魔法武器と神の願い
01
資料室は最早、ジルの定位置と言ってもいいかもしれない。
特段、何もなければここにいるようになっていた。
魔法武器を向上させる目的だけでなく、今は単純に知識が増えて新しいことを考えられるようになるのが楽しいのだ。
ジルが机で調べ物をしていると、資料室のドアが開いた。
「よう!」
「おじゃまします」
二人とも普段の調子を取り戻しているようで、内心ホッとした。
「おはよ! カルマは大丈夫なのか?」
「バッチリ!」
その拳を握って見せた。
「あ、カルマくん、リクくん、おはよー!」
本棚の近くにいたモーリスが声に気がついたらしい。「おう!」「おはようございます」と慣れた挨拶が交わされる。
「で、単刀直入だが仕事か?」
カルマが聞く。今回はジルがここに全員を呼んだのだ。
「仕事と言えば仕事。たぶん今後に関わると思うんだ。だから全員に知ってもらいたい」
「ほう?」
「大雑把に言うと、俺たちは予想以上に大きな事件に巻き込まれているな」
「事件……ですか?」
「ああ。たぶん、この国だけじゃなくて世界中を巻き込んでいると思う」
三人ともピクリと反応する。
「この前、アビトさんに世界がどうとか言っていたよね?」
「あれはカマかけたんだ。アビトは超越者。人を超えた存在……いわゆる神だ」
信じてもらえなくても、それが事実だった。
「比喩でも冗談でもないんだろ?」
「迷宮でもあんなに大きな魔物を一撃で追い払ったもんね」
「古代魔法が使えるぐらいですから……」
最後のリクの発言は偶然ではなさそうで、ジルは顔をしかめた。
「リクは気づいていたのか?」
「いえ、調べました。先輩とアビトさんは時々、お互いしか分からないやりとりしていましたから何かあると思って」
言うと、説明はジルに譲ると言った風な手振りを見せる。
ジルが続ける。
「試験の時のゴーレムや防犯用のゴブリンも間違いなく古代魔法だ。魔法についてかなり調べたけど、何かを生物に見立てて自律させるなんて古代魔法しかない」
「でもそれ、想像力と魔力があればできるんじゃないの?」
今度はモーリスから疑問が沸く。
「いや、今の時代でできたとしても『人形』を作るまでだ。意思を持たせる技術が失われている」
納得したらしいモーリスは首を縦に振る。
「アビトは古代魔法が使われていた時代に生きていた。今の時代に復活したのか、どこかに潜んでいたのかまでは分からないが、そんなことできるの超越者ぐらいだ」
「何か実感わかねえな」
「先輩、何の神様なのかは分かっているんですか?」
「ああ。これはアビトに確認したが、あいつはこの世界そのものだ」
「ごめん、私イメージできない」
「あー……大地が意思を持っていて、それを人間の姿として具現化した感じかな」
上手くは説明できないが、しかしこれが本当のことなのだ。
「厄介ごとが起きるのは理解できた」
「アビトから直に依頼がくるはずだ。たぶんドラゴン退治あたりだと思う」
その場の空気が凍り付く。
「待て、迷宮の踏破もできなかったんだぞ! なんでオレたちに?」
「それは本人に聞かないと分からない」
一度、区切ってから続ける。
「いいか、ドラゴンは魔物の中で一番超越者に近いとされている。そして、ドラゴンの力に敵う人間はそうそういない」
「神からの依頼……ですか」
「ワイバーンより強いんだよね?」
「ああ、スケールがデカい」
ジルは腕を組むと顔をカルマに向ける。
「どうする、リーダー?」
カルマは珍しく言葉に詰まった。
「そりゃ悩むよな。とりあえず俺から言えることはこれで全部だ」
言い終わるとジルは視線を空中にやった。
今のカルマの表情を直視できなかった。
***
「
「あんたも細かいな」
答えが出ないままに時が過ぎ去った。ジルが頼った先は……アビトだった。
「俺はあんたから依頼をもらえばすぐにでもやる気だぞ。モーリスとリクもビビってはいるけど、依頼されれば受ける気ではあるんじゃないかな」
「カルマは?」
「……今は無理だな」
頭を抱える。
恐らく、本来越えられない一線を踏み越えてしまったのだろう。反動で現状は戦えない。
「あんたはカルマのこと見てないのか?」
「ここ数日なら見ていた」
「じゃあ、聞くな! 超越した力を見せろよ!」
「何でもできる訳じゃないのはお前も理解しているはずだ」
痛いところを突かれた。理解はしていたこと。
神――超越者は万能ではない。だからアビトは人を頼ったのだ。
何もかもができる者などいない。たとえ超越者であっても。
「……時間、ないのか?」
「わりとな」
アビトが声を荒げた。世界の危機は想像以上に近いようだ。
「俺たちに依頼するつもりなんだろ? 詳細を先に聞くことは?」
「無理だ。理由はお前も理解しているはずだ」
言葉に詰まる。ジル一人だけで何とかする手段を見つけ出すつもりだった。アビトには心の中を全て見透かされているのか。
「質問を変える」
一か八かだったが、これだけは知りたい。
「俺たちがこのままだったら……あんたの命はどうなる?」
「消えるな」
躊躇いのない答えに思考が止まる。
「いいのかよ!」
「そういう自然現象だからな。これでも乃公は最大限、抗った」
肩を竦めて言い放つアビトに苛立ちすらも覚えた。
***
中央施設の中庭から叫び声が聞こえる。
出入口付近では壁を背に座り込み、その様子を見守っているリクとモーリスの姿を見つけた。
「あいつ、まだやってんの?」
「ごめんなさい、止められません」
「謝るのはこっちだよ。ごめんな、先輩なのに次から次へと……」
完全に頭を抱えた。
「先輩たちへの憧れは変わりませんよ。僕を守ってくれたカルマ先輩も、基礎魔法を魔法を極めたモーリス先輩も、ジル先輩も」
言いながらリクが立ち上がる。
「ねえジル。もしかしてアビトさんと何か話してたの?」
「あ、いや……ないしょ」
モーリスも打開策を考えていたらしく、ジルに尋ねる。
そんなモーリスを誤魔化す。ギリギリまで世界の危機を知らせたくないのだ。
不思議そうな表情を浮かべるモーリスに微笑で返すと、ジルは中庭の彫刻――カルマがいるところまでゆっくりと歩いた。
今の問題を解決できるのはジル以外にはいない。覚悟を決めた。
「よう……」
カルマがジルに気づいて声を絞り出すが、視線は向けようとしなかった。
流石にジルも呆れた。
「お前ねえ、後輩や女の子の前で何やってんの。……まあ、俺もだけどさ」
「うっせー! 仕方ねえだろ! 魔法が出ねえんだよ!」
言うとカルマは目の前にある彫刻の台座を思い切り殴りつけた。
その拳は血にまみれていた。
今考えてみると、精神世界で話したときからカルマはこれを心配していたのかもしれない。
枯渇した魔力が戻らないのか、あるいは魔力は戻っているが力を出すことができないのか、それとも他の理由なのかは分からない。でも
魔法が使えない気持ちは理解できた。
何とかできるなら自分だけなのを確信する。
「カルマ! ほれ!」
ジルは携行食の包みを投げ渡す。
「不味いもん渡すな!」
「じゃあこっち食う?」
道具袋から自作の干し肉を取り出した。
刹那、目の前にカルマの拳が飛んでくる。
ジルが片手で受け止めると今度は回転力をつけた蹴りが下段から放たれる。それを一歩後ろに下がり避ける。
そこで攻撃は止まった。カルマの眼光は鋭く、息が荒くて、野生の獣のように変貌していた。
「食ってないだろ? 俺に止められてるぐらいだし」
肩で息をしているのは疲労からなのか、激しているからなのか。
その場に崩れ落ちるかのようにカルマは座り込む。
ジルも同様に座り込むと、干し肉を渡した。
「硬いな、食い物なのか?」
「俺はそれをずっと食ってたんだぞ」
カルマが干し肉を咀嚼して嚥下するまで待つ。
長い沈黙の後に会話を再開する。
「お前、魔法が使えなくて怖いだけだろ?」
「……ああ、悪いか?」
「きっかけは何? 何かが怖くて魔法が使えなくなった?」
「分からねえよ、くっそ……」
藻掻いていたもの同士、そして死を覚悟したもの同士。それ故に、痛いほどに理解できた。
「カルマは皆と同じに戻りたい?」
「ケンカ売ってんのか?」
「図星かよ」
言った瞬間、ジルは胸ぐらを捕まれていたが、臆することなく続ける。カルマが自分と同じものを探していたと知ったとき、気がついたことを――自分には見えてカルマがまだ見えていないものを伝えようと思っていた。
「冷静になって考えてみろよ。皆と同じって何だよ?」
「あ?」
カルマが顔を歪ませる。
「わからなくないか?」
視線を外して手を離したカルマに、ニカッとわざとらしい笑顔を見せる。
「俺も皆と同じが良くって魔法使えるように頑張ったんだけどさ、最近何になりたかったのかが疑問になってきたんだよな。皆って何だったんだろうって、そう思うんだ」
ジルに向けられる意外そうな表情。
「話は変わるけどさ。俺、子供のときに魔法が使えないのを差別されてて、そんな中モーリスだけは側にいてくれて支えてくれていたんだ。差別する方が悪いってな」
「知ってる」
不機嫌そうだが力ない声が返った。
「俺のことを差別していた、そういうやつを追っ払っていたのカルマだろ?」
カルマが驚くのが分かった。
やや間があってから呆れたように大きなため息をつくと、カルマは肩を竦めた。
「……やっと思い出したか」
視線は合わせず宙を眺めていた。
「安心した?」
「まあな」
そう言うとカルマはどこまでも青く染まる空を仰ぐ。
「オレはもう忘れられるの嫌だからな?」
自分でも理解できない感情に戸惑っているようだ。
言葉を手繰っているのか、手を頭にやるとカルマは続けた。
「あの時からオレはお前と友達になりたかったんだけどな……オレは魔法使えたから結局あっち側だった」
「引き離してくれていただろう?」
「お前の悪口は言ってた。そんなやつ放っておけって……魔法が使えないなんておかしいって……」
「あいつらの興味を逸らしていたんだろ? 俺はそれで助かった」
ジルは解いてやりたかった。カルマの心と言葉の矛盾を――。
思いが通じているのか、カルマは頭をかく。
「カルマいいか?」
「何だ?」
「この間も言ったけど、俺だったら家族からだって逃げ出すぞ……」
「オレは親に感謝はしているんだよ」
「今のお前、何だか逃げない理由探しているように見えるんだよな」
本当は逃げ出したいほどに嫌な思いをしているはずなのに……。
カルマは押し黙っているが、話は聞いてくれているようだったので続ける。
「逃げろとは言わない。頼ってくれないか?」
ジルとカルマの視線が合う。
カルマはすぐに視線を外して、何があるわけでもない右下の方を見る。
戸惑っているのだろうか。
「とにかくさ、魔法使えなくなってもカルマはカルマだろ。俺たちらしくやろうぜ?」
ジルはその場から去るつもりで腰を上げようとした。
「あー……ったく!」
それが、カルマの叫びに遮られる。
勢いをつけて素早く立ち上がったカルマは指の関節を鳴らし体をひねり混み、一気に拳を球体の彫刻が飾られている台座に叩きつけた。
爆音が轟き粉々に砕け散る。
カルマの晴れやかな表情にジルは心底安心した。
「……オレ、ちょっと行ってくる」
「アビトのところ? 全員で来いってさ」
「いや、これ壊したの謝ってくる」
瓦礫と化したものを示すと、カルマは走り去った。
球体の彫刻はそれを見送るように、側で左右に揺れていた。
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