04

 ジルは病室に飛び込んだ。

 目に映るのはベッドの上で眠り続けているカルマと、その様子を心配そうに見ているモーリス。そして、その横で腕組みをしているアビトだった。

 普段なら廊下を走るなと注意もされるのだろうが、ジルの表情を見て考えてくれたのか咎められなかった。

 カルマの元に駆け寄る。


「今の治療ってどんなの?」


 モーリスに尋ねた。


「依頼者から提供された薬物の投与……。でも……」

「分かった! 見たところ落ち着いているし、倒れた時点からは向上しているんじゃないかと思う」


 もしかしたら体の方は治癒しているのかも知れない……となると。


「精神干渉する気か? カルマの魔力は……」

「さっきリクから聞いた。普通にやっても反応してくれないかもしれないな」


 早口でアビトに返す。

 精神干渉の魔法――カルマが魔力を乗せて叫ぶのもその類いで、相手の魔力を外部から揺さぶって精神を混乱させる。

 しかし、相手の魔力が極端に小さい場合、果たして干渉に至ることができるのか――。

 その疑問は解消しないが、成功率を上げる方法ならある。

 魔法武器を取り出す。


「使うのか?」

「……やらせてくれないか?」


 アビトは無言だったが一歩引いたところを見ると、どうやら任せてもらえたようだ。

 ジルは魔法武器に形を与える。


「……ナイフ?」


 心配そうに見ているモーリス。

 ジルにも躊躇いがあったが、その気持ちを振り切る!

 両手で魔法武器を握ると、刃を下に向けて真上からカルマの左の手の平にひと思いに振り下ろした。

 嫌な感触が伝わって来るが、無理やり握りしめて離さない。

 誰だって仲間を傷つけたくなんてない。しかし、ジルにはこれしかない。


(――行け! 頼む!)


 魔法武器に意識を向ける。

 入り込むイメージ。吸い込まれるイメージ。その場の自分が消え去ってもいい――。



***



 気づいたときには、真っ暗な世界にいた。


「……よう」

「カルマ!」


 暗闇の中に立っているカルマの姿が薄ぼんやりと見えて、駆け寄った。


「戻って来いよ!」

「悪い、戻れねえな。戻りたくないんだよ」

「……何があった?」

「ジル、お前は戻れ。最悪、死ぬぞ」

「俺も戻らない! 二人で戻る!」


 ジルはその場に座り込んだ。

 その様子に諦めたらしく、カルマも座り込んで話し始めた。


「誰から聞いた?」

「リクだ」

「じゃあ、欠陥の方しか言ってなさそうだな……」


 ひとつずつ言葉を探しているらしい。

 かなりの時間をかけてから、カルマが口を開く。


「魔力の量が小さいから割かし虐待受けててな」

「虐待? 親か?」

「いや、親はどうなのか知らない。オレに手を出していたのは年が離れた兄だ」


 兄――?


「お前、兄弟いたの?」

「年が二十離れているけどな」

「に、二十?」

「すげえだろ。正真正銘、同じ親だぜ?」


 カルマの表情は、自分のことをあざ笑うようだった。


「細かいことは語らせるなよ? オレも思い出したくはねえんだ」

「あ、ああ……」

「昔からことあるごとにオレを教育しているつもりになってたみたいなんだよな。まあ、兄にしてみれば親の代わりにならなきゃいけねえ場面もあっただろうし、どういう心積もりだったかは分からないが」

「一緒に暮らしているのか?」

「地方配属のお偉いさんだ」


 カルマは肩を竦めた。


「……滅多に帰ってこない?」

「ああ、それが今ちょっと帰ってきていてな。それが迷宮の依頼をお前のところに持って行った理由」


 居心地が悪くて、家を空けられる口実を作ったのか。


「それだけじゃないけどな。内容がどうも腑に落ちなかった」

「あの時、言っていたことが嘘だとは思ってないよ。俺だって迷宮に行きたかったし……」


 それからカルマの言葉を待った。

 兄が嫌だというのが戻ってこない理由の全てとも思えなかったのだ。何かきっかけがあるような気がする。

 かなり間があってからカルマが大きくため息をついた。


「他人から見れば、何気ないし下らないことだぞ? オレが一応は国家機関で仕事してんの親が兄に話した」


 カルマが真上を見る。


「何だよ?」


 その目が悲しそうで心配になり、ジルは言葉で続きを促した。

 間があってから、カルマが続ける。


「オレにできるぐらいだから大したことないけど、って付け加えてな……」


 カルマが肩をすくめる。

 長い長い時間が過ぎた気がした。

 ジルも言葉を探すがどう言っていいのか分からない。


「な? そのぐらいって思うだろ?」

「いや、待てカルマ!」


 話を聞いて確かに何気ないことなのかも知れないと理解はした。だが、それでもジルは納得できない。


「何だよ? 日常の何気ないすれ違いぐらいでいちいち機嫌悪くなっているオレがおかしいんだよ」

「でも、カルマにとってはそれだけ傷つく言葉だったんだろう? お前の家族が悪くないってことにはならない!」

「問題にすらしないんだよ。普通は」

「そうか? 俺なら息子の意識が戻らないのに、様子も見に来ない親なんて信用できないぞ」

「あ?」


 ジルに向けられたカルマの眼光は鋭く、まるで威嚇しているようだった。


「いや、お前にも家族が大事っていうのはあるんだろうけど……。俺は家族がいないから理解できてない部分もあるし……」


 カルマは視線を外さず、ジルの話を聞いていた。


「でも、俺は……そう思うな……」


 上手く話せない。それでも何か伝えなければと考える。

 なんと言えばカルマが納得するのか。


「とにかく、皆も心配しているから。戻ってきてくれないか? リーダーだし……いや、関係ないか。俺たちは仲間を失いたくない」


 カルマはものすごく呆れたように目を細める。


「悪いな、考えるわ」


 片手をジルに向かって上げると、立ち上がり、歩き去って行く。

 赤髪で隠れてその表情を見ることはできなかった。


「カルマ!」


 曖昧な態度に不安が増し駆け寄ろうとするが、先ほどとは違い前に進めない。

 カルマの背中は見る間に小さくなっていった。



***



 ジルは意識を取り戻した。


(――カルマは?)


 ハッとなって見回す。


「よう」


 上体を起こし右手を上げるカルマと目が合う。戻って来たのだ。


「ジル、どけて」


 モーリスの言葉に、慌てて魔法武器を引っ込める。

 カルマの左手から出血がある。それをモーリスが布で巻いて手当した。

 決まりが悪いのかカルマが視線を外す。

 これは自分から声を掛けるべきかと考えて必死にジルは言葉を探した。


「戻ってきてくれて良かった!」

乃公おれの台詞だ!」


 病室に響き渡る声と共にジルの脳天に重い衝撃が走った。

 一瞬、視界が暗転したが、ぎりぎりのところで意識は保つ。

 視線を上げると、カルマも食らったようで頭を押さえている。

 声の方に顔を向けると破壊を司る神をも逃げ出しそうな形相のアビトと目が合った。


「お前ら! 命をもてあそぶな! 自分のも他のやつのもな!」


 どこかで聞いた台詞が飛び出る。

 考える間も与えないかのように、アビトは続ける。


「いいか! 乃公は命を粗末にするやつが大っ嫌いなんだ! 知っているよな?」

「「ごめんなさい」」


 あまりの勢いに子供のように頭を下げるとカルマと被った。

 モーリスは目を丸くしてびっくりしていた。


「カルマ、正直に言え。ポーション飲むより前から投げ出していただろ?」

「はい。オレだけなら死んでもいいやって思いました」

「ジル、お前も責任の取り方が間違っているのは理解してるか?」

「はい。俺も今は死んでもいいやと思っちゃいました」

「モーリス監視の下、反省文提出! 以上!」


 驚くほどに激怒したアビトに、ただただ子供のような謝り方しかできなかった。本気の怒りを見たのは初めてかも知れない。


「アビト!」


 しかし、勇気を振り絞り、その背中を追って声をかける。

 振り返るのを確認してから、ジルは言う。


「アビトは俺にとっては世界の神っていうか……世界そのものっていうか……」


 両手を広げて肩を竦める。


「回復したら全員で来い。超越した力を見せてやる」


 やれやれ、といった表情を見せると、アビトは去って行った。

 窓を叩く豪雨はいつのまにか勢いを失い、空の雨雲には晴れ間が覗いていた。

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