02

 数日後、四人はアビトの元を訪れた。


「ご心配おかけしました。リーダーのカルマ、復活しました!」


 カルマが腰を直角に曲げてアビトに頭を下げる。


「吹っ切れたみたいだな……」


 その様子に片方の口角を上げてアビトが笑みを浮かべる。


「あー、そうそう。お前の上官、見限ったからな」

「……そうっスよね」


 自嘲的になるカルマのことが心配になる。


「何かあったのか?」

「理由はどうあれ、オレはバサポ飲んだやつなんだよ。そんなやつの仕事の面倒を見る上官がいると思うか?」

「ここにいるから安心しろ」


 無表情のままで言うアビトだが、カルマは笑顔を返していた。


「リク。お前はどうしたい?」

「僕は……カルマ先輩と一緒がいいです」

「分かった。何とかしよう」


 どうやら国の制度としても全員がアビトの元へと集結したようだ。


「上官としての話はここまでだ」


 アビトが言うと突然辺りが暗転した。床の感覚すらもなくなり、宙に浮いているような感覚に陥る。

 どこからか光が届いているのか四人は顔を合わせることができた。


「ここからは超越者として話そう」


 アビトだけは足下をしっかり踏みしめているように見える。


「アースフィールド!」


 リクの声が聞こえると落ちる感覚に襲われ、身を翻して着地した。足元を見ると透明な輝く床ができていた。


「お、流石だな」

 アビトは微笑を浮かべて、リクが作った床に降り立った。

 周囲を見回すと精神世界のようだが、少し異なる。酷似しているが超越者専用の空間とでも言ったところだろうか。


「ジル、任せた」

「いや、リーダーはお前だろ?」

「一番理解しているのはお前だから頼んでいる」


 仕方なくジルはアビトに向き直った。


「依頼は受ける。詳細を聞かせてくれ!」


 力強い口調で言った。


「予測は立っているよな? 退治してほしいドラゴンがいる」

「そいつは……倒すだけの理由はあるのか?」


 魔物たちも――ドラゴンも生きている。安易な理由で命をやりとりしていいものじゃない。今のジルはそう思っている。

 アビトもジルの気持ちを理解してくれているはず。そう思うからこそ、訊ねた。


「放っておけば世界が滅びる」

「まあ、そんなことだろうと思ってはいたよ」

「察しがいいな。……既にこの国の領地以外は滅びているようなものだ。信じられないかも知れないがな」

「信じるよ。まあ、ワイバーンの件がなければ想像できなかったが……」

「あの、ワイバーンってバジリスクだったあの子?」


 モーリスが尋ねる。


「ああ。あのワイバーンは誰かが砂漠から連れてこない限り、あんなところにいるわけない。誰がどうやって連れてきたのかは分からなかったんだが……」


 そこで切って、ジルはアビトの方をまっすぐに見る。


「アビト。アンタだろ?」

「正解。滅んだ大地では弱い魔物は生きられないからな。乃公おれは目の前で一匹だけ生き残った子供を放っておくことができなかった。ワイバーンになる素養を持つとは思わず、命を奪う結果となってしまったがな……」

「どうせ、あの時の俺が倒しちまうとは思っていなかったんだろ? 人間の力を見せつければ首都までは来ないから驚かすだけのつもりだった」

「まあな」


 ジルは、ここからは想像がほとんどであると前置きをして続けた。


「あんたは世界の中でもこの国を中心として障壁を作り、滅びた世界と隔絶していた。その障壁を突破してきたドラゴンを倒しきることができず封印しものの、滅びの力は止まることなく拮抗していて、今に至る――ってところか?」

「想像が多い割には正確じゃないか」


 あまりにも受け入れがたい事実を目の前に、ジルも現実感は湧いていなかった。


「あんたが倒せなかったのに俺たちに倒せるのか?」

「分からない。あのドラゴンの力は乃公にも理解できない」

「……まあ、俺たちにしかできないのは分かったよ」


 ジルが腕を組むと同時に、カルマが声を発する。


「ジル、それどういう意味だよ?」

「未知の力には未知の力――」


 その質問に答えるのはアビトだった。

 全員の視線がアビトに集中する。


「乃公はそう考えた。そこでようやく見つけたのがジルだ」

「嘘つけ。リクはともかく、モーリスもカルマも見つけていたはずだ」

「よく分かったな」

「その位は分かるだろ」


 そこで区切るとジルは後ろの三人の顔を見た。


「自分ではどうしようもないはずだった欠点を自力でどうにかした奴ら……それが俺たち四人ってわけだ」

「ご名答。やっぱりお前すごいな」


 アビトは満足そうだった。


「アビト……そのドラゴンは迷宮の中だよな?」

「そこまで分かっていたか」

「迷宮ってこの前のですか?」

「違う。俺が働き始めたときに見つけたやつがあるだろ?」


 忘れもしない、あの異様な雰囲気の迷宮――。

 あの迷宮は自然発生したとは思えなかった。


「あの森か!」

「随分近いですよね? 誰も気がつかないんですか?」

「俺が見つけたときは結界が張られていた。今は恐らく森全体に生物を寄せ付けない魔法が張られてる。迷宮に近づくのを避けている事実に本人すらも気がつかないようなものをな」


 ジルはアビトに向き直る。


「つまり自らの迷宮を作り出せて更に精神を内側から狂わせる大規模魔法も半永久的に使える。そこまで高度で強力な魔法を使えるのは……」

「いかにも、乃公だ」


 この世界の存亡が掛かった依頼は、ずいぶん前から動き出していたようだ。

 複雑な思いをジルは抱く。恐らくモーリスもカルマもリクも同様だろう。


「俺たちは依頼を受ける。だが、こっちも交換条件がある!」

「……なんだ?」

「迷宮を解き放ってあんたも戦え! 俺たちだけにやらせるな!」


 ここだけは譲れなかった。


「解き放つ理由は?」

「押さえておく理由がない。俺たちが失敗すれば世界は滅ぶ。成功しても無傷は難しいかもな。少しでもこっちに力を回せ! 俺たちを導いた責任を持ってあんたも戦え!」


 長い沈黙が続く。


「……条件の変更要求だ。乃公は少しでも大地への傷を避けたい。迷宮は解くが、この空間を展開した中での戦いを提案する」


 アビトの口が開くまでに、どれだけ掛かったかが分からない。

 それだけ悩んだ結果だったと思う。


「分かった。交渉成立だ」


 ジルは力強く、頷いた。



***



 森には瘴気が満ちていた。木々に黒い靄がまとわりつく。

 不思議とそれは森から出ることはない。


「随分変わったな……」


 魔法に疎いジルが見ただけでもこれだけ変化があるということは、魔力の影響の大きさを物語っているとも言えた。


「なあこれ、何属性だ? 後、靄の魔力意外にももう一つあるな」


 魔力感知を改良して属性の識別を可能としたカルマが言う。


「何属性でもないんだろ。靄じゃない方はアビトのだな」


 もちろん無理矢理に名前をつけることはできる。靄の魔力は『冥』だ。迷宮から漏れ出したドラゴンの魔力は死の世界をもたらそうとしている。

 もう一つの属性。アビトの超越者としての魔法――同様に名付けるとすれば神の力『天』となるだろう。


「ここからでも魔法の圧力がすごいね」

「僕が何とかします。……僕がいる限り先輩たちに傷ひとつ負わせません」

「おい、無理すんなよ?」


 魔力感知を解除して焦げ茶色の瞳に戻ったカルマが緊張の面持ちのリクを押さえる。


「リクくん、これから戦うわけじゃないんだからさ」

「すみません、理解はしています」


 この場所に近づくにつれてリクの様子が徐々におかしくなっていた。どうも落ち着かないようなのだ。

 顔色も蒼白で、心配であるが考え込んでいる様子に声を掛けられなかった。

 ジルは少し焦っていた。

 ここに視察しに来たのも作戦を立てるのが目的である。その要であるリクに心のゆとりが全くないというのは失敗にも繋がりかねない。

 ジルも生い立ちや育ちに共通点が多いので気持ちは分からなくもない。どうにかしなければと頭を悩ませていた。


「まあ、とにかく森に入るのは無理だから一周してみるか」


 ジルは言うと、森の外周に沿って歩き出した。

 モーリスが小走りに追いかけてきて、横に並ぶ。


「……この依頼、大丈夫だよね?」

「最大限やるだけかな。モーリスは落ち着いているな」

「これでも今にも押しつぶされそうだよ。ただ、ちょっと、新しい魔法があるから信じる気持ちにはなれるかな」


 ジルは驚きで一瞬歩みを止め、後ろを確認する。

 離れた位置からついてくる二人も何やら話しているようだった。

 再び歩き始めながらジルが言う。


「新しいのって自分だけの?」

「そう。私にも強みはあるからさ」

「強みって、超火力じゃなくて?」

「うん。私、ジルみたいに複雑に考えられないんだけど、もしかしたら使えるかも」

「努力の天才だな」

「ジルに言われたくないよ」


 モーリスの微笑みにホッとする。自分もどこか緊張していたようだった。


「作戦会議はアビトさんも一緒?」

「いてもらわなきゃ困るからな」

「リクくんに何か言ってもらえるといいんだけど……」


 やっぱり誰が見てもそうなのかと、心配の種が大きくなる。


「んー、緊張じゃなくて、単純に困っていることがあるのかもな」

「困っている? リクくんが?」

「ああ、回復魔法のことじゃないからな。それに細かいことを考えても仕方がないっていうのは理解していると思う。具体的に何かがあるんだろうけど、言わないんだろうなあ」

「どうして? 仲間なのに」

「俺たちが先輩だから! あいつは気にするの!」


 リクは全身からあふれ出るほどに相手を敬う気持ちを持っているのだ。否定すべきことじゃないし、ありのままを受け入れたい。

 しかし……。


「頼ってほしいんだけどな」


 チラリと後ろを見る。

 モーリスも苦い顔をした。


「カルマくんにも相談してないのかな?」

「だろうな」


 ため息がこぼれる。

 こうなると頼みの綱は、一つだった。

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