機巧技師と超越者
01
気がつくとジルは荒れ果てた大地の上に横たわっていた。
半身を起こして辺りを見回しても黒い大地と不気味な灰色の雲が続いているのが見えるだけだった。
「悪い……
側に立つアビトは悔しそうな表情を浮かべている。
「カルマは?」
「やられた」
視線を遠くにしたままで短い返事があった。
「……そっか」
あそこまでしてくれたリーダー……いや、親友に心が痛む。
しかし、思いを馳せる気力もなかった。
「どうなった?」
何となく理解はしているが、ジルは状況を訊く。
「世界が滅んだ。乃公もいずれ消滅する」
「あの光って何だったんだ? 魔法じゃないよな?」
「超越者だ。乃公と同じ属性を持ち、乃公と真逆の力を持つ、女神――破壊神だ」
理解がなかなか追いつかず、長い沈黙が流れる。
「なあ、なんでそんなものが?」
「乃公が聞きたい。そもそも最初から乃公は何故ドラゴンの襲撃に遭ったのかも分からない。その後ろに破壊神まで絡んでいた……。心当たりがない」
そうだ。アビトはただこの大地の神として生きていただけだったはず。
「なあ、乃公は何故、目をつけられた? 何故、破壊の神と対峙しなければならない? 戦うのも破壊されるのも乃公は望まない……」
「あんたも変わった神だよな。それを共に生きるだけの人間に言うか?」
そこでジルは頭の中で何かが閃いた。共に生きる――。
「繋がったかも」
「どうした?」
「あんたは誰よりも優しくて……あんたは誰よりも強い神……」
「そうか? この世界の超越者として最悪だと思うぞ」
「そうじゃない! ……あんたしかいなかったんだ!」
「……ほう?」
「あんたは命を大切にする。だから、どこにも属せないこのドラゴンを受け入れてくれる唯一の世界があんたしかいなかったんだよ」
「仮にそうだとして、超越者――破壊の神はどう説明する気だ?」
その時、ジルの持つ本がカタカタと震えた。
「……封じきれないのか?」
「違う。破壊神を……」
破壊神を呼ぼうとしている。
更にジルの中で繋がった。破壊神がここまで追ってきたのは、ドラゴンを追ってきたとしたら……!
立ち上がってアビトに頼んだ。
「なあ、破壊神をここに呼んでくれないか? 俺が全て終わらせる!」
同じ属性――『天』の属性を持つアビトなら共鳴できる。呼べるはずだ。
「乃公に残された力は少ない――」
一度、言葉を切るとジルの方をしっかりと向いた。
「戦うことはできない」
「……あんたは呼ぶだけでいい。後は俺に任せてくれ!」
視線を逸らさず、アビトに頼む。
ややあって、アビトは両方の口角を上げて笑みを作る。
「分かった……任せるぞ……」
アビトは空を虚ろな目で空を見上げた。体中から淡い光のオーラが立ち上る。
弱々しいオーラが天に向かうのをしばらく見ていると、やがて辺りが明転。
まぶしさに慣れ目を開くと、真っ白な空間が広がる世界にいた。
目の前には、純白という言葉以外で表現するのが難しい女性の姿がある。
表情は美しく優しく、こちらに向ける細い目は神秘に満ちている。まさに『女神』だった。
「破壊神か?」
聞いても答えないし、微動だにしない。
不思議そうな表情をしているようにも見えるが、細い両手で持つ武器は鎌――命を奪う死神のイメージだった。
その死神が鎌を大きく振り上げるがジルには逃げる力がない。もとより逃げるつもりもない。
鎌が振り下ろされる。しかし、ジルはそれを魔法武器――本で受け止めた。
「……追いかけてきたんだろう? 何があったのか俺には知る術がない……もしかしたら俺の思い違いかも知れないんだけど」
視線をまっすぐに破壊神に向けると、言い切った。
「恋人だろ?」
鎌が霧のようにかき消える。
「あんたの恋人は今、この中にいる。この本の物語の中の人間になれば……本の中で二人の物語を紡ぐことができる。二人で生きられるんだ」
本の表紙を破壊神に向けて、一歩近寄った。
「この中ならあんたたちを邪魔するやつらから逃れて生きられるはずだ……。俺が作った世界の中で生きるのは気が進まないか? 俺はもう、誰かが傷つくのを見たくない。幼なじみも、後輩も、親友も、上官も……魔物たちだって超越者だってみんな……。あんたはどうなんだ?」
破壊神は白い手を本に伸ばした。
指先が触れると、まばゆい光が破壊神を覆う。
光ははじけて霧散すると、本に全て吸収された。
***
霧が晴れると、荒れた大地とアビトが目に映った。
「破壊神の力が消えた。終わったのか?」
「終わってない」
ジルは即答する。
怪訝そうな顔をしたアビトに、黄金色に輝く本を差し出した。
「この本にはドラゴンと破壊神の――恋人の物語が書かれている。あんたが持っててくれ」
「乃公が?」
アビトが受け取ってから、ジルは続けた。
「いつか遠い未来、この世界が崩壊したことを誰も知らなくなる時がやってくる。その時――ドラゴンと破壊神の爪痕すらも全てなくなったとき、そいつはただの本になる。それで終わりだ」
「……なるほど。乃公にしかできないことだ」
――犠牲は多かった。モーリス、リク、カルマ――大切な仲間を失い、世界も滅びた。
思いを巡らせていることにアビトは気づいたのだろう。ジルを見つめていた。
「これで依頼は完了だ。ドラゴン退治だけじゃなく依頼者の困りごとも解決するとは立派じゃないか」
「納得いかないけどな」
「ああ、そうそう。これからのことを少し話そう」
「これから?」
「乃公はしばらくこの姿を保っていられない。どのぐらい先になればお前たちに会えるかも分からない」
そこまで力を使っていたのか、とギリギリだったことを思い知る。
ジルは黙って話を聞き、アビトが続ける。
「世界は回復に向かう。できれば復興に努めてほしい。それが乃公の願いだ」
「元々そのつもりだよ。俺は俺のできることを全力でやるだけだ」
「乃公はいい部下を持った」
アビトが柔らかい表情の微笑みを作った。
「依頼の報酬は乃公が消えれば現れる。絶対に手放すなよ」
「ああ……」
アビトの体が白い霧に包まれていく。
徐々に強い光となり、辺りを包み込む。
明転する視界に目をつぶり、しばらくしてからまぶたを開けると、荒れ果てた大地は一面の草原と化していた。
大地の力が戻ったのだ。
「森を再生する力も残ってなかったのかよ……」
全身の力が抜けて膝が折れそうになるのを、大地を踏みしめて耐えた。全てを失ったのではないかという不安が駆け抜ける。
アビトの困りごとは解決できたが、アビトの望んだことまでは叶えられなかった。
どうすれば良かったのだろう、とは思うが考えられない。
まずは首都に戻り、世界の辻褄を合わせるために何がどうなったかを確認して――。
風で草が擦れあって音を鳴らす。
「ジル!」
後ろから強く抱きつかれ、振り返った。
聞き慣れたその声は……。
「モーリス?」
「良かったぁ……」
安堵と戸惑いの感情が交ざる。
幼なじみが……消滅したはずの大好きな人が……。
「おう!」「お疲れ様でした」
側にカルマとリクもいた。
もしかして、アビトの言っていた報酬というのは……。手放すなと言っていたのは……。
「予定通り全員生きてるな」
嬉しそうにカルマが言う。
「ですね!」
リクは満面に笑顔を浮かべていた。
「まあ、そうかな」
「細かいことは置いておこうよ」
あるがままの自分を受け入れてくれる仲間。ジルは掛け替えのない宝物を見つけた。
(アビト――ありがとう!)
いつかまた会うことができたときは、その気持ちを全力で伝えよう。心に決めると、ジルは仲間と共に歩き出した。
<完>
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