02
「アビト! どこまで知ってて俺たちをけしかけた!」
中央施設のアビトの席にて血まみれのジルが大声を上げていた。
「言いがかりをつけるな」
アビトは淡々とした様子で報告を促す。
「ジル落ち着いて。私も分からないよ!」
モーリスも困った様子でジルをなだめた。
ジルは片手では頭の傷にボロ布を当てたまま、懐から布に包んだ牙を見せる。
ワイバーンから抜いてきたものだ。
「バジリスクじゃなくてワイバーンだった。これが証拠の品」
「わざわざ抜いたのか?」
受け取ったアビトは他の方法はなかったのかとでも言いたそうであった。
「……結論だけ先に言うが、念のために依頼者には確認をとった方がいいと思う」
「ほう? 理由を聞こうか?」
「モーリスもいるから一から話す」
そう言うと、ジルはゆっくりと考えながら話し始めた。
「まず、ワイバーンの生態について。あいつらは魔物の魔力が高まって生まれることが希にある。今回はその希な例だな」
アビトは黙って聞いている。
「あの場所に誰かから連れてこられたバジリスクの魔力が高まった。たぶん、そういう効果がある場所なんだろうな。今は取り尽くされているとは言えども元々、魔力を帯びた鉱石も発見されていたわけだし」
それに、ジルだって魔法武器に必要としていた材料も見つけることができたのだ。
「で、ここからが重要。バジリスクはどこからどうやってやってきた? 自然なのは人の手で連れてこられたと考えることだ」
「ふむ、理由は?」
「愛玩動物にもなるだろうし、実験動物として使うやつもいるだろ? 流石に断言はできないが闇商人が売れ残りを放置したんじゃないか?」
「ねえ、ジル。じゃあ、どうして依頼が来たの?」
「これも想像でしかないけど、ワイバーンへの変化が始まったのを何かの方法で察したんじゃないか? ワイバーンを放置できないけど、自力で倒すこともできないから依頼を出したってところかな。まあ、無理矢理なところもあるけど」
「ふむ、辻褄は合うな。では、仮に闇商人だったとして、冒険者ギルドではなく国に依頼を出したその理由は?」
試すような視線で問うアビトに、人差し指向けて返す。
「どうせ、あんたが勝手に冒険者ギルドから依頼書を持ってきたんだろ!」
「良く分かったな」
ニヤついた笑みを返すアビトに対して、ジルは頭に血が上った。
「ふざけるなよ! 俺は戦闘の経験が皆無だぞ!」
「最初に会ったときに話してあるだろう? お前が作り上げたものは知っている」
ジルは体が雷に打たれたかのように硬直し、続く言葉が浮かばずに戸惑う。
直接『魔法武器』という言葉を使わないあたり、ジルが話せば自分自身で公開したことになる。まるで誘導されているようで、狡猾さを感じた。
疑いたくはないがモーリスの方を見る。視線が合うとモーリスは大きく首を横に振った。
「これもこの間言ったが、モーリスは関係ないからな」
「だから、なんで知っているんだよ……」
「それも言ったな。
思った通りの返事ではあったが、語れない事情というのが気にはなる。
しかし、教えてくれる訳でもないし、報告は終わった。
「以上だ」とジルが告げると、ややあってからアビトは回答した。
「依頼者への調査をかける。……お前すごいな」
「何かあんたからだと、褒められた気がしないんだよな」
まあまあ、と言った苦い表情をモーリスがジルに向けた。
アビトはその様子を満足そうに見ると、僅かに笑みを浮かべる。
「何はともあれ、思う存分ではなくとも戦えたんじゃないか? 乃公は試験を楽しみにしているぞ」
どうも最初から仕組まれていたらしい発言にジルは思わず掴みかからんとしたが、それをモーリスに止められる。
「医務室に行こうよ。怪我がそのままじゃさ」
「どうせ回復魔法だろ?」
「嫌なら薬で血を止めてもらうなり何なりしてくれるぞ。知らないのか?」
いちいち何だか癪に障る言い方だが、知らなかったのは事実なので言い返せなかった。
ジルはモーリスに引きずられるようにして、医務室に向かった。
***
医務室では怪我の様子に驚かれた。
それでも回復魔法を拒否するジルの様子は、更に担当者を驚かせることになる。
頭の怪我だと出血が多く見えるので人目につかないようにと、ベッドが一床ある小部屋を貸してもらえた。
言われたことは単なる建前で、魔法の治療を拒否する者への心遣いではあるだろう。
実のところ回復魔法が嫌いなのではなくて、ジルは回復魔法を受け付けない。体内の魔力を体外とやりとりする手段が現状は魔法武器を使う他ないのである。
モーリスに言われてベッドに腰掛けていると、やや時間があってから治療用の道具を持って戻ってきた。
事情を知っているモーリスが治療するということを交渉していたらしく、あまりいい顔はされなかったらしい。
「うわっ! 髪の毛、切った方がいいかも」
「……必要だったら切っていいよ」
ジルの頭の怪我を確認しながらモーリスが言うが、自分で確認することができないから任せる。
焼けるようなズキズキとする激痛の中、霧状のなにかを吹きかけられたり、軟膏を塗られたり、包帯を巻かれたりした。
終わってから窓に映る自分の姿を確認したが、頭の怪我を主張するような見た目である。
「これ、大げさじゃないか?」
「そうでもないよ。本当は何日か安静にしてた方がいいと思うよ!」
モーリスは少し怒っているようだ。
確かに物理的にやられただけじゃなく。強い光と音と爆風に晒されたのだから心配もされるだろう。
「……悪かったよ」
借りてきた道具を片付けるモーリスに呟く。
「でも、すごいね! 最初の仕事なのに完璧に成功しちゃうなんて」
「怪我して帰ってきてるんじゃ世話ないだろ」
「自信もちなって!」
笑顔のモーリスに心の底からの本音だとわかり、たじろぐ。
「これで戦えるって分かったじゃん」
「一人でだろ」
ジルは下を向いて、ため息をつく。
「私がいなきゃ倒せなかったでしょ?」
言うモーリスは笑みを浮かべていた。
ようやくそこで目の前の幼なじみと一緒にやったということを自覚した。
火属性に光属性をぶつければ爆発して轟音と閃光が走る――。その場の思いつきではあったが、上手くいった。
「ジル、それとこれは聞いて」
「何?」
「自分だけ犠牲になろうと思わないでね。アビトさんそういうの嫌いだし、私も怖かったし……」
「犠牲って、そんな大げさな」
「生きて帰る気あった?」
そこで気がつかされたが、自分は死んでもモーリスだけは助けたいと考えていた。
「考えてなかった……かも」
曖昧に誤魔化した答えを返す。
「アビトさんは、命を粗末にするなって方針だからね。敵のも仲間のも自分のも」
「むやみやたらと殺すなってこと?」
「半分正解。自分のってところが難しいと思うけど、考えるようにしておいた方がいいよ」
返してくる、と言い残してモーリスが治療道具を持って退室する。
「命か」
あのとき、ジルにとって一番大事なのは……モーリスだった。飛び出す前から逃げていてほしかったのだ。
しかし、彼女は逃げなかった。ジルの命を守るために。
カルマとリクも一緒に戦うようになったら、自分は命を守るための役目や責任を果たせるのだろうか。
不安に襲われ、仰向けに倒れて大きなため息をつく。
「これからどうなるのかな」
考えてみても、根拠もなく上手くいかない気がしてくる。
大丈夫と、自らを落ち着かせるように心の中で呟いた。
いつのまにかまどろみの中に落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます