魔法武器と仲間たち

01

 ジルの怪我が完治してから数日が経ち、カルマから訓練場に集合が掛かった。


「ま、ここなら聞かれることもないだろ」


 色々と考えてくれているらしいカルマが言う。

 試験で行うのが模擬戦闘なので、本館から離れているこの場所の方が戦略がもれないためとのことだった。


「ジルのこともあるしな。旧い施設だけど別館になっている方が安心だろ?」


 ありがたい気づかいだった。

 これなら魔法武器を使ってもまずはバレないだろう。

 高い石造りの壁に円状に囲まれた訓練場はまるでコロシアムのようだった。


「で、カルマ。作戦会議って何やるの?」

「お前の能力を見せてもらって、戦闘での連携方法を話し合いたいと思っている」


 他に何かあるかを確認するかのようにカルマは全員を見渡す。

 誰からも異論はないらしい。

 カルマがジルに向き直る。


「この間、ワイバーン倒したって聞いたが?」

「たまたまだ」

「何でもいいからお前の魔法を見せてくれないか?」


 見せてくれというからにはワイバーンを倒したときのものが良いのだろうか。夢中だったというのが正直なところで再現できる気がしない。


「モーリスがいなきゃできなかったんだよ。俺にできるのはこれぐらいかな」


 魔法武器を握ると風の魔法をイメージして念じた。双剣が淡い緑の光を帯び、更に力を込めると輝きが増す。

 気合いと共に片方ずつ力の限り振り下ろした。

 淡い緑の光の刃が勢いよく放たれ、空気を切り裂く。

 刃は二つとも秒も経たないうちに強靭そうな壁に激突すると、粉々に粉砕した。


「あ……」


 自分でも驚くほどの破壊力で驚いて声が出てしまう。


「すっげ! 魔法障壁ぶっ壊した」

「わあ……」

「すごいね!」


 魔法障壁? ただの石造りの壁だと思っていたのだが、特殊な作りのものだったのか?

 ジルが疑問に思っているとカルマに両肩を捕まれた。


「お前、すごいぞ! 前衛も後衛もいける!」


 褒められるが素直に喜べない。


「まだ力加減が分からないんだよな。そうそう使うわけでもないから……。それに、他の使い方も考えたい。馬に乗って槍として使ってもいいし、高いところから弓として使うのもいいし、他には……」

「だあああああっ! ジル、ちょっと待った」


 カルマに止められて考えるのを止めた。

 何か世間ずれしていたかと、聞き漏らしのないように気を引き締める。


「あ……、その、お前は……どう戦いたい?」


 そのカルマの視線は真剣でもあるが、何だか迷っているようだった。不思議に思いモーリスやリクに視線で助けを求めるも、二人とも無言のまま。

 このまま時だけが過ぎていくのももったいないと思うが、魔法武器なんて世の中になかった力に三人も困惑しているのだろう。自分でも戸惑っているぐらいだ。


「おい、手を貸すか?」


 淡々とした声が聞こえた。

 いつのまにか側に立っていたのはアビトだった。

 神出鬼没なイメージは持っていたが、本当に急に登場されると人間であるのかすらも疑わしくなってくる。


「え? アビトさん、いつの間に?」


 驚いているのはリクだった。背後に立たれていたので驚いたのだろう。


「ちょっと待てよ! 入ってくるな……」

「試験のときは公平に扱おうじゃないか。乃公おれは基本的に手出ししない」


 ジルの抗議はアビトに先読みされた。

 アビトはカルマの方を向いた。


「埒があかないだろ? 指導してやろうか?」

「指導ッスか?」

「だから、それ何するんだよ!」


 不快さをあらわにして、ジルが横から入る。


「いちいち面倒くさいな。四人ともあいつら倒せ。手段は問わない」


 アビトが指で示す先を全員が向く。

 緑色のゴツゴツとした皮膚を持つ小さな人間が、いくつも地面から現れた。


「何あれ?」


 咄嗟に杖を構えるモーリス。


「ゴブリン? でも……」


 問いに答えようとしたジルだが、自身も戸惑っていた。

 見た目はゴブリンであるが、いくら何でもゴブリンは地面から生えてこない。

 全員が同様の疑問を抱いているらしい中、ジルは閃いた。

 それと同時に走り出していた。

 群れをなすゴブリンから距離がある間に、双剣に力を込める。

 属性は火。赤い光が両手の剣に灯る。

 狙いを定めた一匹が、ジルに気がつき周囲に合図を送る。


(知能があるのか?)


 そのままジルは突撃して、両手の剣を左上に構えて力の限り振り下ろしゴブリンの胴体を切り裂いた。

 そのはずだが、手応えが違う。まるで岩でも斬ったかのように硬質で直線的に刃が通る。

 血液や体液が吹き出ることもなく、ゴブリンは崩れ落ち、地面にぶつかった衝撃で砂と化した。


「ジル。これなんだよ……」


 追いついたカルマはジルと背中合わせになるように立つ。この立ち位置で死角を補おうということらしい。

 ちら、と見るとモーリスとリクも追いついた。


「こいつら、自動人形だ! 魔物じゃない!」

「自動人形って何だ?」

「あらかじめ何らかの合図をきっかけに動き出すように作られた人形だと思ってくれればいい!」


 ジルは知っている限りの知識を絞り出した。


「どういうことなの? 誰かの魔法?」


 モーリスとリクが加わり、全員が背を向け合って円を作るように立つ。


「ああ、間違いなくアビトが――」

「先輩、違います!」


 リクが指さしたのは先ほどジルが壊した壁だった。人が充分に通ることのできる大穴が空き、パラパラと砂と石の粒が降り注いでいる。


「……防犯用の魔法です」


 確かに壁の断面を見る限り、先ほど斬ったときの手応えを思い起こす。

 自分が壁を壊したことで防犯用の魔法が作動して、自動人形が出てきた。その事実にジルは絶句するしかない。

 血の気が引いて言葉を必死に絞りだそうと努力した結果、一言だけ叫んだ。


「ごめん!」


 その声をきっかけに、四人は正面に向き直って戦闘態勢をとる。ゴブリン型の自動人形は二十体ほどだろうか。

 一斉に襲いかかるゴブリンをカルマは素手でたたき割り、モーリスは火球で焼き尽くし、ジルは双剣で斬りつける。


「僕、補助に入ります!」


 リクは一歩下がってジルたちの中心に立つ。

 数体のゴブリンが同時に襲いかかるところに、水晶が現れて足を拘束する。ジルが一瞬だけ後ろを確認すると、リクが構えた杖が光り輝いていた。

 この魔法にはジルも掛かったことがある。恐らくリクも得意としているのだろう。

 拘束されているゴブリンをカルマが殴りつけると砂と化す。

 全体を見渡してみると、半数ほど残っているだろうか。

 そこで、はたとジルは思いついた。


「カルマってあいつら全員の注意を引くことできるの?」

「やってみるが、たぶん相手が悪いぞ」

「悪い、頼む!」


 失敗しても知らないとでも言いたげな表情だったが、ジルの反応を見て嬉しそうに両方の口角をニヤリと上げて前に出る。


「うおるあああああああああああああああああああっ!」

 カルマは咆哮を上げながら走り出した。魔法で声を加工しているのか肌がピリピリ振動する。


「リク! さっきの拘束するやつ複数出せるか?」

「はい! いけます!」


 言うと杖を握り直す。

 その時、全てのゴブリンはカルマに襲いかかっていた。


「全部捕捉! 頼んだ!」

「承知しました!」


 リクが杖を振りかぶり杖頭を地面に叩きつけると、地面に稲妻のように光る亀裂が走る。

 光がカルマの近くまで達すると、亀裂の先端から細く長い水晶が勢いよく飛び出した。

 地面に根を張る水晶はゴブリンを捕らえると、その硬さで自由を奪う。


「モーリス! 全部に火球頼んだ!」

「了解っ!」


 分かっていたのか、モーリスは既に準備をしていた。

 ジルも両手の剣に力を込める。

 モーリスが放つ火球は拘束されたゴブリンたちを的確に捉えて迫り行く。


「水属性……回路、起動!」


 魔法武器――双剣の刃が青く光を帯びた。

 ジルもゴブリンに向かって剣から魔力の刃を放つ。

 振り回すたびに勢いよく放たれる淡い青色の刃は火球を追いかけ、追いつき、そしてゴブリンを捕らえる瞬間に火球と水刃が合わさり爆発を起こす。

 ゴブリンの形をしていたものは爆発により粉々になり、地面へと落ちる。

 衝撃を受けた砂が舞い上がり辺りを大きな砂煙が覆う中、ジルは成功を確信した。


「よし! 上手くいった!」


 敵は全滅。魔法武器が有効であることが目の前で証明され、ジルは歓喜に満ちる。


「……これってエクスプロージョン?」


 モーリスの言う魔法は複数の属性を使った混合魔法と言われる魔法だった。この国に無限に存在する魔法の中でも標準化されているもののひとつである。

 口に手を当てて驚いていたモーリスは、突然ハッとしたような表情をした。

 そして、声を大きくするように手を口の横に当てて叫ぶ。


「カルマくーん! 大丈夫ー?」


 しまった、と気がついたときには砂煙の中の人影が片手をあげて無事を伝えていた。

 三人のところに戻ってきたカルマ。特に怒っている様子もない。


「ビビったが防御したし、リクもバリアを張ってくれたし、問題ねえよ。オレをなめてもらっちゃ困る」


 カルマは豪快な笑いで細かいことを吹き飛ばしてしまった。つられて、モーリスが笑う。


「エクスプロージョンまで再現できるなんて想像できなかった」

「悪い! ここまで上手くいくとは思っていなかったんだ。それにしても、リクはよく分かったな」


 ジルがリクに声を掛ける。


「いえ、ただ属性を乗せていれば爆発するかも……って」


 手を左右に振って否定するリクは、ヒヤヒヤしたようで言葉に落ち着きがない。

 そのとき、辺りに散らばった砂が一斉に地面を這うように動き、壁に空いた穴に向かった。頭を持ち上げるかのように穴に被さると周囲の壁と同化し、まるで何事もなかったかのように壁となる。

 一部始終を確認して、次は何が起こるのかと四人とも身構えた。


「今ので終わりだ」


 アビトがゆっくりと歩いてきた。


「あんた、何なんだよ?」

「手を貸しに来ただけだ。自然に連携できたじゃないか」


 そう言うと、全員を見渡す。


「運もあるけどな」


 ぶっきらぼうに言い捨てるジルにアビトは歩み寄り、肩に手を置いた。


「何だよ?」


 不審な様子にジルは身構えた。


「自信を持て」

「へ?」


 仕組みだとか、作り方だとか、魔法武器のことを聞かれると思っていたのだが思わぬ言葉に拍子抜けする。


「意外か? 悪いが乃公は、そいつをお前から取り上げようなど考えていないぞ。何度か言ったが興味はない」


 意地の悪そうな笑みを浮かべたアビトが魔法武器を指し示して言った。

 安心していいのか判断はつかなかったが、少なくとも敵ではないような気はした。


「……手の内があんたにバレた今、試験をどうしろって言うんだよ!」

「さあな。お前らがどうにかすることなんじゃないのか? それに乃公は基本的に手出しをしない。約束は守ろう」


 アビトは背を向ける。そのまま訓練場から出て行くかと思ったが、途中で止まり振り返った。


「この様子だと、試験は明日でいいな。準備してこい」


 言い残すようにして、アビトは去って行った。

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