04

 明朝、五人は森の入り口に集合した。アビトの案内の元、迷宮まで足を運ぶ。


「久々に見たけど、随分と雰囲気が変わっているな」


 もちろん見た目は変わっていない。しかし、まるで入り口は死の世界へと死神が誘っているように感じられるのだ。


「いいか、四人とも聞け」


 アビトが四人を見て言う。


「作戦通りに行くとは限らないのは分かっていると思うが、お前たちで何とかしろ。そういうメンバーだからな」

「分かっている。あんたの補助はバインドぐらいだろ?」


 ジルは気がついていた。滅びから守るために世界中に展開されている魔法が多すぎる――戦闘に回せる力は少ないのだ。


「……すまない、助かる」


 全員がカルマに視線をやる。


「おっし、いいか?」


 カルマは首肯する皆を見回すと気合いを入れる。


「全員、生きて帰る! 行くぜえええええええええええええええええええええええええっ!」


 それを聞いたアビトは安心したかのように表情を緩ませ、真っ黒な空間を広げ姿を消した。

 足下に硬い感触が生まれると、目の前に迷宮から解き放たれたドラゴンが現れた。

 その両翼を広げると圧倒的な巨大さに驚く。

 刹那、ドラゴンの足元から泥が吹き上がった。アビトの魔法だ。

 粘度の高い泥には足を拘束されてドラゴンが自由を奪われる。


「クリスタルインプリズン連射! 行きます!」


 右手に杖を構え、左手に大事なコアを握りしめ、リクが叫んだ。

 同時に三人は走り出す。

 大小様々な四角形の塊がドラゴンの周囲からせり上がる。


「ジル! カルマくん! 気をつけて!」

「「おうよ!」」


 モーリスは立ち止まり、魔法の準備に入る。杖を構え集中すると、杖の頭を前方に向けた。


「ヘキサジャベリン!」


 ジルとカルマの横を六本の魔法が猛スピードで駆け抜ける。


(混合魔法? 使えるようになったのか?)


 戸惑っている間にモーリスの魔法は弧を描き、ドラゴンの胴体に直撃。六つの爆音と共に六色の閃光が上がった。

 なるほど、モーリスは混合魔法のイメージが掴めないから……全属性を同時に撃ったのだ。


「先行くぞ! 後ろ側は頼んだ!」


 カルマは言い放ち、咆吼を上げながら足に力を込めて跳躍した。

 神の領域に近いとされるドラゴンにはおそらくカルマの咆哮の効果はない。それでも、敵とみなしたらしい。

 インプリズンをいくつか足場にしてドラゴンの目の前に立ったカルマを爪や牙が襲う。その全ての攻撃を受ける! 弾く! 避ける!


「……カルマ、死ぬなよ!」


 声が届いたかは分からない。

 ジルはドラゴンの後方に走り、双剣を抜いた。

 インプリズンをいくつかよじ登ってカルマと同じ高さに達する。


「おい! 聞こえるか?」


 頭に直接声が入ってくるように、アビトの声が聞こえる。


「何やっているんだよ? 余計な力を……」

「この方が戦いやすいだろ?」


 ジルの心配をよそに、補助する気でいるようだ。


「アビトさん、会話ができるんですか?」


 モーリスの声も聞こえた。


「全員でな」

「わっ!」


 突然、ドラゴンの尻尾が左右に振れ、ジルをかすめる。

 誰かの心配する声が頭に響いたが応じる余裕がない。


「モーリス! 魔法頼む!」


 後ろにいるのには気がつかれたのだろう。

 六色の魔法の槍がドラゴンの胴体に命中するが、衝撃を無視するようにジルの方を向こうとした。


「こるぁああああああ! 相手はオレだだあああああっ!」


 高く跳躍したカルマはドラゴンの顎を全力で蹴り飛ばす。

 同時にドラゴンの鳴き声が響き渡った。

 その隙に横に回ったジルは、力の限り飛び上がるとドラゴンの背に飛び移った。

 胴体部分に双剣を使って連続攻撃を仕掛ける。しかし、刃が通らない。


「モーリス! 火球寄こせるか? とびきりデカいやつ!」

「分かった行くよ!」


 モーリスは両手を掲げると大きな火の玉を形成すると、ドラゴンの背中に向かって突撃させた。

 その火球が届くと同時にジルは跳躍すると双剣に水属性の力を込め、刃を放つ。

 大爆発を起こし、辺りを爆音と熱風が支配する。

 ジルが再びドラゴンの背に着地したときにはまだ辺りは高温を保っていた。


「ジル! 効いてる! よろけている!」

「おし!」


 二人でのエクスプロージョンはドラゴンの皮膚も焼いた。


「おい……!」

「カルマくん?」

「悪い! 余裕なくなるからオレは会話できねえ」


 そこでジルは嫌な予感がした。


「カルマ! 魔法、何やってる?」


 ジルの叫びにとんでもない回答が来る。


「魔力感知と全天球と反応強化と速度強化」


 つまり魔法を帯びていれば、どの方向からの攻撃でも叩き落とすことができる……。


「待て! それ、限界じゃ」

「大丈夫だ。死にはしねえ。ここから会話できない」


 まさか、更に魔法を重ねる気では――と、不安がよぎったその時、ジルの耳に直接カルマの声が聞こえた。


「うるぁあああああああああああああああああああああ! バーサーク!」


 前方を見ると、カルマは発狂していた。よく見ると、既に体はボロボロだった。

 白目をむき、半開きの口からは狂気の沙汰ではない唸り声が上がっている。


「先輩! 何やっているんですか? バーサークって!」


 リクから悲鳴のような声があがった。


「精神のですよね……」

「馬鹿かこいつ。今時、自分の精神を狂わせるやついないぞ」


 青ざめているらしいリクとあきれ果てるアビト。


「死にはしないって言った! 信じろ!」


 ジルは自分自身に聞かせるように叫ぶ。

 前方全ての攻撃はカルマが引き受けてくれるはずだ。


「モーリス! さっきの六属性の魔法って連発できるか? 俺のところまで撃って!」

「連射はできるけど、コントロールが……」

「モーリス先輩! やってください!」

「リクくん?」

「僕が何とかします! 任せてください!」

「分かった! お願い!」


 モーリスはたくさんの魔法の槍を放つ。しかしその槍は方角を捉えられず、四方八方に拡散する。


「マジックミラー!」


 リクの叫びが響くと無数の槍の一つ一つの進む方向に薄いクリスタルの円盤が無数に現れる。

 槍は全てクリスタルにぶち当たり、反射して進行方向を変えた。全てはジルの方向に向かう。

 ジルは魔法武器の双剣を構えると属性の力を流し込む。そして迫り来る魔法の槍を双剣で受け止め、ドラゴンのえぐれた背中に無数の混合属性を叩き込む。次の魔法の槍の属性を見極めることもなく、双剣の属性を高速で切り替えながら叩き込む。

 突然、雄叫びと共にドラゴンの上体が持ち上がった。ジルは咄嗟にドラゴンの背に双剣の片方を突き刺して耐える。

 そこに、破壊音が聞こえる。


「カルマくん!」


 四苦八苦して何とかジルも前方の状況を確認する。

 見えたのはドラゴンに破壊されて粉々に砕け散るインプリズン。そして、その高さから空中に投げ出されたカルマの姿。


「あの高さじゃ……」


 呟いたジルの声は皆に聞こえたか分からない。助かるか――。


「リク! アビト!」


 地面を何とかしようと呼びかけるが返事はない。

 焦りがジルの中を暴走しようとするのを必死に抑えて、前方を確認する。

 カルマは地面に吸い寄せられるように落ちて、全身を打ち付けた。


「え? リクくん!」


 モーリスの叫びに我に返る。

 ジルが視線を移すと、うつ伏せに倒れるリクの姿が確認できた。


「おい、リク! 大丈夫か?」

「……先輩、アビトさん、ごめんなさい。僕、これで最後みたいです」


 再び大小様々な大きさのインプリズンが無数に湧き出て、足場が再構築される。

 更に足場から何本も鎖があちこちに渡され、気がつけばドラゴンの体をがんじがらめに拘束して動きを封じた。

 しかし、これだけの魔法を使って無事でいられるのか――リクの立っていた辺りを確認する。

 魔力を全身から放出して光に包まれているリク――。


「リク!」「リクくん!」


 ややあって光が収まったが、そこにリクの姿はなかった。


「嘘でしょ……」


 モーリスの声に、ジルも悲痛な思いになる。

 しかし浸っている間もなく、ドラゴンは体を揺らす。

 アビトの泥のバインドも危うくなっているようだ。


「世界の方は守られているのかよ……」


 依頼はドラゴンを倒すだけだ。しかし、それだけでは依頼者の……アビトの願いは……。

 光の鎖を振りほどこうと藻掻くドラゴン。その体にジルはしがみついていたが、手に力が入らなくなり放り出される。

 体勢を無理矢理立て直すと、リクの残したインプリズンの壁に双剣を突き刺して勢いを殺す。

 落下は免れたものの顔を上げると、そこには息を思い切り吸い込むドラゴンが視野の中に入る。

 魔法を放とうとしている――その方向は!


「モーリス! 逃げろ!」


 叫んだ。しかし、モーリスは杖を握りなおして、正面を見据えていた。

 次の瞬間にはドラゴンから黒い闇の球体が勢いよく放たれる。

 球体に向かってモーリスが杖を構えると、六色の槍が放出されドラゴンの魔法と激突。

 魔法が拮抗し、稲光のように空間に亀裂が生まれる。


「アビト! 大丈夫か?」


 声が聞こえない――弱っているのか。

 やがて押し合っていた六色の槍が砕け散るように消えて、暗黒の球体がモーリスに迫る。

 ジルは声も出なかった。

 暗黒の球体がモーリスを飲み込むと、そこには何も残っていなかった。

 ドラゴンが体を激しく揺らすと、リクの出した鎖がちぎられ、アビトのバインドが解ける。続けざまの横なぎの攻撃にインプリズンも大半が破壊された。

 締め付けられていた体が自由になったドラゴンは、両翼を開くと宙に舞った。

 ジルはその隙に地面に横たわったままのカルマに駆け寄る。ピクリとも動かないその姿に絶望がわき上がった。

 生死を確認しようと心臓のあたりに手を伸ばしたその瞬間、手首をつかまれる。


「……死んでねえって」

「カルマ!」

「連発できねえみたいだな」


 見上げればジルたちを睨む双眸。

 カルマの焦げ茶色の目は虚ろで、本当に見えているのかも疑わしいほどだった。


「なあ、ジル。オレは奥の手を使った。リクもモーリスも……アビトさんもな」


 カルマは呼吸を落ち着けた。何かを決意したように、辛そうなのにハッキリと言った。


「お前も見せろ。これリーダー命令な」

「そんなボロボロで言われても威厳の欠片もないぞ」


 一瞬流れ出た涙を袖で拭うと、ジルは立ち上がって言葉を続けた。


「策はある。あいつが降りてきたら仕掛ける」

「反動も使っての攻撃か? 難しいぞ?」

「しゃべるな。単純に届かないんだ」

「じゃあ何か? あいつに届きゃいいんだな?」


 言いながらよろよろと立ち上がるカルマ。その表情は何かを企んでいるかのように不敵な笑みを浮かべていた。

 この状態から更に無理を重ねる気なのか、とジルは不安でいっぱいになる。


「寝てろって」

「……うるさい。ヒーローはお前なんだよ!」


 ジルは首の後ろをカルマに引っ張られた。もの凄い速さの回転を感じたと思うと、次の瞬間にはドラゴンに向かって一直線に空を飛んでいた。

 カルマに人を投げるだけの余力があったなんて信じられなかったが、現実にジルの体はまるで矢の如くまっすぐに上昇していく。

 折角作ってくれたチャンスを無駄にできない。

 ぐんぐんと近づいていく合間に魔法武器を変化させた。武器とも言えない、その形は本だ。

 その本を開いてドラゴンに向ける。

 ジルは倒すのではなく、このまま本の中に……物語の中の出来事だったことにして……。


「くっ、届かない!」


 相手に干渉しなければいけない、本を密着させる必要がある。勢いが殺され、上昇が止まる。

 その時、聞き慣れた咆吼が轟いた。


「うらあああああああああああああああああああああああああああっ!」


 跳躍でここまで来たのか、と驚く。


「カルマ!」


 見る間にジルに追いつき、追い抜き、ドラゴンよりも上で止まる。


「ジル、いけえええええええええええええええええええっ!」


 両手の指を絡め合わせて、その拳をドラゴンにありったけの力で叩き込んだ。

 勢いよくジルに向かって落ちてきたドラゴンが本に触れると、その体が漆黒の霧と化す。霧はどんどん本に吸い込まれる。

 そして、全ての霧が消えた。

 刹那、カルマの背後からまばゆい光が発せられた。同時にジルは何かに包まれて引っ張られる感覚を覚える。視界が明転する前にカルマが光に引き裂かれ大量の血を吐き出したのが見えた。

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