魔法武器と魔物
01
カルマからパーティ結成の申し込み書類が提出され、事務処理されたのは次の日のことであった。
もの凄くやることが早くて羨ましくなる。
「すぐに試験、受けるか?
今日の仕事の話をしにアビトの元を訪れると、挨拶もそこそこに提出されていた書類が回ってきたことを告げられた。
試験は、やはり模擬戦闘があるらしい。
「今は戦争もなくて、多忙な奴は少ないから希望は通るぞ」
「えっと、今日って意味か?」
予想以上にめまぐるしく進んでいく状況について行けなくなりそうである。
「アビトさん実はまだ……」
「大方、役割は決めていないんだろう? まあ、お前らなら何とかなると乃公は踏んでいるがな」
「役割って、前衛とか後衛とかのか?」
「うん、私たちの場合はほとんど決まっているけどね」
確かに個別に得意なところを見てみると、モーリスは火や水を放出する魔法を使うから後衛の火力、リクは補助魔法を使うと言っていたので後衛の支援だろう。カルマはあの攻撃力と体力からして前衛のはずだ。
そこまで考えて気がついた。
「ん? 俺は何をすればいいんだ?」
「……それを決めるのはお前だろ?」
アビトが頭を抱えるようにして呆れた。モーリスも苦い顔をしている。
「まあ、いい。保留にしておくから、今日はモーリスとこれをやって来い」
アビトがジルに差し出した紙は、依頼書だった。冒険者ギルドが使うような様式に詳細な内容が書いてある。
「バジリスク?」
受け取ったジルの目に標的となっている魔物の名前が飛び込む。
「討伐依頼だ。乃公の権限でお前に渡す」
「……不審な点があるんだが」
「何だ?」
「バジリスクって砂漠の魔物だろ? これ山の中腹じゃないか?」
ジルは地名が書かれている箇所を指さす。
「気づいたか」
「知ってたのかよ!」
「怪しいから、お前に託す」
「なんだよそれ……」
モーリスも依頼書をのぞき込み、確認する。
「ここってジルが採掘したことあるところ?」
「……だな」
まさか依頼書が回ってくるとは思っていなかったし、怪しい案件を割り当てられるとも思っていなかった。急なことに困惑する。
「行ったことがあるなら地形は分かるな」
「いや、待てよ。もうちょっとこう……説明って言うか」
「乃公もそこにあること以上は知らない。お前の方が詳しいぐらいだ。この依頼を受けるか受けないか、どうする?」
試すようなアビトの口調。これには別の意味が何か含まれていそうな気がした。
***
山は木々に覆われていた。行き来する人間の少なさを物語るように地面は枯れた葉や枝が折り重なり、一歩踏み出すたびに乾いた音が鳴る。
実は鉱山とは名ばかりで資源はもう採りつくされているとも言われており、以前ジルが訪れたときも似たような状況だったのだ。
「ジル、待って……」
「あ、ごめん」
モーリスにとっては険しいらしく、苦労しながらジルの後をついてきている。
「まさか、また新規の迷宮が出現していたりしないよね」
「大丈夫。そんなに簡単には見つからないだろ」
追いついたモーリスの不安を和らげたくて言うが、結局のところ迷宮の出現は自然現象に近いので否定しきれないところが怖い。
「んで、地図上はあそこの洞窟の中な」
ジルは側の横穴を指さす。
「うん、中の道は分かるの?」
「何となく覚えているんだが、洞窟のどこにいるんだか……」
近くの木に寄りかかり腕を組んで、どうにか方法をと考える。
一般的なバジリスクの大きさを考えると、洞窟内のどこにでもいる可能性があるのだ。このままでは、分かる道からしらみつぶしに確認していくしかなさそうで、巨大な迷路のようになっている洞窟を調べ尽くすにはどれだけの時間が掛かるだろうか。
やる気がないという訳ではないのだが、やる気が削がれることではあった。
魔物が持つ魔力を探知する方法があればいいのだが、あいにく方法が思いつかない。
これ以上は方法を考えるよりも探し始めた方がいいかと考え始めた頃、風が吹いた。
その中に混ざる僅かな腐敗臭をジルは逃さなかった。
不自然な状況に、ジルはある可能性に気が付く。
「なあ、モーリス今のって……」
「うん、嫌な臭いがが混ざっていたね。それに風に魔法が作用しているみたいだったよ」
モーリスも何か危険を感じ取って警戒している。
「ごめん、俺だけで行ってもいいか?」
「ダメだよ。一人じゃ行かせられない」
杖を取り出しているところを見ると、モーリスにはジルだけ行かせるのも自分だけ引き返すのも選択肢はないようだ。
最悪の事態が起こった場合、大事な幼なじみを守り切れるのか――ジルには答えが出せない。
「じゃあ要点だけ言うから、危なくなったら逃げて報告してくれ!」
冷や汗が頬を伝うのを感じながら、モーリスを真剣に見つめた。
「う、うん? 何?」
「討伐の対象……もうバジリスクじゃない。たぶんワイバーンだ!」
聞いてモーリスは驚きの表情を隠せないでいる。
「もうって何? それに何でワイバーンが?」
「長くなるから説明できない。いいか? ワイバーンなら居場所の心当たりはある。そこを確認したら戻ろう」
「うん、分かった。悪いけど前をお願い」
洞窟の入り口をくぐると、昔、何度も通った道を行く。
ワイバーンであれば、巣を作るはず。それには大きく開けた空間が必要だった。
発掘の拠点として使われていた跡地が怪しい。
音を立てないようにゆっくりだが真っ直ぐに目的地に進み、開けた場所が確認できる位置に来た。
壁際から空間を覗いてみると、木材や鉄骨が散見される。
「見える?」
後ろから小声で心配そうにモーリスが言うものの、振り返っている余裕がなかった。
壁に沿って行くと一段高くなっている場所があり、死角になってしまっている。
過去の人間が置き去った資材が積み重なる辺りも確認が取れない。
「なあ、モーリス。さっきの約束守ってくれるよな?」
「危なくなったら逃げるやつ?」
「ああ。後、付け加えるとここで絶対に魔法は撃たないでほしい」
小声の会話を終えると、魔法武器を手に構える。
「ジル?」
「逃げて!」
叫びながらジルは開けた空間に飛び出し、死角だった場所に走る。
鉄の素材、木材、それ以外にも自然に生えていたであろう木々や動物の死骸のようなものも見えた。
足場を見つけて跳躍して段差を越えると、そこには一匹のワイバーンが横たわっていた。
(やっぱり!)
すぐにワイバーンはジルの気配に気がついたらしく、上体を起こす。しばし、テルとワイバーンは膠着状態に陥る。
やがて、敵と認識したらしくワイバーンは立ち上がると咆吼を上げた。
後ろ足だけで立ち上がったその背中では骨と皮だけで形成されたかのような翼が大きく開かれた。
「……ビビるな」
覚悟を決めたつもりだったが、息が荒くなり、声も震える。
両手に握りしめる双剣に念じて風属性を纏わせると同時にワイバーンが跳躍してジルに襲いかかる。
剣を交差させて力任せに押し返して体から引き離す。
モーリスの方に走り出されたら取り返しがつかないので、とにかく引きつけなければならない。
「敵は俺だけだからな!」
ジルは双剣で左右から交互に斬りつける。ドラゴンならともかくワイバーンならば時間稼ぎぐらいはできるはずだ。
巨体の側面に回り込むと、横っ腹に何度も斬擊を叩き込む。
反撃しようとしたワイバーンがジルの方を向いた。刹那、双剣を握りなおして一撃で胸から腹にかけて斜めに深く斬りつける。
ワイバーンは大量の血を流す。
「……完全には変態してないのか?」
跳ね返されるのも覚悟の攻撃が通用したらしく、ワイバーンがよろけたことに気をとられた。
その瞬間に、同時にジルの頭上から鋭い爪が振り下ろされていた。
防御することも避けることもできず、左の側頭部に直撃を食らう。
踏ん張って耐え、倒れることだけは免れた。
頭部から流れ出た血液が視界を覆い、一瞬遅れて強烈に焼けるような痛みに襲われた。
「くそっ!」
モーリスが逃げるための時間稼ぎ位はできたのだろうかと、脳裏をよぎる。
余計なことを考えなければ、まだ足止めできたのに――と後悔の念に襲われた。
その時、上から熱を感じた。――この感じをジルは知っている。
気づくと同時に後ろに跳ぶと、ワイバーンに火球が直撃。
その様子から視線を外さないようにして、どこにいるのか分からない幼なじみに訊ねる。
「モーリス? なんで!」
「怒られるよ!」
金属と木材の山を登ってきたらしく声の方角だけ後方だと確認できた。
「魔法は打つな! 洞窟が崩れる!」
「崩れたときに考えるよ!」
もう一度逃げろと言ったところで、この勇気のある幼なじみは逃げないだろう。
こうなったら、二人で倒すしかない。ジルは腹をくくるとジルは双剣を構えなおした。
「分かった、モーリス! 火球くれ!」
「了解っ!」
ジルは風属性を纏う双剣をしっかりと握りしめて属性を変更する。双剣は光属性を表す白へと変化した。
放たれた火球がジルの横を通る瞬間に合わせて、勢いをつけてその場で一回転して火球に双剣を叩きつけるようにして、ワイバーンに向かって押し出した。
押された火球は速度を増しワイバーンに叩きつけられる。同時に辺りがまばゆい光と爆音に包まれた。
爆発をまともに受けたワイバーンは、痙攣を引き起こしている。……そして、倒れた。
見逃さず、ジルは魔法武器を大きな一振りの剣に変形させた。
ワイバーンの喉を目がけて、魔法武器を一気に振り下ろした。
その一撃が致命傷となって、ワイバーンはピクリとも動かなくなった。
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