない?」


 自信満々な口調のモーリスは柔らかな表情で笑ってみせる。


「うーん、まあ……」


 信頼とまでは行かなくとも、口が悪いだけで悪人ではないという気はしていた。


「悪いようにはしないと思うよ。それにアビトさんはね……」

「モーリス、ストップ! そろそろ行く」


 割り込むようにカルマが話を止めた。


「あ、ごめん。仕事だね」


 アビトに何があるのだろうかと疑問を残しての解散となった。

 だが、その疑問よりもカルマやリクとの距離を縮めることができたことにホッとした方が大きい。

 これから徐々にでも友達になっていけるといいなと淡い期待を抱いていた。

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