03

 ジルはアビトの元を訪れた。

 何も言わないままに黒い空間を展開したアビトは尋ねた。


「どうした?」

「いや、誰にも見つからないためにはここだろ?」


 ジルは後ろにいたリクの腕を引いて自分の前に誘導すると、背中をトンッと押した。

 リクはアビトと正対する形になるが、振り返る。


「何ですか? なんで僕だけ連れてきたんですか?」

「もう作戦考えているだろ?」

「そんな! 僕なんかが考えつくわけ……」

「こういう話はお前が一番頭が回っている自覚はあるか?」


 リクが硬直した。


「後ろからの援護があるからこそ俺たちは戦える。それに今までの戦いの中でも俺たちのことを一番しっかり見ているのはお前だし、実際そういうの得意だろ?」

「……はい」


 嘘をついても仕方がないと悟ってはいるようだ。


「俺たちを頼ったらいけないわけでもあるの? 遠慮しているのは年が違うからってだけ?」

「迷惑をかけたくありません。先輩たち、仲いいですし……関係性を壊したくなくて」

「あのな、俺とカルマを近づけたのはお前だろ……」


 なるほど、この後輩は何かができあがるのが嬉しいのと同時に、それを壊すことには大きな恐怖を感じるのだろう。

 壊したくないと思うと行動できなくなってしまうあたりはジルも理解ができた。

 その時、アビトがつかつかとリクに近寄った。


「おい、リク」


 リクが声の方に顔を向けると同時に突然その体が浮き上がり、後ろに倒れ込む。アビトの掌底が決まっていた。

 あまりのことに驚いてジルも反応できず、起き上がれないリクに手を差し伸べることも考えつかなかった。

 アビトはジルに視線を投げた。


「なあ、お前たちは乃公おれから鉄槌を食らわないと気が済まないのか?」

「そういう訳じゃない……と思うけど……」


 たじろぎながらジルが言うと、アビトはリクに視線を戻す。

 まだ立ち上がれないらしいリクの体は震えていた。地面に血の海が広がる。

 流石のジルも慌てて駆け寄り、道具袋から布を取り出す。


「おい、大丈夫かよ」

「……意識が……すみません、大丈夫です」


 かすれた声が返ってくる。

 その表情は口の中と鼻から止めどなくあふれる血で染まっていた。


「自分の力を生かせるやつを乃公は集めた。そうやって誤魔化して自分を殺すな!」


 アビトの怒鳴り声が轟く。

 やり過ぎな気もするが、アビトならフォローもしてくれるだろう。……と信じたいが不安になる。

 リクの鼻と口の出血を押さえていた布が真っ赤に染まる。


「俺にも聞かれたくないなら出て行くからさ。でも、頼ってくれていいんだぞ?」

「……はい、すみません。……いてもらえる方が助かります」


 何とか上体を自力で起こせるようになったリクは顔に押しつけられていた布をそのまま受け取る。

 支援の担当とは言えリクも一緒に戦ってきた。そんなリクを一撃で肩で息をさせるまでに追い込める破壊力に心底恐怖が産まれた。


「アビトさん……」


 落ち着くまで大分掛かってリクは何とか座ったまま話を始めた。

 アビトを直視できないのか、頭を下げる。


「僕にお金貸してもらえませんか?」


 その言葉に驚いたのはジルの方だった。


「金? 何に使うんだよ?」


 ジルも意外な話をリクは続ける。


「僕の魔法、そんなに効率のいい魔力の使い方できません。インプリズンもバリアも……。考えている限りでは僕が何人もいないと……とにかく魔力が足りません」

「――魔石か」


 アビトが言う。


「はい。でも、魔石でもそんなにたくさんの魔力を確保するとなると僕の力では……」


 そこで、言葉が止まった。


「なるほどな」


 思わず言ったのはジルだった。

 確かに戦うために一財産必要だとは予測できなかった。

 間があってからアビトは細い円柱状の何かを取り出し、ジルたちに一歩歩み寄る。

 下を向くリクの側でしゃがむと、アビトはリクの頭にポンッと手を置いた。


「使いな」

「……これは?」


 アビトの差し出すものを不思議そうな表情で受け取ると、リクでも見たことがないのか戸惑っているようだった。


「大地の……乃公のコアだ」

「え?」

「まて、アビト! コアって!」


 思わず叫ぶジルをよそに話は進んでいく。


「地属性は得意だろう? お前に打ってつけだ」

「待ってください。それじゃアビトさんが……」

「最低限の力は残している。それに乃公は死ぬ気はない。安心しろ」


 大地のコア――アビトの生命力の塊をリクは黙って見つめる。


「預けたんだ。空になるまで全力で使えよ? 無駄にしたらまた乃公の鉄槌を下すからな」


 リクの両手が震えている。恐怖に満ちているのだろう。

 これは止めなければならないのではないかと、ジルは焦る。


「アビト、待て! 別の方法を……」


 リクの手が伸びてジルを止める。

 コアは――道具袋にしまっていた。


「はい! アビトさんありがとうございます!」

 その表情は決意に満ちていた。



***



 あれから、カルマとモーリスも合流した。


「たかだか金ごときで騒がすなよ」

「ご心配おかけしました」


 照れくさそうに頭を掻きながらカルマと話す様子から、調子を取り戻したようだ。

 ジルもつくづく安心する。


「ところでリクくん、なんで怪我しているの?」


 モーリスの当然出てくるであろう疑問にジルとリクが硬直し、カルマは何かを悟った表情をする。


「何でもありません、後で医務室に行って治してもらいます」


 慌ててごまかそうとするリク。

 怪我をさせた張本人であるアビトの方を見ると、視線を宙にやりよそよそしい表情をしていた。


「とにかく、どうやって倒すかだろ? まずは説明してもらっていいか?」


 ジルはリクに視線を向けて、強引に話を変えた。


「はい。この空間と同じ環境で戦うので、まずは僕が地面を作って固定化します」

 確かに、この空間で足場は作る必要がある。

「具体的には……」


 リクが戦いの場を再現するために空中に円状の薄い透明板を出そうとする。


「乃公がやろう」


 そこを横からアビトが割り込む。


「ありがとうございます」

「気にするな」


 アビトは何にか仕草する訳でもなかったが、透明板が現れた。動作なしに発動できる辺り、やはり超越者なのだと思い知らされる。


「ここからはドラゴンの大きさにもよりますが……僕はゴーレムが十体ぐらい重なったぐらいはあると想定しています」

「……リク、根拠はあるの?」


 ジルは疑問を挟み込んだ。


「魔力量です。でも計測したわけでなくて、森で感じた圧力から予想しただけなので、目安と思ってください」


 自信のありそうな答えに、リクの強さを感じた。


「おいリク! どうやって攻撃すればいい?」


 カルマも真剣に戦うことを考えている。


「はい、僕がドラゴンの周囲にインプリズンを出すので登ってください」


 リクが手をかざすと透明板の上のドラゴンを囲むように地面から大小様々な無数の四角形が現れる。


「後、バインドで下からドラゴンの動きを封じます」

「は? そこまでやる?」


 カルマが目を丸くして驚いている。


「はい。周囲の動きはインプリズンで封じているので、四肢をバインドで……」

「おい! いくら何でも魔法出し過ぎだろ!」

「アビトさんから補助具を借りました。大丈夫です」

「……まあ、お前が言うなら」


 仕方なく譲歩したといった風にカルマは身を引いた。


「ここからは皆さんの出番です」


 全員が沈黙する。まさかリクがそこまですると思っていなかった。魔力が多い方とは言えども明らかに使いすぎなのだ。


「リク。待て、乃公もやる」

「アビトさん?」

「バインドは乃公がやろう。お前は戦う三人も補助しなければならないんだぞ。少し余裕を考えておけ」


 腕組みするアビトが断言した。


「はい! 僕だって負けるつもりありません!」


 答えるリクの声は力強かった。


「私は登らずに魔法を撃つよ。もともと後ろから使う魔法が得意だから」


 直接ドラゴンとやり合うのはジルとカルマだ。


「アビトさん、オレの咆吼ってドラゴンにも通じるんスか?」

「悪いが、やってみないと分からない」


 アビトからの答えを聞いて考え始めるカルマ。

 一番よく使う手段に不安があるのだろう。


「俺たちは連携していかないか?」

「そうだな。オレが前やるからジルは後ろ頼む。挟み撃ちにしよう」


 その不安を払拭するつもりで提案してみると、カルマは即座に気持ちを切り替えたようだ。

 これまでで一番の強敵との戦いに緊張が走る作戦会議となった。

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